イネを熟知し、水田の生き物たちと毎日を過ごす農家さんが熱く語る! 「イネとトンボは日本の国柄です」

この記事をシェアする

秋篠宮家の長男・悠仁さまによるトンボ論文に対し、国民から疑義の声がさまざま上がっているが、国立科学博物館は大変残念ながら聞く耳を持ってくれていない。だが、学名、撮影年月日や撮影場所の誤記・誤認は、生物学の研究論文としては「致命的なミス」に該当するのではないのだろうか。

••┈┈┈┈••✼✼✼••┈┈┈┈••

論文中の写真No.66:アキアカネ♀羽化(杏水田,2022/07/02)について、こちらでは以下の3件の記事を出していた。

トンボ論文写真No.66「本当に7月2日の撮影ですか? 穂ばらみ期に見えますが」と農業従事者さまより

おかしな写真No.66に「ホンモノの羽化と殻をご覧ください」 自宅の水槽でヤゴは育ちベランダで羽化

トンボ論文写真No.66アキアカネのヤゴは全くの別物 腹の先端の穴は内臓を取り出した跡か

 

神奈川県在住のHさんが「撮影日が7月2日なら、その頃イネは最高分げつ期でしょうに、そうは見えません」と指摘されると、それを「撮影時期は穂ばらみ期の7月下旬。天候による成長の進み遅れの誤差を考慮したとしても、7月20日より前ではないでしょう」とフォローされたMKさん。

長野県で農業を営み、水田の生き物たちを熟知していらっしゃるMKさんに、もう少し詳しくお話を伺ってみた。画像や表も用意してくださったので、今回はそちらをご紹介してみたいと思う。



 

―――MKさん、よろしくお願いいたします。まずはアキアカネと田んぼの1年のサイクルについて教えて下さい。

MKさん:アキアカネのメスは9月~10月、稲が刈り取られた後の田んぼに産卵します。そして冬の間は卵だったのが、春になるとふ化してヤゴになります。

こちらの表を元に、その頃の春の田んぼも説明しましょう。

 

4月中旬頃まで、田んぼは畑と同様に乾いており、元肥(もとごえ)を撒くなどしてから耕起します。田植えの1週間ほど前に田んぼに水を入れ、1日ほどおいて土に水が充分なじんだところで軽く耕起します。これを「荒代(あらじろ)かき」といいます。

それから数日放置し、田んぼの土を柔らかく均平にする「代掻き」をします。その2~3日ほど後、土がちょうどよい固さになったところで田植えをするのが理想です。

 

―――水を張った田んぼに苗を植えるのですよね。

MKさん:荒代から先はずっと水を張ったままであることがわかると思いますが、入り過ぎたら水をはらい、少なくなったら入れます。なので、入れっぱなしということではありません。

また、田植えが終わっても水を全部はらうことは基本的にしません。5月はまだ気温が低いため、田の土の表面(田面)が現れてしまうと、夜間に冷えて根の生育に影響します。そのため、水を張ったまま田面がほとんど現れない、「湛水(たんすい)」と呼ばれる状態で管理するのが基本です。

 

―――その頃のヤゴの状況を教えてください。イネと一緒に成長する印象があります。

MKさん:田植えが終わって溜められた水の温度が上がると、地中にすきこまれた藁などを餌に、ミジンコが大量に発生します。ヤゴは、それらを捕食して成長するのだそうです。

一方、湛水状態の田んぼの中ではイネが成長し、茎の根元からは新しい茎が出る、それを「分げつ」と言います。茎は増え、それぞれが少しずつ上に向かって伸長していきます。肥料や日光など、栄養状態がよければ、いくらでも分げつしようとします。

こちらの写真は田植え後3週目の様子です。湛水状態でミジンコもたくさん発生します。

 

―――そして「分げつ」もいずれ止まるわけですね。

MKさん:一面にたくさんの苗が植えられていますから、ひと株が受けられる日光の量も決まってきて、イネは受光環境が悪くなりそうだとわかると、自動的に小さな茎を枯らすようになり、茎数を減らしていくんです。

 

―――神奈川県在住のHさんは、写真No.66の撮影日が7月2日なら、田んぼは「最高分げつ期」だったでしょうと…。

MKさん:茎の減少が起こる前、茎数が最大になったときの状態を「最高分げつ期」といいますが、その頃の農作業に「中干し」というものがあります。

数日から1週間ほど水を入れるのをやめて田んぼの土を干し、イネの分げつ数が多くなりすぎることを防ぎます。秋の農作業前に土を少しだけ固くしておく、という役目もあるんです。でも、あまり干しすぎるとよくありません。ヤゴのためにもならないですね。

 

―――水の量はとても重要なのですね。しっかりと管理されていることがわかりました。

MKさん:中干しの後は「飽水」と言って、田んぼの土が見えるか見えないかくらいまで水を入れ、田んぼにできた足跡などの窪みの水が残る程度まで、水が引くのを待ちます。

また、「二湛三落の水管理」という言葉があります。2日間は湛水状態にし、3日間かけて田んぼをやや乾かしていくという方法で、この飽水管理も含め、広い意味で「湛水」と呼びます。

 

―――田んぼの水はヤゴにとっては命の源、ありがたいものですね。そこで徐々に成長し…

MKさん:アキアカネはその中干しの前後に羽化し、成虫になります。そして暑さを避けるため、7月には見当たらなくなるんです。アキアカネは標高の高いところに移動していき、ナツアカネは高地ではなく、丘陵地や林など涼しいところで夏を過ごすようです。

分げつ終期頃のイネです。

 

―――アキアカネかナツアカネかは、胸の脇の黒い線の先端で区別するようですね。しかし小さな体で山への移動とは驚きます。

MKさん:この時期の田んぼには、湛水状態のおかげで水中には生物がいっぱいいます。羽化した後も、葉を茂らせたイネの周りにもユスリカなどの小さな昆虫がたくさん。それらを捕食してパワーを蓄えるのでしょう。

 

―――分げつ期間はかなり長いのですね。

MKさん:「出穂」の40日ほど前になると、イネは葉を大きく伸ばし、「分げつ終期」を迎えます。茎も扇形に広がり、条に沿って眺めても田んぼの向こうが見えないくらいになります。

そして、出穂の25日前頃になると、茎の中には小さな穂ができて、それがだんだん大きくなります。これを幼穂形成期と呼び、同時に扇形に広がっていたイネの茎も、まっすぐ上を向くようになります。



―――広がっていた茎がまっすぐになるって、ちょっと不思議です。

MKさん:そうしないと日陰になって枯死してしまうからです。森林の木々が同じような高さでまっすぐに立っているのと同じ理由です。

品種でも異なりますが、たとえばコシヒカリではこの穂の長さが2cm程度に育った頃、つまり出穂の18日前に肥料(穂肥)を与えると、倒れず米を多収することができると言われています。このタイミングは育て方にもより、農家の腕の見せ所でもあります。

そして出穂の12日前に「穂ばらみ期」を迎え、2回目の穂肥、登熟期に向けての肥料分の補給をします。

 

―――論文の写真No.66の茎の様子が、その「穂ばらみ期」に見えるわけですね?

MKさん:はい。さらに出穂の3から5日前、ぼつぼつと穂を出す茎も現れ、これを「走りっ穂」と呼びます。

開花時期、つまり出穂期はイネにとって大事で敏感な時期で、その前後に田んぼが乾いてイネに負担を与えることがないよう、水を張ることを「花水」といいます。

やがて、多くの穂がほぼ一斉に伸びあがってきて、花を咲かせます。茎のうちの半分以上で穂が出る時期を「出穂」と、さらに数日後の、全ての茎の穂が出そろった頃を「出穂の揃い」といいます。

 

このとき、どの穂も同じ時期に出てくれば「穂ぞろいがよい」と表現されます。穂ぞろいが良いと、稲刈り時期に米の登熟の度合いに差が現れず、未熟米や過熟のせいで米粒が割れるといったことも少なくなり、豊作に結びつきます。

 

―――「実るほど頭を垂れる稲穂かな」とよく言いますが、そういう時期ですか?

MKさん:はい、稲穂はどんどん傾いていくのが登熟期です。猛暑の夏にはしばらく湛水状態にし、イネや穂が高温になるのを防ぐ作業も必要になりますが、穂が揃ったら花水を止め、その後は「三湛四落」からさらに「二湛四落」として、徐々に田んぼを乾かす率を上げていきます。

 

―――稲刈りのタイミングは、天候や土の乾燥がとても重要なのですね。

MKさん:気候と品種により、出穂から30~45日ほどで収穫、つまり稲刈りの時期を迎えますが、そのとき田んぼの土がやわらかくて長靴が潜り込んでしまうようだと、稲刈り作業ができません。

刈った稲をいったん地面に置くため、茎といわず穂といわず、泥だらけにさせてしまう上、イネ束をはざ掛け(はぜ掛けとも)して乾かしたとき、脱穀してもみに泥が残り、精米したときに米に砂粒が混ざる原因にもなります。

 

―――田んぼに水を張ったら終わりではない、収穫期に合わせて乾かしていくなど、土は慎重に管理されているのですね。

MKさん:はい。コンバインで刈る場合にも、「クローラ」と呼ばれるキャタピラーのような部分が泥に潜り込むと、やはり大変な事態となります。

だから稲刈りの2週間前には「節水」し、1週間前には完全に水をはらい、少しずつ土を固くしていくのです。稲刈り前には、少なくとも「足がめり込まない程度」まで、土を乾しておく必要があるのです。

この写真は刈取りの4日前です。低い所にたまっていた水も、田周囲の溝から排水し、田面を乾かします。

 

―――ここまでが、春の田植えから秋の稲刈りについてですね。

MKさん:はい。4月の荒代かきから始まった湛水、飽水、花水といった水管理は、稲刈りの1週間前、すなわち9月初旬には終了します。

そこからは畑のような乾いた土の状況となります。米の収穫後に「秋起こし」として耕起する場合もありますが、4月の荒代すきまでは土が乾いた状態に置かれるのが普通です。

 

―――その頃、再びアキアカネも戻ってくるのですね?

MKさん:アキアカネが高地から戻ってくるのは、ちょうど稲刈りの前後です。稲刈り前の田んぼの上でも交尾し、産卵しますが、やはり最も産卵の様子が見られるのは稲刈り後の田面となります。

足跡の小さな水たまりはもちろん、少し濡れていたり湿っていたりする土の表面にも産卵しています。

 

―――アキアカネの1年のサイクルが、また始まるわけですね。卵のまま越冬し、春になるとふ化してヤゴに。

MKさん:土の中でも卵のまま冬を越すことができるアキアカネは、水田稲作の営みにピッタリと合った生物なのだと言えるでしょう。昔、トンボは秋津(あきつ)と呼ばれ、日本は「あきつしま」という異名をとっていましたね。

神話では神武天皇が「素晴らしい国だ。山々が連なり、まるでトンボが交尾しているような姿に見える」と言ったそうです。それで「秋津洲のやまとの国」となったのだとか。

この比喩表現からも、黄金に稔った稲穂の上を赤とんぼが飛び交う様子が、昔から日本の「原風景」として存在し、今日まで連綿と伝えられてきたということが窺えます。

 

―――心が和みます。農家の皆さまには、とにかく頭が下がる思いです。私たちはもっともっと感謝しなければなりませんね。それに「穂」ひとつとっても、ほのぼのとした美しい言葉がさまざま生まれていたことに感銘を受けました。

MKさん:稲作に使われる言葉は、携わってきた多くの先人が、苦労や喜びの中で豊かに紡いできたものです。私は幼いころ、日がな草取りをする親を見ながら、田んぼの畔で遊んでいました。そういった中で私の心や体にしみ込んできた言葉でもあります。

神武天皇以来、あるいは古事記や日本書記といった歴史に残る書物で言えば、飛鳥~奈良時代以来今日まで、日本の原風景として、私たちの生活と環境の接点にもなっていたのがイネとトンボです。

農薬でしょうか。あるいは温暖化でしょうか。今、様々な原因でアキアカネの数が減少しています。それへの警鐘を鳴らしていく必要があります。

その意味も含めて、イネとトンボ、その双方についての研究を論文として公にしていくのであれば、「日本の国柄そのものを研究する」という気概をもって取り組んでほしいものだと思います。

 

―――最後になります。この66番の画像や解説にさまざまな視点から疑義の声があがっていることについて、いかがお感じになられますか?

MKさん:記載した環境データを元に考察などを論述しているわけですから、元の情報に誤りがあれば、論述の正当性に影響が出る場合もあります。サイエンスの論文としては、大きな問題があると思います。

 

―――そうですね。誤認や誤記はすみやかな撤回と修正が必要だと思います。MKさん、本日は大変ありがとうございました。

※ MKさんはこの後、農業に携わってきた方ならではのトンボ相論文の検証と考察を、「論文風」にまとめてくださるとのことです。皆様、ご期待ください!

(聞き手:朝比奈ゆかり/エトセトラ)



画像および参考:
『とくしまコウノトリ基金』12.トンボ図鑑_種の解説(アキアカネ・ナツアカネ)

『エトセトラ・ジャパン』トンボ論文写真No.66「本当に7月2日の撮影ですか? 穂ばらみ期に見えますが」と農業従事者さまより

『エトセトラ・ジャパン』トンボ論文おかしな写真No.66に「ホンモノの羽化と殻をご覧ください」 自宅の水槽でヤゴは育ちベランダで羽化

『エトセトラ・ジャパン』トンボ論文写真No.66アキアカネのヤゴは全くの別物 腹の先端の穴は内臓を取り出した跡か