【皇室、徒然なるままに】第72話:もしも訴えられたら… 裁判 Part I 西村 泰一

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最近、皇室系YouTuberの間で訴訟に関する話が盛り上がっているようである。大勢の方は裁判とは縁のない人生を送られるのであろうが、私は一度だけ民事裁判の被告になったことがあるので、その思い出話をお話してみたい。

というのも、その民事裁判に私は「弁護士抜き」で臨んだが、相手方の要求に理不尽さが目立つこともあって、結局は裁判官を味方に付けることに成功した。「そんなこともあると知って気が休まった」と言っていただければ何よりである。


【物損事故を起こす】

まだ筑波大学に在職中の話であるが、ちょっとした物損事故を起こしてしまった。とあるお宅の屋外に車で突っ込み、そこに置いてあった園芸関係のものを大分破壊し、更に壁にも少し傷をつけてしまったのだ。

この事案は100%私が悪い、それは疑う余地がない。当然相手方に対して賠償という話になるし、私もそのつもりであった。ところが請求書の300万円という金額に仰天してしまった。内訳が書いてあり、私が突入した側とは反対側の壁まで修理するというのである。

相手方は少し変わった所のある方で、私が「これは一体どういうことですか」と問いただすと、逆ギレされて「見積もりは一級建築士が作成したものだ。お前のようなド素人がとやかく言うことではない。弁護士だ、弁護士を呼ぶ!」と鰾膠(にべ)も無い返答をなさったのである。

そこからは、相手方の弁護士の方とやりとりすることになった。確か5月末か6月の初めくらいであったと思うが、配達証明付きのとても親切なお手紙を弁護士さんからいただき、「この件は私が担当することになったので、直接相手方に連絡をとることは控えるように」といった但し書きがあった。

そしてなんと、300万円ほどの額を1週間か2週間以内に「払え」と指示してきた。相手方に弁護士は2名付いていたが、直接表に出てこられるのはいつも下っ端のほうの弁護士であった。

 

【弁護士なのに仕事が遅く誤読が多い】

お手紙をいただいてから1ヶ月くらいの間、その弁護士とは電子メールでやりとりした。私は電話でやりとりしたかったのだが、先方のご希望で電子メールでのやりとりとなった。

この弁護士がかなり気の小さい方で、かなり過激な語調の文章を書かれるが、直接話しをするとなると、物事を対人でやりとりするのが苦手のようで、蚊の鳴くような声で話し、なにか私を怖れているかのようにも見受けられた。

弁護士も色々である。電子メールのみでのやり取りは構わないが、この方は日本語の読解力がすごく低い。こちらからの最初のメールに1週間経っても返事が来ないので、たまらず電話をしたら、「読み解くのにかなり時間がかかっていまして…」と言われた。

それを裏書きするかのように、彼は酷い誤読をすることがある。例えば「私はカレーが好きです」という文章は、彼にかかると「この人はカレーだけが好きです」と受け止められてしまう。この程度の誤読は日常会話なら差し障りがないのかもしれないが、裁判で扱うデリケートな事項となると、そういう誤読は致命的である。

そんなやりとりが1ヶ月くらい経った所で、「あまり時間がかかるようなら、裁判になります」と書いてきた。そこで「裁判にするのに私の同意は必要ありませんし、私に通知なさる必要もございません」とお返ししたところ、なぜか音信不通になってしまった。

とにかくメールを差し上げてもなんの応答もなく、かと言って私の方から督促するような話でもないので、やや淋しい思いをしながらも、そのままにしておいた。

 

【出廷前に反論の文書を作成】

それから何ヶ月か時が流れ、クリスマスの頃だったと思うが、裁判所からいきなり招待状が届き、翌年1月に最初の裁判を開くので「出廷するように」と書かれていた。先方の訴状なんかもついていたが、請求金額はほとんど半額という150万円くらいに減額されており、大変驚いた。

あの300万円って一体何だったのだろう? どこが減額され半分になったのだろうと内訳を拝見すると、「壊した側と反対側の壁の修理」というのが完全に消えていた。裁判になる以上、裁判官に笑われるような書類を提出するのは弁護士としてもイヤなのだろう。それでおかしな項目を削除せざるを得なくなったのだと思われる。

裁判所に行く前に、私は訴状に対する反論の文書を裁判所と相手方の弁護士に送っておいた。A4で20ページ近くになり、それに色々と証拠もつけ、相手方の弁護士との文通の記録もすべて添付した。

ところで、その弁護士は私と音信不通になった後、3~4ヶ月も経ってから裁判所に訴状を提出したことになる。そんな長い期間を準備に要したということは、訴状を作成したり、裁判を起こしたりするのは、弁護士のような専門家であっても簡単な話ではないということ。それが手に取るようにわかった。

 

【被告が劣勢とは限らない】

私は茨城県のつくば市に暮らしていたが、裁判所は土浦市にあった。車で30分もあれば容易に着くので、裁判所に通うのを苦労と思ったことは一度もない。

しかし、裁判所に足を踏み入れるのは何分にも初めての経験なので、やはり緊張した。特に「裁判官もあの弁護士のような人だったら、どうしよう」と心配していた。ところが、それは杞憂であったとすぐに実感することになる。

法廷に入って軽く挨拶をすると、裁判官が「遠路はるばるお越しいただき、どうも有難うございます」と仰ったのだ。思わず「私の背後霊として、まさかあのアマテラスが付いてくれているのかしら」と後ろを振り返ってしまったくらいだ。

相手方の弁護士から「あなたの反論の書き方はよくない。書き直しなさい」といった趣旨の砲火を浴びせられたが、すると裁判官が「西村氏は裁判についてまだよくわかっておられないので、そんな失礼な物言いをするものではありません」と遮った。

「私が代わりに口頭で西村氏の反論の要旨を申し上げます。それをメモなさってください」と引き取ってくださり、相手方の弁護士はタジタジとなった。私の側は弁護士をつけておらず、裁判官が私の弁護人になってくれたかのような展開に「アレレ、こんなのってあり?」と感じたくらいである。



【「文は人を助く」とはよく言ったもの】

裁判の前に、私が提出していた訴状に対しての真剣な反論。直接確認したわけではないが、裁判官がその出来栄えを高く評価してくださっていたことは、言葉の行間からも伝わってきた。

こういう法廷で展開されるやり取りを「口頭弁論」というのだろうが、所要時間は大体1時間くらいで、一審ではそれが5~6回開かれた。判決は確か11月に言い渡され、最後の口頭弁論があったのは9月ぐらいだったと思う。

初回の口頭弁論は裁判所が一方的に日時を決めてくるが、2回目以降はこちらの都合も聞いてもらえるので、あまり心配しなくてもよくなった。月に1度ぐらいのペースで、出廷はそんな負担にはならない。ただ4月に開かれた2回目の口頭弁論で、担当の裁判官が変わっていたことには驚いた。年度替わりの人事異動で、裁判官も例外ではなかったようだ。

勿論、仕事の引き継ぎは行われたと思うが、新しい裁判官が最初に仰ったのは「私、急にこの裁判の担当になったばかりで、よくわからないため、イチから説明してもらえますか」であった。この新しい裁判官は、私の反論の文書に感銘を受けたという様子もなく、被告にだけ見せる淡々とした態度、扱いに「ああ、天は我を見放したか」と思った。

ただし、それゆえに判決の内容も厳しいものになるかというと、そうとは限らないのである。

 

【控訴は…?】

判決の日は、わざわざ法廷に出向く必要はない。判決文を郵送してくれるからである。もしも誰もいなくても、裁判官は法廷でその判決を言うとのことであった。裁判官も大変である。そうと知り、私も判決は聞きにいっていない。数日後に手紙が届けばわかると達観していたのだ。

しかし、相手方の弁護士の方から判決当日に電子メールで連絡があった。なんと判決では私に対する請求金額が70万円ほどに減額されたといい、「その支払い方法をご相談したい」とのことであった。

金額が半分以下になっていたので、私はやはり背後霊のアマテラスに感謝した。

弁護士の方は、そこで「控訴はしませんので」と仰ったが、私からは「ご心配にならなくても、私のほうから控訴します。二審でもよろしくね」と返しておいた。これには大変驚かれたようである。

 

【穴を探せ!】

私が法廷でどのような論を展開したのか、一つだけ例をあげるとすれば…。

訴状における私への請求金額は、当初は150万円くらいであった。そして内訳には納入する土の種類が書かれ、量については全く書かれていないにもかかわらず、金額の欄に「20万円」とあった。まず、ここが変なのである。

園芸用の土は、ホームセンターなどで14リットルや25リットル入りの袋詰めで市販されており、それを必要な分購入する。単純な話、例えば14リットル入りの袋が当時500円で市販されていたとして、20万円ならそれを400袋も納入しなければならないことになる。

業務用なら単価はもっと安いだろう。インターネットで土の種類を入力すれば、大体の値段を知ることができる。20万円分で実際にどのくらいの量の土が運び込まれることになるのか、算出するとものすごい量になった。

しかも、そのお宅の敷地は屋外部分がすべてコンクリーㇳ敷きで、土は鉢に入れて使用される。何号の鉢にはどのくらいの土が入るのかも、すぐに調べられた。バラを育てる大きなサイズの12号鉢なら、土が14リットル入るという。つまり、相手方が要求しておられる量の土を12号の鉢に収めるなら、鉢を400個も用意する必要があるわけだ。

私は「お宅の敷地にそれだけの鉢を置くスペースがございますか? ご自宅をベルサイユ宮殿とでも勘違いなさっておられませんか?」と畳み掛けた。これが裁判官に受けたようで、判決文にも、もう少し上品な形に変えてではあるが、この部分の話について記されていた。



“蟻の一穴” とよくいうが、その訴状にはいくつもの穴があった。ひるんでいる暇があったら、とにかく「蟻の一穴を探せ!」である。

 

【重要なのは抗弁】

抗弁(こうべん)とは、民事で訴えられた側が行う防御の方法である。民事裁判で原告側と徹底して争うと決めた場合は、訴えの内容を否定する、あるいは異議を唱えるだけでは弱い。

むしろ事実を認め、その上で対抗できるポイントを見つけ、積極的に相手方の虚を突くのみ。もちろん、その事実については主張責任と立証責任を負うことになるため、しっかりと下調べをして資料を集め、頭に叩き込んでから法廷に臨むことが重要である。

 

この裁判の一審については以上。続く第73話、第74話『裁判 Part Ⅱ』『裁判PartⅢ』にもご期待ください。

 

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それでは第72話の締めくくりの1曲、「エグスプロージョン ― 踊るRAPシリーズ『裁判』」をどうぞ!

(理学博士:西村泰一/画像など編集:エトセトラ)

【皇室、徒然なるままに】のバックナンバーはこちらから。



【西村先生のご経歴】
1966年4月ー1972年3月  洛星中高等学校
1972年4月ー1976年3月  京都大学理学部
1976年4月ー1979年10月 京都大学大学院数理解析専攻
1979年11月ー1986年3月 京都大学附置数理解析研究所
1986年4月ー2019年3月  筑波大学(数学)

画像および参考:
『YouTube』エグスプロージョン ― 踊るRAPシリーズ『裁判』

『YouTube』古是三春_篠原常一郎 ― 弁護士会見~当チャンネルへの寄付そして複数の配信者についての弁護士会見