紀子さまは「きょうそうば」 という言葉を知っていたと言える証拠写真が 怪しむべきはブローカ失語症か
こちらで2年ちょっと前、『紀子さまは文章がまとまらず、「直接」を連呼し「ベトナム」を度忘れ』という記事を書いた。
その時に心配したのは前頭側頭型認知症。性格がヒステリックに変化し、発語困難が見られること、50代での発症が多いことを根拠として挙げてみた。
同年5月に英国で行われた国王の戴冠式に出席された後、簡単に感想を尋ねられただけなのに全く答えられず、やがて小さな声で「スキャナシイ」とおっしゃった紀子さま。少し前にも、「手のわざ」と苦笑したくなるような言葉を口にしておられた。
だが秋の園遊会で武豊騎手を相手に、競走馬のことを話題にしようとして「け、けい……そう…うま?」と。これがとにかくマズかった。なぜなら…。
◆「競走」という言葉は運動会でも
競走馬を「けいそううま」とおっしゃった紀子さま。競馬は「けいば」と読むため、それと混同してしまったのではないか、帰国子女なら少しくらい言葉がおかしい時もあるだろう、などと擁護する方がいらっしゃる。
だが、3人の子供がおり、何度でも運動会に足を運んでいたら「競走」という言葉を知らないわけがない。問題は、小児~若年期に覚え、よく知っていたはずの言葉が正しく出てこなくなったことである。
例えばサザン・オールスターズの大ファンだった方が、「いとしのメリーって曲があって…」などと言ったら心配するべきかもしれない。紅白歌合戦に出る新人グループの話題になり、「曲名なんだっけ?」となるのとは訳が違うのだ。
◆疑われるのはブローカ失語症か
そこで、ニューロテックメディカルというウェブサイトの『ブローカ失語とウェルニッケ失語の違いを徹底解説』を中心にWikipediaなどからも情報を集めてみた。
失語症は大きく分けて「ウェルニッケ失語(感覚性失語)」と「ブローカ失語(運動性失語)」があるといい、ウェルニッケ失語症の特徴は、言葉を流暢に話すが、実は言葉の意味を理解できていない、相手の言った言葉を復唱することができない、など。
一方、ブローカ失語症の特徴は、相手の言う言葉は理解できるのに、自分が話すとなると発話がたどたどしくなり、単語がスムーズに言えなくなるという。「書く」ときに困難さが伴うことがあるそうだ。
紀子さまは、かつてはとてもスムーズに記者会見をこなしておられた。言葉も流暢であった。にもかかわらず、2年ほど前からは「んん~~」「えっと……」がやけに多く、話自体も取り留めもないだらだらとした内容に。
数日後に渡航する先にもかかわらず、ベトナムという国名が数秒間まったく出てこなかったことや、「………スキャナシイ」「けいそううま」ばかりか、上皇后美智子さまを「皇后さま」と繰り返すなど、正しい言葉が出てこなくなった感がある。
例えばブローカ失語症だと、原因として脳卒中や頭部外傷、脳炎やアルツハイマー型認知症、パーキンソン病、脳腫瘍などが挙げられるようだが、認知症なら月日の経過で失語症も症状が悪化していくのだろう。
そして、性格がヒステリックになることで知られる前頭側頭型認知症も、50代での発症が多い。最初に性格が攻撃的になり、非常識な行動や失語症も出てきて、いよいよオカシイと気づかれるようだ。
◆ブローカ失語症を疑った理由
紀子さまは「競走馬」という言葉を知らなかったのではなく、知っていた、かつては使っていた、なのに、いざ話そうとして思い出せなくなってしまった。もしかするとブローカ失語症かもしれない ― 筆者がそう感じたのは、紀子さまが馬と触れ合う写真が多数存在することを知ったからであった。
今は “月影さん” としても知られるコードネーム369@作業中ROM(@Lalalajavi39369)さんが、紀子さまは幼い頃から頻繁に馬と接していたとして、証拠となる写真を多数送ってくださったのだ。
紀子さまは、お父様の影響で子供の頃から乗馬を楽しみ、厩舎では自分が乗る馬の世話をよくしたそうだ。この馬たちは脚がずんぐりと太くないため、農耕馬ではない。アラブレッド、サラブレッド、といった “競走馬” の種類であろう。
歴女ゆえ、大変な数の資料をお持ちの月影さん。提供されたお写真のごく一部ではあるが、どうかご覧いただきたい。





成人した紀子さまは、「競走馬」という言葉も知らずにこのようなタイプの馬と触れ合っていたのだろうか。それはないだろう。

(朝比奈ゆかり/エトセトラ)
画像および参考:
・『ニューロテックメディカル』ブローカ失語とウェルニッケ失語の違いを徹底解説
・『エトセトラ・ジャパン』紀子さまは文章がまとまらず「直接」を連呼し「ベトナム」を度忘れ 一般の50代なら前頭側頭型認知症も心配か
馬と一緒の紀子さまの写真を見て、疑問に思ったことをいくつか。
■1枚目(1972年ころ、紀子さん6歳)ペンシルベニア
ポニーであろうけれども、この年齢の子供の場合は「引き馬」(手綱を誰かが持って馬を引く)が推奨されているらしい。ひとりで乗るには危険だと思える。
■2枚目(1978年、11歳)パリ
右肩~袖の輪郭に顕著な黒い線が見え、切り取ったかのように角ばって見える。
草があるとはいえ、靴が不鮮明。
■3枚目(11歳)ウィーン郊外
馬は目隠しをしているようだが、この立ち位置は危険ではないのだろうか。
馬の頭が大きい割に、11歳少女の背が高すぎるのではないか。
■4枚目(11歳)
馬の脚、ラインが変ではないか。
■5枚目(12歳)ウィーン乗馬スクール
馬の前脚が変に曲がっていないだろうか。
■6枚目(1986年 20歳)オーストリア
人物の顔の鼻や顎に白い部分があるが、これは何か。腕の色に比べ顔色が濃いのでは。
顎下から首にかけて出来ている影、屋外でこれは黒すぎるのではないか。右肘の内側に白い線があるが、何だろう。右手首から肘まで、前腕がやけに太く見える。
話の流れとしてこちらと思うので、こちらにコメントします。
どうしても今夏8月後半の話の蒸し返しになってしまいますね。
この1990年に集中的に出てきた多数の写真、これらを、どの程度、他の議論の論拠として扱えるかと言うのはとても悩ましい。
少なくとも、当時としては最大限の重加工がされていて、撮影場所は偽装されていて当てにならないというのは動かない。
馬と一緒という構図自体は信用できるかどうかという話になりますか…。
まあ馬とくっつける理由としては、厩務員だったという父の(非公式な)経歴だけですが、嘘ついてまで強いて馬とくっつける理由もないか?
信用して良いのかな。もし、無理に馬とくっつけたとすれば、「(非公式な)経歴」も実は怪しいのかなと思ったりします。
うーん。話が発散する方向に行ってしまう。
ベルサイユ宮殿の近くの牧場で撮った時の赤いワンピースと、ウィーンと言い張ってるポンヌフ近くの家族写真?の赤いワンピースは同じ服?
ウィーンのご自宅前で撮ったとかいう写真の祖母の着物はポンヌフ記念写真の時と同じ着物?(帯も同じ?)
同じだとしたら普段着に着てた着物で旅行に行って記念写真撮ったの?
ちょっと違和感…
引き馬をするのにロープを使わず、無口頭絡(注1)の喉革部分に手をかけて危なくないのでしょうか。引き馬での事故は非常に多いそうです。(注2)
引き馬の解説動画です。ロープを巧みに使って馬をコントロールしています。
引き馬について/馬房から出す時にお尻を向けてくる馬への対処
https://www.youtube.com/watch?v=HlD5z1Hf-zk
スカート姿で馬に手をかけている写真、紀子さんの立ち位置が馬の顔より前にあるように見えて不自然に感じます。
<参考資料>
注1)馬装講座
https://www.oc-avc.com/major-course/horse_costume/tack-up/
注2)公益財団法人 軽種馬育成調教センター
やさしい育成技術「ブレーキング ② 曳き馬とロンジング」
https://www.b-t-c.or.jp/blog/2006/10/01/p300_03_65/
> 必ずチフニー・リードチェーンを使用するとともに、
11歳、12歳の時の写真を見て、きこさまって、足が長かったんだーと思いましたが、これも加工なんですか?
そう思って見ると、20歳の誕生日を前に、の馬の口輪?を付近の手も何か、変ですね。笑顔は自然で可愛いと思います。
ズボンスタイルの紀子さんは?拝見したことは無いような!!体系的に似合わない筈(足の長さとの不釣り合い)
紀子さんの古い写真を見るたび、はて?と思います。
1990年のご成婚前後に大量の写真が出回りました。特に海外、様々な国でのものが多くあります。
フィルムカメラの時代でしたから、そこそこお金がかかり、ここぞという時に写真を撮ったという記憶があります。
しかし。
「これはどこ?」というような写真が多すぎます。こちらの一連のブログ記事にもありますように。
・皇族と婚約成立で川嶋家は慌ててフェイク写真を? マスコミ掲載のパリ写真にも合成疑惑
https://etcetera-japan.com/the-kawashima-family-suddenly-needed-fake-photos-for-daughters-engagement
ある程度の写真が変です。紀子さんは胴長短足です。すらりとした少女は?ないと。佳子さんに至っては猶更ですが
色々と細工をしまくり、
「看護ROO!(カンゴルー)」というサイトの説明にこうあります。
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「運動性失語では、話していることは理解できますが、話そうと思う言葉がうまく出てきません。リンゴを見て、「これは何ですか」と聞かれたときには、質問の意味はわかるのでリンゴと答えようとします。しかし、何を言っているのかわかりにくかったり、話し始めるまでに時間がかかったりします。
感覚性失語では、聞こえた音を意味のある言葉として理解することができません。発語はできるのですが相手の話を理解できないので、会話がかみ合わなくなります。「いい天気ですね」というのに対し、「私の名前は○○です」と答えるなど、全く的外れの応答をしたりします。
そのほかには、復唱の障害が目立つ伝導失語、物の名前を思い出しにくくなる代名詞失語、「話す」「聞く」「読む」「書く」の全てが障害される全失語、言語野とほかの皮質領域との連絡が障害されて発語や意味の理解は乏しくなるものの復唱は保たれているという超皮質性失語があります。」
■『看護ROO!』言語障害に関するQ&A/
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ブローカ野(言語処理、音声言語の処理)がやられると、最初の「運動性失語」になり、ちょうど紀子さんのような症状になるので、ウェルニッケ野がやられる場合の「感覚性失語」とは全く違うとみていいはずです。
そこで思い出されるのは、仮寓所秘密病院に搬入されたのではないかと噂の高性能MRIの用途です。
それは、健康不安説が流れる秋篠宮さん、悠仁sさんたちのためだけでなく、紀子さんのブローカ野の壊れ度具合をチェックするためでもあるのではないでしょうか。だんだん悪化して治療のしようもないようですから、とても事情外部の病院に診てもらうわけにはいかず…。
そんな状況では、何人いるかも不明な悠仁sを丁寧に集団療育するどころでないでしょう。まとめて赤坂ヘールシャムに監禁しておくしかなくなった背景には、紀子さんの脳障害事情も深く関係しているのではないかと思いました。
紀子さんがオーストリアで教わっていたのは、馬術ではなく厩務員見習いだったのでは?
というのも、ウイーンでの写真は三枚のうち二枚は乗馬用ズボンであるキュロットでなく、ジーンズを履いているからなのと引馬写真ばかりだからです。騎乗姿の方が絶対さまになるのに、馬の傍で記念写真しか撮ってませんよね。
一応乗馬ブーツは履いているものの、ヨーロッパでは当時からゴム製のものが広く普及していて、広く雨靴代わりに使われていて、おしゃれなレインシューズがなかった時代には安価で売られていました。Aigleもいまはセレブ御用達ですが、もともと乗馬靴で売られていたブランドです。だから父が厩務員を生業にしていたなら、娘も厩舎で馬糞掃除や餌やりなど、水仕事をさせられていたはずなので、キュロットではなくジーンズに安物の長靴履きだったわけも解けます。誰かの成長して履けなくなった子のものをお古でもらったのかも。紀子さんが娘や悠仁sに乗馬を習わせないのも、かつての貧困からくるトラウマがあるのはないでしょうか?乗馬ではなく馬の世話側だったのが、面白くなかったんでしょう。
何しろあれほど貴人を演じたい人なのに、結婚後乗馬している姿を一度もみたことがありません。皇室ならいくらでも赤坂御用地内で騎乗できるのに、それをしないところがどうみてもおかしいのです。
鋭い考察です。
たしかに子どもの運動会では、徒競走や障害物競走など「きょうそう」と言う言葉は耳にしますね。3人のお子さんの運動会で、一度も耳にしたことがないとは考えにくいですし、幼少期から馬が身近な動物であったのなら尚更です。50代以降、性格が攻撃的になる、については、独身時代にご近所の犬を蹴っていた目撃談もありましたから、元々そのようなところはあったのかもしれません。それが今の年齢になり発病と相まってより顕著になったのだろうか、と思いました。失礼ながら、お顔もまさに攻撃的ですよね。病気は自分がなりたくてなったものではないですし、本人にしかわからないつらさもあるでしょう。ご主人も健康についてはあれこれ取り沙汰されていますし、長男さんついては言わずもがなでしょう。もうこの辺で長年の野望を捨て、一家で皇室を離れて治療かたがた穏やかにお暮らしになることをお勧めしたいです。
何となく脚の長さとか違うような?
別人の身体に顔をハメたり身体ごと合成しているように見える。。
身体のバランスが変?
手綱を持つ手が変だし馬との距離感がオカシイ??
ヒラヒラのスカート姿で馬に近づく??
11歳パリ?の写真では影が変??
柵と人物の長さが違う?
靴が見えなくて足が土の中に埋まっている??
以前より川嶋紀子サンは認知症を患っているかも知れないと噂がありました。こうして症例が具体的に挙げられると噂は当たっているのかと思います。なんちゃって失声症を吹聴した正田美智子サンとは違い、失語症の背景が川嶋紀子サンの現状と一致するので真実味がありますね。
写真の変遷を見ると、幼少期の不安気な面持ちから二十歳頃の陽気な面持ちに変化した様子に見受けます。此の頃は既に皇室狙いが始まって安西文仁サンは標的になっていたのでしょうか。故・クリニック院長の閉じられたブログで安西文仁サン以外の子を堕胎した話題が挙がっていた時期と被るかも知れず、人の道を踏み外している状況を全く頓着しない冷酷な笑顔を見てしまいます。悪霊が大挙して憑依し、現在の手に負えない極悪非道な存在に成り下がりました。心根を隠せない本当に恐ろしい表情です。
見続けて感じる、「心の奥底では自分自身が嫌い」と推察が変わらないのです。故・川嶋辰彦サンの罪深さは測り知れない。存命の正田美智子サンも同じ。