皇族と婚約成立で川嶋家は慌ててフェイク写真を? マスコミ掲載のパリ写真にも合成疑惑
先にこちらで『勤務先に学校に観光名所に…謎めくウィーン時代の川嶋家の写真 イカサマ露呈のご学友写真まで』という記事を出したところ、ある写真について「ウィーンでこういった所はなく、ネットで調べたところパリで撮影したものらしい」という情報が寄せられた。
さらには、その写真が『週刊読売 臨時増刊1990年7月16日号』の「おめでとう!礼宮さま、紀子さま」なる特集記事に掲載されていたという情報も頂いた。続いてXで、きさらぎ(@haCsHIQ47Y4rbci)さんがポン・ヌフ橋で撮影されたものであることを指摘され、それにヒントを得てGoogle Mapを開いてみた。
ズバリの場所を探し当てたのだが、筆者の中には疑問が残った。「この角度で撮影して、なぜビルのその部分が写り込むの? もしや合成されたものでは?」と。
◆パリの観光名所が並ぶポイントへ
川嶋ご一家が読売新聞に提出したのであろう問題の写真は、パリ最古の橋として世界遺産にも登録されているポン・ヌフ橋で撮影されていた。付近にはルーブル美術館、オルセー美術館ほかがあり、架けられているシテ島にはノートルダム寺院も。セーヌ川の人気のディナークルーズが出る場所でもある。

そのポンヌフ橋には、非常に高い位置から川や人々を照らす美しい街灯が建てられており、ご一家も4本を写真に収めたようだ。ただしその奥に写っているビルは、観光スポットでも何でもない。その見え方が、ご一家が撮影した角度を考えるとどうにもおかしいのだ。
◆写真の背景をGoogle Mapで確認

そして、ご一家の写真にある4本の街灯を中心に構図を考えてみると、建物はこの角度で写っていることになる。

続いて、この黄色い部分とご一家の写真を「街灯の位置」で揃えてみた。
街灯は2本セットで立っており、隣のセットとは距離がある。ビルの上階にある大きな長方形の窓は、コーナーから数えて右側の3枚目と5枚目に街灯が重なることがご一家の写真と一致する。

ところが左の2本の街灯について見てみると、その背後の建物の見え方が違う。なぜだろうと調べてみると…。
◆ザンネン!そのビルは中央部分から先が…
この大きなビルは、メギッスリー通りとボン・ヌフ通りに面し、なかなか大きい。川嶋ご一家の写真には、この赤で囲んだ部分が写っているが、それはおかしいと感じる。赤い★印を打っておいたが、ポン・ヌフ橋北側の街灯はここに立つ2本で最後なのだ。

ポン・ヌフ通りは途中からわずかに曲がっており、黄色い線を添えてみたが、それに従いビルも直線ではなく、中央のエントランスを軸に北東方向に奥まっていることがわかった。赤い★は、ご一家の写真にある街灯が立っている位置だ。

つまり、下の「A」と「B」、いずれのポイントから撮影しても、向かい側に立つ街灯4本を被写体に含めるなら、ご一家が提出した写真のような構図にはならない。実は、「B」より右手前の「C」からの撮影もいったんは想像してみたが、それだと街灯4本の間隔が狭くなりすぎるだろう。

◆不可解な金網に寄りかかっての撮影
さらに、そのポイントを橋の中央側から見てみると、こうなっている。歩道に等間隔で造られた膨らみの部分に2本の街灯が立っているが、その間のベンチでは数名が休憩できるようになっている。

1604年完成したパリで最も古い橋ゆえ、時には所どころで補修工事もあっただろう。だが、こんな風に橋の下が露出したような工事があったなら、通行人は近づけるものだろうか。子連れの観光客が工事現場の金属フェンスに寄りかかりながら撮影するなど、まずあり得ないことだと感じる。
さらに、紀子さまの向かって左側に通行人の姿が2人見える。その腹部から下が消えているため、実は橋より手前の意外と遠い所から撮影した可能性もあると考えたが、それだとビルと街灯が巨大に写り過ぎていることになる。
また、ご一家の写真で左に見える街灯2本は「こちら側」の歩道のもので、右の街灯2本は「反対側」の歩道のもの、という可能性も考えてもみた。だが、このポン・ヌフ橋はそんなに細い橋ではないうえ、どの部分の街灯も同じサイズである。遠近法に従うと、やはり「こちら側と反対側」という見方はできないだろう。
学校の体育の授業を思わせる写真もおかしな点ばかりが目立ったが、川嶋ご一家は、いったいどのようにして、このパリの写真を撮影したのだろう。本物なのだろうか。
こういうものばかり見させられているから、悠仁さまの写真も映像も「大小の細工や合成あり」という目で見られてしまうのではないだろうか。
(朝比奈ゆかり/エトセトラ)
画像および参考:
・【YOUR VOICE】ウイーンに長期滞在していましたが写真の背景に思い当たる所がなく…なんと、パリだそうです
・『エトセトラ・ジャパン』勤務先に学校に観光名所に…謎めくウィーン時代の川嶋家の写真 イカサマ露呈のご学友写真まで
・Google Map
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そもそもこの写真は何月に撮ったんでしょうか?
娘が半袖ワンピースでサンダルなのに下の子がとっくりセーター?にもしかしてカーディガン着てる?
あと海外慣れしてるなら、だいたいティーンエイジャーの子ってパンツルックが多くないですか?夏ならタンクトップも多いけど
なんか服装が海外慣れしてないような気がします。
ソウルの漢江にある金網の前で韓国に住むと言われる親戚のおばちゃん(左端)と撮影したのでは?
とこりんさんのご質問で。
足元は大理石のフェンス用土台で、愛の南京錠撤去のときの写真をみるとそこそこ幅はあるのですが、足が完全に乗っかる(30cmほど)余裕があるかどうかは不明です。そんなに撮影名所ではないので。
https://www.istockphoto.com/jp/%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%83%E3%82%AF%E3%83%95%E3%82%A9%E3%83%88/%E3%83%91%E3%83%AA%E3%81%AE%E3%83%9D%E3%83%B3-%E3%83%8C%E3%83%95%E3%81%A7%E5%8D%97%E4%BA%AC%E9%8C%A0%E3%82%92%E5%89%8A%E9%99%A4%E3%81%99%E3%82%8B%E5%8A%B4%E5%83%8D%E8%80%85%E3%81%AE%E3%82%B0%E3%83%AB%E3%83%BC%E3%83%97-gm1012534722-272745824
またこのフェンス自体は、1890年の絵葉書にも出ていました。
https://media.istockphoto.com/id/1297673385/ja/%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%83%E3%82%AF%E3%83%95%E3%82%A9%E3%83%88/%E3%83%9D%E3%83%B3%E3%83%8C%E3%83%95%E3%83%91%E3%83%AA%E3%83%95%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%82%B9%E3%83%B4%E3%82%A3%E3%83%B3%E3%83%86%E3%83%BC%E3%82%B8%E5%86%99%E7%9C%9Fc-1880s19%E4%B8%96%E7%B4%80.jpg?s=1024×1024&w=is&k=20&c=yyE3KUWFBGkrjtTDNucdprssXy7s5G6P0Vu_e62jctk=
対岸から超望遠で撮影するとこうなっています。
https://www.istockphoto.com/jp/%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%83%E3%82%AF%E3%83%95%E3%82%A9%E3%83%88/cr%C3%A9puscule-%E3%82%B7%E3%83%A5%E3%83%AB-%E3%83%AB-%E3%83%9D%E3%83%B3%E3%83%8C%E3%83%95-gm1084513050-290993578
ずっと気になったことなんですが、この写真では、川島辰彦氏の向かって左耳穴からメガネ左フレームにかけ、なにやら非常に目立つ黒い物体が映っていることです。まるでヘッドフォンのイヤーカバー黒スポンジだけをメガネに付けたようなイメージですが、これはいわゆる旧式の「メガネ型補聴器」と呼ばれるものなのではないでしょうか。
最近のタイプではメガネフレームのなかにすべて補聴器が内蔵されているらしいですが、当時はまだ充電池のサイズも大きかったはずなので、メガネのフレームにぶら下げるようにして使用されていたのか(その方が耳たぶにひっかける補聴器とメガネフレームの接触競合がないので快適でもあるようです)と思った次第です。
そういえば、辰彦氏も悠仁sとよく似て、もみ上げをありえないほど長く顎の下までも延ばし、ビデオをみても、婚約インタビューだというのに、左右の髪の長さももみ上げの形状もちがって、かつひどくボサボサです。
画家とか新興宗教教祖などなら、こうしているにはファッションとしての理由があるのだといえなくもないですが、やはり耳穴部分になにか秘密があったのでは、と思えてきてしまいます。
https://www.youtube.com/watch?v=HfyFU6L9OtI
もし仮に辰彦氏も難聴だったとすると、悠仁sの多くにそれが遺伝としてでてきていても驚きません。
晩年伝わる写真では、白髪をまるで仙人のように伸ばしきり、髭も剃った形跡がないものでした。
皇室の外戚としてはありえないほど怪しい風体だったのも、悠仁sへの難聴遺伝に驚き、自分のことが知られてはまずいと考えた可能性があり、そのため補聴器を隠すために、異常な長髪にしていたのではないかと思わずにはいられませんでした。
最近、息子さんの画像が加工疑惑で頻繁に炎上してますが、お輿入れの時から加工写真で乗り切ってきたなら、今さら罪の意識なんか湧かないでしょうね。むしろ「今までは成功したのに、なんで息子の時だけ平民どもが騒ぐの?!」と御立腹でしょうか?
個人的には、いつも和装のお祖母さまも違和感マシマシです。紀子さんの子供時代の和服写真は、お端折(おはしょり)が異様に長く、和装に不慣れな人の着付けだと一目で分かります。
もし和服を着慣れた祖母が居たら、絶対にやらないミスでしょう。
この祖母さんは、幼いお孫さんと一緒に写真に登場する時も、紀子さんの結婚後、メディアに登場する姿も、あまり年齢が違わないように見える。驚異的アンチ・エイジングの秘法をお持ちのようです。
あたかも皇室との縁談が持ち上がったので、大急ぎで祖母さんを調達したかのような印象さえ受けます。そんな事は、絶対に、金輪際、あり得ないとは思いますが。
「ポンヌフ橋・シテ島・アンリ四世騎馬像・愛の南京錠・ルイヴィトン」
これがこの撮影位置を特定するキーワードです。ポンヌフのたもとにあるシテ島のアンリ四世騎馬像がある広場にあるセーヌに面したフェンスに寄りかかって、北側を撮影したような構図の写真の真偽。
ほぼそれらしき位置で撮影されたとみられる写真が以下の二枚です。
(1)https://www.designstoriesinc.com/europe/pont-neuf/ (帝京大学関係のサイト)
この一枚目がそうです。写真の右からみて、フェンスの三枠目くらいに立っていたような位置関係には見えるのですが、次の写真でみると疑問が湧いてきます。
(2)https://haveagood.holiday/spots/410097
これはフェンスに立って、セーヌ北側のLV本社を望む位置です。かなり離れています。
では、視点を変えて、このフェンスの一枠(X字型の筋交いあり)の長さはどれだけあるか?に注目してみます。(1)の二枚目写真(ポンヌフからアンリ四世像をみた写真)では、電話しながら歩く男性がほぼ半枠分に入っている感じです。
(3)https://www.alamy.de/liebesschlosser-und-pont-neuf-das-anbringen-von-schleusen-an-bruckengelandern-ist-bei-touristen-beliebt-wird-jedoch-davon-abgeraten-das-aussehen-zu-verbessern-image347453235.html?imageid=FB78111F-E074-4FB9-B35A-ED28D77728BD&pn=1&searchId=29050b8f7db99b01fdeb0873d371b32d&searchtype=0
こちらドイツ語圏向けの画像販売サイトのこの写真(サムネイル)ではほぼ同じ位置となります。
拡大までは無料でできるので、お試しください。(鍵撤去前なのでより原型に近い写真です)
もしこのフェンスの高さが1mだとすると、左右比から逆算して一枠分の横幅は1.3mほどになります。同様にフェンスの網のメッシュ数を数えると縦に20メッシュあるようなので、5cm幅とみるとちょうど1mの高さ、横幅1.3mと読めます。
ここで川嶋家写真に戻ると、おかしなことに気づかされました。
①辰彦氏と紀子さんの間に縦の鉄柱があり、左の女性の背後に筋交い交差部分、一方いとこさんの背後にもあるべき左上から右下にあるはずの筋交いが片方全くありません。
②左半分の紀子さん、舟さん、女性の三人は僅か半枠分(65cmほど)しかない部分に立っていることになり、非常に狭いので本来なら到底入り切らないはず。大人一人がほぼ半枠分になるとみられます。
つまり背後のフェンスの大きさに比べ、人間が3割ほど小さ過ぎることが見えてきたわけです。
では何が起きていたのかというと、
仮説1 LV本社建物とフェンスほぼ一枠分だけを入れてかなりの望遠レンズ(200㍉・35㍉判換算)で風景写真として撮影していたものに、無理矢理家族五人分を貼り合わせて合成したか?
仮説2 LV本社建物だけを望遠で撮影した写真と、フェンス、家族写真の三枚を合成したか?
背後の建物と人物部分の色温度が異なってみえることも合成の可能性を示しています。撮影日が異なるからでしょうか。最初は、家族写真も中望遠でかなり遠くからLV本社建物と同時に撮影した可能性も検討したのですが(その場合は合成ではない)、背後のフェンスの枠サイズを考えたとき、人間の身体の大きさと合わないことに気づいた次第です。
(朝比奈さまだけへ:これ以外に、愛の南京錠が流行する前のフェイスブックやツイッターなどで個人がフェンスの前に立って記念撮影した写真があればもっとサイズ感がハッキリすると思いました。もし追加して検索されて何かわかれば朝比奈さまの記事としてお出しください)
足元の段差の幅はどのくらいでしょうか?杖をついて草履のお年寄りが、乗るだけで精一杯ですよね。
川島氏は余裕で足をクロスしていますが、靴の角度が苦しい。
そして、父、娘、息子と、3人の肩が重なっているのですが?身体を斜めにするでもなく。安定して正面を向けるほどの足場がありますかね??もしも、キコさんが足の向きは正面のまま、身体を斜めにしているとしたら、舟さんの右手の下の後ろにある赤い色は、キコさんのワンピース?なわけないですね。というわけで、舟さんの赤いサロペットが平面的な絵にしか見えません。赤と黒で塗りつぶして、2人は居たってことね、という工作ですか…..。
川嶋紀子さんの年表 Wikiより
1973年6月(6歳)、静岡県・静岡市立中田小学校一年編入
1973年9月(7歳)、東京都・新宿区立早稲田小学校一年編入
1975年4月(8歳)、東京都・豊島区立目白小学校三年編入
1976年4月(10歳)、東京都・学習院初等科四年に編入
・ここに、弟・舟さんの誕生が1973年7月26日誕生 豊島区、とあります。
ですので、帰国~出産前後は、静岡・母方の実家に預けられていたと思われます。それにしても、臨月近くにアメリカから日本に引っ越しますかね?無計画なのか、突発的な何か?
ルイヴィトンとレリアン。
対照的な写真に見えます。
問題の紀子パリ写真ですが、まだ残る不整合な点とは…
①朝比奈さん御指摘のポンヌフ橋中間地点の歩道か車道上の位置(背景にあるLOUIS VUITTON本社建物の映りからみた角度、街灯の位置)には、紀子家族写真にある背景の黒いフェンスがどこにもない。
②この黒いX字型の筋交いが入ったフェンスは、セーヌ河畔にある共通した意匠のもので、工事現場などに置かれた一時的バリケードフェンスではない。よって一家がたまたまパリを訪れていた時、ポンヌフ橋の車道が工事中でそこで撮影したとの言い訳は通らないことがわかる。
③LV本社が橋の向こうから見える位置は、シテ島内の遊覧船乗り場にもなっているこの一箇所だけだ。
https://stat.ameba.jp/user_images/20200702/14/sekainokataribe/7b/3e/j/o2048153614783036670.jpg?caw=800(「47都道府県と世界五大陸52か国を一人旅した女性トラベラーTakae」さんのブログ写真、https://ameblo.jp/sekainokataribe/entry-12608355450.htmlによる)
④このぎっしり取りつけられた南京錠は愛の鍵とされ世界的に流行中で、日本でも神戸など観光地では当惑されているものだが、南京錠を撤去後、金網をすりガラス状の素材に代えた写真がこれ↓です。https://www.google.com/maps/@48.8576946,2.3415143,3a,46.8y,227.39h,86.99t/data=!3m8!1e1!3m6!1sCIHM0ogKEICAgIDP2qDMWA!2e10!3e11!6shttps:%2F%2Flh3.googleusercontent.com%2Fgpms-cs-s%2FAB8u6HYgCn2lyqV3FJhi_IzGsRlcQjhI7aktiu44MRt__-O-8pJT8PaFwdUk_dZ3JRuP61zAQ_VMV1x8z1LXhEzagGSYXRM55ER8x4LtVCHy4_I9z_J6ToUTi7CFWwv7aPImEmj3Xiz_%3Dw900-h600-k-no-pi3.011125766007524-ya196.83087268012906-ro0-fo100!7i6000!8i3000?entry=ttu&g_ep=EgoyMDI1MDgxNy4wIKXMDSoASAFQAw%3D%3D
紀子さんたちが乗っかる台座もあることがわかると思います。
*****************
問題は、このシテ島の黒フェンスの位置から、LV本社建物を背景に撮影するには、建物が遠すぎて、こんなドアップには建物が映らないことなのです。となると、矢張り全部合成写真なのではないか、となってしまうのです。
もちろん、いとこさんと川嶋辰彦氏は実際にパリに行き、セーヌ河畔のどこかでフェンスにもたれかかって記念撮影だけはしていたのかも知れませんが、そうした写真に紀子さんたちを合成し追加して、さらに背景までをも代えてしまったのではないか?
ところで、結婚後、紀子さんのフランス訪問歴はいまだにないように思います。パリ訪問となれば当然この写真はあちこちに流され、蒸し返されて、フランス当局やパリ市民からフェイク写真ではないか、と指摘されるとまずいのか、フランスには絶対に立ち入れないのだとは考えられないでしょうか。
いうなれば、まるでフェンスと家族全員を丸ごとセーヌ河中間地点水面上空にヘリで吊り下げ、空中移動させて、そこででもアクロバット撮影をしていない限り、ありえない構図だといえるのです。
前回、ウィーンでの写真がどうしてもあちらの国の景色に見えると書きましたが、改めてみるとパリのポンヌフ界隈だったとは、驚きです。
私が高校時代に住んでいた頃とあまり変わらないと思っていましたが・・・
5月に行った時も、一部変わったエリアもありました。
パリに行った写真のはずなのに、何故、ウィーンの写真にしたのか、首をかしげたくなりました。
上から2番目の匿名さん
紀子さんの経歴をウィキペディアで見ても、本当にそうなの?と思うことが多々あります。
前回も、どなたか失念しましたが、アメリカのニューヨークから帰国してから弟さんが生まれ、その3か月後に東京都新宿区の小学校に編入など、違和感満載ですね。
学習院に編入した際、面接があったかと思いますが、受験前にその学校のことを調べたり、聞かれそうな質問に対して答えを用意していなかったのかな?とふと思いました。また、学習院が嫌だったら、別の学校でよかったのに・・・
学習院を嫌う理由として、①佳子さんが学校から呼び出しを受けた、②教育方針が時代に合わないなどいろいろ、取りざたされていますが、中でも①は、子供が問題を起こしたら学校から呼び出されるのは当然ですと言いたいです。
紀子さんは、皇室に向いていないと私は見ています。
紀子さんの左隣の女性は、ひょっとすると和代さんの妹さんで、アパレル関係の旦那さんを持つ方なのかな、とも想像してしまいましたが。
ポンヌフ橋の反対側(中之島のような場所・シテ島先端)には、X字型の骨組が入った落下防止用のフェンスとその台座があり、そちら側からみると、ポンヌフ橋の奥、右側にLV本社が入るそのビルがみえ、途中に街灯があることもわかります。
そこからフェンスに寄りかかったような位置で記念写真を撮影しても、遠く離れたそのビルがこんなに大きく映り込むことはありえないとみられます。このX字型の骨組入りフェンスは道路工事などで使用される一時的バリケードフェンスではなく、セーヌの岸辺に設置された恒久的フェンスで、ここは特に「愛の鍵」として有名な場所です。
もちろん、紀子さんの子供時代にそんな風習はなく、よって「愛の鍵」にかこつけた家族写真ではないでしょう。このポンヌフ橋の歩道上から撮影した歩行型ストリートビュー映像が通行人目線に一番近いとみられるので、ズームしたりしてお試し頂ければと思われます。
https://www.google.com/maps/@48.858257,2.3416565,3a,28.1y,31.4h,93.53t/data=!3m8!1e1!3m6!1sCIHM0ogKEICAgIDP2sCPswE!2e10!3e11!6shttps:%2F%2Flh3.googleusercontent.com%2Fgpms-cs-s%2FAB8u6HbEDQO-NruFfg6GpN8g_Sqli0urphquC0ZxgqX8uQl-qQvAPdjdyCv0oAPtKMqltyfzpQ5khyI3UjxSGSti_dRRPwtGlye8B0Plp-I3E6Lo3lNck8M5PigZJqxJluWwdwcGYhIFzQ%3Dw900-h600-k-no-pi-3.529710806496425-ya11.878827286688097-ro0-fo100!7i6000!8i3000?entry=ttu&g_ep=EgoyMDI1MDgxNy4wIKXMDSoASAFQAw%3D%3D
結局、この紀子写真は、3枚の写真を合成しているように思われます。
■一枚目はLV本社が入ったそのビルだけを望遠で撮影した写真。望遠で引き寄せているので、距離感が無くなっているように見えます。
■二枚目はセーヌ川畔のどこかでフェンスをバックに立つ辰彦氏(ソロ)。おそらく家族連れではなく、単身パリに出張でもしたときの一枚だったのではなかったでしょうか。或いは母親だけパリに連れて行き、或いはパリで出迎え、親子二人で撮った写真だったのかも知れません。
■三枚目は紀子さんら左の3名の写真。
以上を重ねて貼り付け、家族写真風に仕立て上げた。つまりは葬儀社でつくる故人肖像写真のようなものです。これをPCではなく、手で切り抜き、貼っていって複写したので、頭の毛部分の背景、境目処理が問題になりそうな部分が樹木の葉などにかかるようにされて、巧みにごまかされていますね。
家族でパリにも旅行していたことにしたいが、背景が・・・と困ったときに、辰彦氏の手許にあった自分一人や母との写真に家族を足そうとしたが、背景がうまくぼかせなかったかで、LV本社の建物の写真と重ね合わせることにした?
まだGoogleストリートビューなどない時代なので、写真屋も頭のなかでこうした構図の写真が撮れるはずだと考え、勝手に合成してしまったのではないかとも推察できます。他にパリで撮影された川嶋家の写真はあるのでしょうか。とにかく一家で本当にパリにでかけたのなら、なぜわざわざこの位置での家族写真なのか?という点で、ちょっとあり得ない写真なのです。
フランスといえば久子さま、そして雅子さまのお二人の語学力が光る国なのです。フランス語も英語もできない紀子さんには少々肩身が狭いのではとも思います。
この背後の建物はルイヴィトンの本社ですね。2 Rue du Pont Neuf 75001 Paris 1
向かいの百貨店がまだ改装するまえに一度行ったことがありますが、最近の建物改装にはがっかりします。昔の雰囲気がなくなってしまって、このルイヴィトン本社建物も年季が感じられなくなりました。
紀子さんといえば、アフリカ訪問のときに、スーツケースの鍵束を宮邸に置き忘れ、香港にむけて急遽正規の手続をとらずに、何と密輸出させ、やっとこさ開けることができた密輸事件を思い出しますが、その数十個のスーツケースに入れて持ち帰ってくるのがブランド品などで、日本に帰国するや買取屋に転売し、差益を稼ぐのだとか。鍵がないと転売計画が総崩れになるので必死だったはずです。
当然、ヴィトンもたくさん仕入れてくるのでしょう。合成写真にしろ、その頃からヴィトン製品を持たされてくる学習院初等科の同級生を怖い顔して嫉妬の目で睨み付けていたような感じがします。
せっかくウィーンにいるのに、安くさい服装をさせられていますよね。舟くんに至っては、紀子さんのズボンのお下がりなのではないかと思えるほど。こんな格好でパリの街を本当に歩いていたのかと、当時の日本人女子学生たちはみんなおしゃれしていただけに、余計に惨めったらしく見えます。これが合成写真だったら、その見栄っ張りには更に笑えてしまいます。
紀子さん。
あなた、生まれ育ちやバックボーンを誤魔化して、いったいどんな目的で何の為に、不釣り合いな学習院に編入し皇室に入るのを狙っていたのですか?親の洗脳ではありませんでしたか?
日本の国の精神的な支柱として皇室を敬愛する国民は、ハンブルオリジンとまで言われる紀子さんのバックを正しく知る必要があると思います。
この写真、何だか気持ちが悪いなぁ、と思っていました。
背景の建物は本来ベージュなのに、青白くなっています。木の葉の緑色が出ているところを見ると、色の3原色でいうC(シアン、青系)が強く出て、Y(イエロー、黄)がやや弱く、M(マゼンタ、濃ピンク)がほとんど出ていないことになります。
一方、人物は(建物のベージュは出ていないのに色味が似ている)肌色が出ていて、服の赤色(黄と濃ピンクの掛け合わせ)は目が痛いくらい。つまりMが強い。ちょっとボケた感じとK(黒)が弱い感じは揃っているので、より気持ち悪い写真に見えます。
写真屋さんの背景ロールスクリーンを疑っていましたが、金網フェンスに注目すると、合成の線が強いかもですね。。
何か、疲れますね。
現地の情報機関がこの写真を見たら何と思うでしょうね。
普通、パリの定番写真といえば、ノートルダム寺院とか、ルーブルで、このありえないようなアングルからみた建物写真に何か意味があるか、とそこが気になる点です。背景写真はかなり望遠レンズで狙った感じで遠近感がないのに対し、家族写真は普通のコンパクトカメラで写したようなピンの甘さです。
この角度からみるとそれらしくはなりますが
https://www.google.com/maps/@48.858257,2.3416565,3a,32y,27.91h,91.78t/data=!3m8!1e1!3m6!1sCIHM0ogKEICAgIDP2sCPswE!2e10!3e11!6shttps:%2F%2Flh3.googleusercontent.com%2Fgpms-cs-s%2FAB8u6HbEDQO-NruFfg6GpN8g_Sqli0urphquC0ZxgqX8uQl-qQvAPdjdyCv0oAPtKMqltyfzpQ5khyI3UjxSGSti_dRRPwtGlye8B0Plp-I3E6Lo3lNck8M5PigZJqxJluWwdwcGYhIFzQ%3Dw900-h600-k-no-pi-1.7838916490092487-ya8.389990556278-ro0-fo100!7i6000!8i3000?entry=ttu&g_ep=EgoyMDI1MDgxNy4wIKXMDSoASAFQAw%3D%3D
やはり四本のポンヌフ橋に立つ街灯を写真のように背景に入れようとすると、車道上に立つしかなく、合成を疑います。
朝比奈さんありがとうございます。「ポンヌフの恋人」で有名なポンヌフ橋の袂のルイヴィトンショップがある建物だったんですね。
たしかにこのアングルからは撮影不可能な画角になっています。
この程度の合成写真なら、アナログ時代でも簡単だったので、「パリにも行ってました」と言いたくて合成したのかな?
ひどい写真、恥ずかし過ぎる、、、
もう、この家に皇統を移すのは諦めて頂きたい。
性差別を強行してまで、天皇家の素晴らしい皇女様を排除してまで、この家に皇統を移す意味も価値も全くありません。
金網の後ろに映ってるものは、車ですよね?
なぜ、車が通れるんでしょうか?
向かいの通りの車であれば大きすぎるのでは?
不思議です…
赤門さんからお知らせが来ました
2025/08/19 「ガールズ訪問/皇室まとめ回顧録」でご覧を、、
>21868. 匿名 2025/08/18(月) 09:41:17
>>21836
赤門さんがご無事で本当に安心しました。何をしでかすか分からない相手なので、身の安全の確保を第一に考えていただきたいと思っています。
>21899. 匿名 2025/08/18(月) 10:06:35
>>21836
メール届きました!読みました!長文だったけどわかりやすく、こんなことまで!ってことを皿りと投下してくださっててスッキリした!!
赤門さんほんとうに感謝です。
動いてくださってありがとう
>21962. 匿名 2025/08/18(月) 10:58:01
>>21836
赤門さんの文章、圧巻でしたね!
国民全体、少なくとも国会議員全員に読んでほしい
秋篠宮家のこれだけの疑惑と批判をテレビが一切流さないのもおかしい
京都の裁判も
>22058. 匿名 2025/08/18(月) 12:43:52
>>21836
凄い、凄かった!赤門さん、国民の思ってることをきちんと文章にして怒りも含め書ききってくれてる。それでも足りないか。なんて怒りで更にアルコール摂取してるかもね。ほんと、国会議員達は国民を舐めるなよと言いたい
>22070. 匿名 2025/08/18(月) 13:00:57
>>21836
赤門さんの文章、ひとつひとつの主張にそうだそうだ!と思いながら読みました。
手術後の身体の痛みを押して、日本の為に奮闘して下さったこと、本当に尊いです。
街角の募金は使い道が怪しくてする気になれませんが、赤門さんには寄付をしました。
ありがたい方々です。
(詳しくは本文で)
↑
皆さま、どんなに赤門さまの事気になさっていたか、、
胸が熱くなるような文章ばかりで、全て載せたいのですが、、
これを提供されたのはどのくらい前かは知りませんがその頃から加工や編集をしていたなら驚きですね。
元の?写真をそのまま提供出来なかった理由がある?紀子さんに見せてこれはどこですかと聞きたいですね。
行在所消して迷走もしてる?~私たちの武器は陳情書~
2025年8月20日 「ラブのママ」でご覧んを、、
>メイさんから奈良県庁のボンのお成りのスケジュールから、行在所が消えた、と教えてもらいましたよ。
ボンの動きが知られるのは、”まずい”
と思ったという事でしょうね。
行在所は知られたくない人らと、
知られたい、ひけらかしたい人がいるのね。
>、、それにしても、新幹線でなく伊丹空港と遠回りの帰京はどうしたことでしょうか??
この意図が分かりますか??
見られたくない対策で遠回り??
それなら車の方が余程いいだろうと思いますが・・・迷走してる??
>れいわ新選組のたがや亮議員が出した質問趣意書について、
6月に出された質問趣意書への答弁は、「ゆるがせにしない」「尊重する」という逃げの姿勢でした。
8月の質問趣意書への答弁は、
「踏まえて」「その仕組みに大きな変更を加えることには、十分慎重でなければなりません。」
と現状維持の姿勢ではあるものの、
仕組みや皇族方の人生に触れてる事から、土俵際の様に思えましたよ。
>秋の国会が本当の正念場になりそうですよ。
赤坂にも国会にも、これ以上の迷走・暴走は許してはいけません。
私は国会の始まる前9月の勝負という風に思ってますよ。
(詳しくは本文で)