滅多にない「嘱託殺人成立認定」なぜ…? 注目の『赤トンボ先生教え子殺人事件』の裁判を深堀り 【前編】
こちらで『悠仁さまが家庭教師と論文で東大か京大に合格するなら… トンボ研究報道にある県民から不安の声』という記事を公開したところ、予想以上の反響を呼んだ。
福井県在住の方からある情報が寄せられ、インタビューさせたいただいたもので、Twitterや匿名掲示板では多くの方が「有名な事件なので覚えている」「当時も掲示板で炎上していた」とコメントしてくださっているようだ。Mさんとして名前が挙げられたのは、福井大大学院の元特命准教授・前園泰徳氏であることは、疑いようもない事実だったようだ。
さらに、多くの方が「Mさんがまさか秋篠宮家と親しかったとは」「嘱託殺人の主張など、そう簡単に認められるものなのか」という疑問を抱いておられることもわかった。そのあたりについて調べてみたこと、筆者なりに考えてみたことを【前編・後編】に分けてお伝えしてみたい。
■事件と刑事裁判の判決を簡単におさらい
2015年3月12日に福井県勝山市で起きた「教え子殺害事件」。Mさんは車の中で教え子の菅原みわさん(東邦大大学院生・当時25歳)を絞殺し、2日後に逮捕された。検察側は殺人罪で起訴し懲役13年を求刑したが、福井地裁での裁判員裁判を経て嘱託殺人罪が認められ、2016年9月29日の判決では懲役3年6月の実刑判決が言い渡された。
■控訴の手続きは進まず刑が確定
その判決に不服だった遺族は「控訴を望んでいる」と記者会見を開くなどしたが、控訴もないまま10月14日に判決が確定した。続いて遺族は1億2,000万円強の賠償金を求め千葉地裁で民事裁判を起こしている。
民事裁判は長い闘いとなったが、千葉地裁は2021年1月に「殺害依頼は真意ではなかった」として、遺族に8,593万円を支払うようMさんに命じた。
福井地裁の裁きは甘すぎたのでは…? そして、遺族が望んでいるにもかかわらず、なぜ検察側は控訴の手続きに入らなかったのだろう。
■福井地裁で2016年に注目を集めたもう1つの裁判
福井地裁でMさんの殺人事件を裁いたのは、職業裁判官が3人と裁判員が6人の計9人。当時の裁判長は入子光臣(いりこ みつおみ)氏だった。
その福井地裁では同じく2016年、もう1つ世間の注目を集める裁判が開かれていた。覚せい剤密売容疑で逮捕された暴力団組員の男について、警察が令状を取らずにGPS捜査を行ったことが「合法か違法か」と議論されたのだ。
その裁判で入子裁判長は、GPSでの捜査に違法性は認められないとして、麻薬特例法違反ほかの罪で男に懲役6年および罰金刑を言い渡している。決して「甘い」裁判長ではないようだ。
■入子裁判長、最近も厳しい判決を下す
『新日本法規』というサイトによると、入子氏は大阪高裁判事、京都地裁部総括判事などを経て、今年3月からは神戸地裁部総括判事および神戸簡裁判事を務めておられるという。
今年9月下旬の「NHK兵庫NEWS WEB」の報道によると、神戸地裁の入子光臣裁判長は、2021年5月にアルバイト先のコンビニエンスストア店長を車のトランクで窒息死させ、強盗致死罪に問われていた29歳の被告に対し、懲役24年の実刑判決を下したとある。入子氏は、やはり「甘い」裁判長ではないようだ。
■一般的な嘱託殺人の刑罰は?
こちらは、東京の『弁護士法人 渋谷青山刑事法律事務所』のホームページに示されている、殺人事件を起こした場合の刑罰や法律に関する説明だ。
殺人に対しては「死刑または無期もしくは5年以上の懲役」と非常に重い罪が科される一方、それが嘱託(同意・承諾)殺人だと認められると、「6月から7年以下の懲役または禁錮」と刑がぐんと軽くなる。さらに、これに執行猶予がつくこともある。どの被告人も「被害者も死にたがっていた」と自己弁護に走るわけだ。
■嘱託(同意・承諾)殺人の主張は殆ど信用されない
1年あたり1,500件を超える裁判の判決がデータで収められている『LLI/DB判例秘書』というウェブサイトがある。その「判例秘書・判決ダイジェスト/2016年」を見てみると、数ある殺人事件のなかで嘱託(同意・承諾)殺人が認められたのは、Mさんの裁判を含めてたったの4件しかなかった。
さらに過去の判例をみると、この画像にあるとおり、被害者が精神疾患を患い錯乱するなどしたとしても、強い証拠がない限り、同意殺人の主張などまず通らないことがわかる。
■若い被害者が仕事に打ち込んでいた例では…
Mさんの裁判と同じ2016年の11月、東京地裁立川支部ではこんな裁判員裁判が開かれた。
交際相手の女性を殺害した罪に問われていた、千葉県浦安市のアクセサリー販売業・高野隼一被告(当時26歳)。弁護人は繰り返し「女性から殺してと頼まれた。嘱託殺人だ」と訴えたという。
だが阿部浩巳裁判長は、被害者の女性が看護師の仕事に打ち込んでいたことから「嘱託殺人の主張は信用できない」として、被告に懲役16年(求刑懲役18年)の判決を言い渡した。
治癒する見込みのない重い病や寝たきり状態で被害者が絶望し、看病や老々介護で家族に迷惑をかけていることを気に病み、「死にたい」と漏らしていたとの証言が周囲から得られれば、時には同意・承諾殺人の主張が認められることもあるだろう。
だが、趣味でも仕事でも何か打ち込めるものを持っていた健康な若者が殺された事件では、被告人が「嘱託殺人だ」と主張したところで、そう簡単に信用されるものではないという。
■滅多にない「嘱託殺人成立認定」
先の判決ダイジェストで見つけた記録には、Mさんに関する2016年9月29日の裁判の最後、入子光臣裁判長が述べた「判決理由」について、このように示されていた。
入子光臣裁判長は,大学院生が不倫関係にあった被告人に,「最初から私と一緒になる気が無かったくせに」などと無料通信アプリのLINEでメッセージを送っており,前途に絶望して自殺する意思を強めた可能性は否定できないと指摘し,真意に基づく嘱託がなかったと認定するには疑いが残るとして,嘱託殺人罪の成立を認め,懲役3年6月(求刑懲役13年)を言い渡した。
Mさんの事件では、被害者が「殺してほしい」と訴えていたという客観的証拠は得られていない。おまけに、上記のような判決理由ではまるで説得力に欠ける。にもかかわらず、滅多に起きない「嘱託殺人成立認定」という形で裁判は結審した。
妻子ある男性に愛人の女性が「最初から私と一緒になる気が無かったくせに…」とひねくれてみせるなど、巷では頻繁にあること。殺してほしいという嘱託が「なかったと認定するには疑いが残る」という発想には驚くばかり。「嘱託があったと認定するには疑いが残る」の間違いでは…?と自分の目を疑いたくなったほどだ。
殺人事件の刑事裁判でこんな判例を作ってしまって大丈夫なのだろうか。
■被害者が若い女性なら嘱託殺人でも懲役4~7年
『朝日新聞DIGITAL』は2019年3月、東京都台東区で2017年5月に起きた高3女子嘱託殺人に関し、交際相手の少年(19)の控訴が棄却されたことを報じた。
懲役4年以上7年以下の不定期刑とした東京地裁の一審の判決に、少年側は「刑罰ではなく保護処分にすべき」として控訴していた。だが、東京高裁の後藤真理子裁判長は一審の判決を支持したという。
■まとめ
上記の高3女子嘱託殺人では、当時19歳でありながら被告人には懲役4年~7年という刑が言い渡された。この事実だけでも、明るい未来があった若者を殺した場合の罪の重さがよく理解できる。この少年は、分別もある40代で事件を起こしたMさんより長く服役する必要があるのだ。
裁判で「あれは嘱託(同意)殺人でした」と主張し、それがスルスルと通ってしまったMさん。彼は単純に運がよかっただけなのか…。だが、匿名掲示板などを見る限り、多くの方が「秋篠宮ご夫妻がMさんに助け舟を出したのでは」と疑っておられることもわかった。
【後編】では、そのあたりについて筆者が「もしもその可能性があるとしたら、この辺か…」と個人的に感じていることをお伝えしてみたい。
(朝比奈ゆかり/エトセトラ)
画像および参照:
『NHK兵庫NEWS WEB』神戸地裁 コンビニ店長への強盗致死事件で懲役24年の判決
『弁護士法人 渋谷青山刑事法律事務所』殺人罪について(要件や定義と罰則,法律)
『判例秘書/判決ダイジェスト』 2013年12月 麻薬特例法違反等・裁判員 GPS捜査違法認めず密売男性に実刑
『千葉日報』嘱託殺人認めず懲役16年 「女性が死望む事情ない」
『朝日新聞DIGITAL』高3女子嘱託殺人、交際相手の少年の控訴棄却 東京地裁
北沢拓也2019年3月12日