【皇室、徒然なるままに】第43話: 論文不正の帝王・藤井善隆の場合 前篇/私のすぐそばでも事件が 西村 泰一

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私の専門である数学の世界では、まず論文とかで不正は起きにくい。なぜかというと、数学の論文は要するに定理、証明、定理、証明…といった形になっていて、あることについて「なぜそう主張をするのか」を論理的に、かつ瑕疵のない形で説明しなければならないからだ。

これに対して生物学では、時々ではあるが、データに不正が疑われる変な論文が出版されることが、どうしても避けられなくなる。研究者の世界においては、小保方晴子さんと並んで、元東邦大学医学部・麻酔科准教授の藤井善隆氏の名を知らぬ者はいない。

その前に、今回は自分のすぐ経験した1つの「事件」についてちょっとお話してみたいと思う。



【査読者は性善説とともに】

先月26日付の第41話『死んだトンボを甦らせる謎の陰陽師 卑些人(ヒサヒト)』のなかで、『白楽の研究者倫理』さんというブログから見つけた「撤回論文数世界ランキング」の一覧表をご紹介してみた。

発表した論文がその後に撤回になった人々。論文数でみると10位中に日本人が4人も!(画像は『白楽の研究者倫理』のスクリーンショット)
発表した論文がその後に撤回になった人々。論文数でみると10位中に日本人が4人も!(画像は『白楽の研究者倫理』のスクリーンショット)

 

撤回した論文の多さワースト10を見ると、悲しいことに日本人が4人とダントツの多さであるが、さらに分野別で見ると、生物学や医学で不正論文が多いことがわかる。

小保方晴子さんの「STAP細胞はあります」という論文を例にとると、論文には「こういう手順、レシピでやったらSTAP細胞ができました」という話が書かれていたわけだが、査読をする人は小保方さんの言う通りのレシピに従えばSTAP細胞ができるのか、その再実験をしてみるわけではない。

 

私も随分と他人の論文の査読をしたことがある。彼もしくは彼女が主張していることが「他の誰かによって、すでに証明されてはいないか」に注意しなければならないという難しさはあるものの、査読をする側に期待されているのは「書き手はちゃんと論理的に、瑕疵のない形で説明できているか」「その説明の仕方はわかりやすいものであるか」を確認することである。

これは悠仁くんの処女論文についても言えるわけで、あの論文を査読された方々は、掲載されている写真やデータに「不正があるかも」と疑ってかかるのではなく、むしろ「正しいだろう」という性善説に立って査読しておられるのである。

 

【私のすぐそばで事件が起きる】

数学の世界で論文の不正は非常に稀だが、かくいう私も自分のすぐそばで「事件」が起き、それに巻き込まれてしまった経験がある。

数学の世界には、米国数学協会 (American Mathematical Society) が発行する『MathSciNet /Mathematical Reviews』、そしてヨーロッパ数学会(European Mathematical Society)をはじめとする欧州の学会や研究機関が編集している『zbMATH』という二大レビュー誌があって、それらを見れば「誰がどんな論文を書いたか」ということがわかる。

例えば「自分はこういうことを証明したい」と思ったとき、別の誰かが既にそれを証明していたら、論文を発表する意味がなくなってしまう。そのあたりをしっかりとこういうレビュー誌で確認しておかなければ、とてもじゃないが数学の研究は出来ない。とにかく膨大な量の論文が毎年生産されているのだ。

そんななか、私は『zbMATH』から「シンガポールの出版社World Scientificから出る『Universal Algebra and Coalgebra』という本の書評を書いてほしい」と依頼された。そして完成させたものをドイツの依頼者の元に送っておいた。

そのスクリーンショットがこちらである。

シンガポールの出版社が出した本に関する「レビュー」を依頼された
シンガポールの出版社が出すという本の書評を書いたが…

 

ところがその後、この本について大変なドラマが展開することになる。



この本は英語で書かれていたが、著者であるKlaus DeneckeおよびShelly L. Wismathは、実は別の人がドイツ語で書いたある本からかなりの部分をパクっていた。

ドイツ人の数学者がそのことに気づいて報告し、私の書評にも最初に『編集者のコメント』として第 2 章、第 3 章、第 4 章、第 7 章、および第 8 章に関する盗用の事実とともに、「ワールド・サイエンティフィック社は、審査中のこの本の出版を見送りました」と記されてしまった。

 

【半永久的に残るデータだからこそ】

MathSciNetにせよzbMATHにせよ、半永久的に残ることが意図されているデータベースである。なので、1,000年先にこれを御覧になられる方もいるだろう。それもあって、この本の著者たちはあくまでも「参考にしたまでだ」と主張し、パクリ行為を認めていない。拭い去ることのできない恥という他ないが、どこにでも悠仁君のような人はいるものである。

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それでは第43話の締めくくりの1曲、『中条きよし/うそ』をどうぞ!

(理学博士:西村泰一/画像など編集:エトセトラ)

【皇室、徒然なるままに】のバックナンバーはこちらから。



【西村先生のご経歴】
1966年4月ー1972年3月  洛星中高等学校
1972年4月ー1976年3月  京都大学理学部
1976年4月ー1979年10月 京都大学大学院数理解析専攻
1979年11月ー1986年3月 京都大学附置数理解析研究所
1986年4月ー2019年3月  筑波大学(数学)

画像および参考:

『YouTube』Fuji Music ch ― 中条きよし/うそ

『Zentralblatt MATH』 an:1176.08001

『白楽の研究者倫理』「撤回論文数」世界ランキング

【皇室、徒然なるままに】第41話:死んだトンボを甦らせる謎の陰陽師 卑些人(ヒサヒト)