【皇室、徒然なるままに】第45話:清拓哉氏ならびに国立科学博物館に告ぐ(Reden an Herrn Takuya Kiyoshi und das Nationalmuseum für Natur und Wissenschaft) 西村 泰一
清拓哉氏ならびに国立科学博物館に告ぐ
(Reden an Herrn Takuya Kiyoshi und das Nationalmuseum für Natur und Wissenschaft)
データを偽造した論文の出版は、アカデミズムの信用失墜につながる。これに対しては厳正かつ速やかに対処し、論文を撤回してもらわなければならない。遅れてしまうと、誤ったデータを参照ないし引用して、他の誰かが論文を書くからである。
【ドイツ国民に告ぐ(Reden an die deutsche Nation)】
ドイツの哲学者であるヨハン・ゴットリープ・フィヒテ(Johann Gottlieb Fichte)の代表作として、上記の著作をあげることに異論のある方はおるまい。
この著作は、ナポレオン占領下にあった1807年12月13日から翌年3月20日まで、毎週日曜日、ベルリンの学術アカデミーで14回にわたりフィヒテが行った、1807/08年の冬学期の連続講演がもとになっている。
1810年にベルリン大学が創設され、フィヒテはその初代総長に就任している。この講義は、1804/05年の冬学期におこなわれた講義『現代の根本特徴』の続編であり、また1806年に書かれた彼の大学論『学術アカデミーとの適切な連携を持ったベルリンに創設予定の高等教育施設の演繹的計画』と表裏一体となっていて、フィヒテの教育論の重要な部分をなしている。
彼はスイスの教育者ペスタロッチ(Johann Heinrich Pestalozzi)に深く傾倒し、自らも『学者の使命・学者の本質(Einige Vorlesungen über die Bestimmung des Gelehrten)』を著している。以下「ドイツ国民に告ぐ」の一部を引用しておこう。
余が予告した国民救済の手段とは、まったく新しい、これまで個人にはほんの例外的にしか存在せず、決して一般的かつ国民的自己としては存在していなかったような自己を養成することである。
それは国民全体の教育であり、今までの生命が消え他国民の生命の付属物となってしまった国民を教育して、全く新しい生命をえさせ、この生命を国民固有のものにするか、あるいはその生命が他国民に分け与えられても、少しも減少せず、全体として存在しつづけるような無限の生命にならせることである。
962年のオットー1世の戴冠をもって始まり、1806年にナポレオンによって終止符を打たれる神聖ローマ帝国(Holy Roman Empire)は、フランスの啓蒙思想家ヴォルテールに言わせると、「神聖(Holy)」でも「ローマ(Roman)」でも「帝国(Empire)」でもないということになる。
ヴォルテールの言はさておくとしても、神聖ローマ帝国がバイエルン、ブランデンブルク、ザクセン、ボヘミアといった領邦国家の集合体に過ぎなかったことは厳然たる事実である。
当然のことながら、そこに住む人達も領邦国家への帰属意識はあっても、神聖ローマ帝国への帰属意識は極めて抽象的なレベルにとどまる。ちょうど江戸時代の日本人が会津藩や水戸藩といったそれぞれの藩に対する帰属意識はあっても、日本に対する帰属意識は極めて希薄であったことに対応する。
日本が所謂「国民国家」になるのは、明治維新を以てであるが、ドイツで国民国家が成立するのは、1871年1月、パリ郊外のベルサイユ宮殿で執り行われた、ヴィルヘルム1世のドイツ帝国皇帝への就任式を以てである。
この就任式がベルサイユ宮殿で執り行われたのは、スペイン王位継承問題を契機として戦われた普墺戦争でフランスを打ち破ってナポレオン3世を捕虜としたドイツ側の、19世紀初頭にフランスのナポレオンによって神聖ローマ帝国が解体させられたことに対する痛烈な意趣返しであった。
国民国家が樹立されるためには、まず国民が創成されねばならない。日本国内に住んでいるからといって、自動的に日本国民になるわけではない。人が日本国民となるためには、日本に対する強い帰属意識が必要である。
そしてこれを創出するのが、教育である。国民意識のないところで、民主主義的制度とかを形式的に導入して国民国家の体裁だけを与えても、全く機能しないのはこのためである。フィヒテの「ドイツに国民国家を」という政治的主張が教育論として語られるというのは、こういう次第であり、フィヒテの慧眼と言うしかない。
【偽札は何故いけないのか?】
通貨とは、決済のための価値交換媒体で、経済用語では貨幣と呼ばれるものを指す。古くは金や銀などの貴金属が用いられたが(所謂本位貨幣)、しかし経済の拡大に伴い通貨を発行するだけの貴金属が不足するようになると、貨幣制度の根幹をなす貴金属の通貨を定め、その貴金属にいつでも兌換できることを保障した紙幣を発行することで通貨の流通量を確保するようになった。
これが本位制度である。金によってこの本位制度が裏付けられている場合は金本位制、銀による場合は銀本位制とよばれる。この本位制度は1817年にイギリスにおいてソブリン金貨による金本位制が開始されたのを嚆矢とする。
19世紀末には世界の主要国のほとんどが金または銀本位制に移行している。これも変質しつつもかなり長い間続いたが、1971年8月15日にアメリカのリチャード・ニクソン大統領がアメリカ・ドルと金との兌換停止を発表した(所謂ニクソン・ショック)ことで瓦解し、以後各国は完全に管理通貨制度へと移行している。
貨幣を発行する権利は国家にのみ帰属し、貨幣が流通し機能するのは、偏に国家に対する信用(Credential)による。あの紙に印刷しただけの1万円札が1万円札として機能するのは、偏にこの信用による。このあたりを日本銀行のホームページから見ておこう。
日本銀行は、日本で唯一、銀行券を発行する発券銀行です。日本銀行は、皆さんが安心して銀行券を使えるよう、銀行券の安定供給を確保するとともに、銀行券の信認を維持するために、さまざまな業務を行っています。
日本銀行法では、日本銀行は、銀行券を発行すると定めています。銀行券は、独立行政法人国立印刷局によって製造され、日本銀行が製造費用を支払って引き取ります。そして、日本銀行の取引先金融機関が日本銀行に保有している当座預金を引き出し、銀行券を受け取ることによって、世の中に送り出されます。この時点で、銀行券が発行されたことになります。
銀行券は、さまざまな資金の受払いに利用可能な決済手段であり、特に小口資金のための受払いの手段として広く利用されています。銀行券には、銀行券を用いて支払いを行った場合、相手がその受取りを拒絶できないという、法貨としての強制通用力が法律により付与されています。
現在、日本銀行は、一万円券、五千円券、二千円券、千円券の4種類の日本銀行券を発行しています。
日本銀行が発行した銀行券は、その後、金融機関から預金を引き出した人々や企業の手に渡り、商品やサービスの購入などに利用されます。また、銀行券の一部は金融機関に持ち込まれ、預金として預けられます。
金融機関は、利用者への支払いに当面必要としない銀行券を、日本銀行の本支店に持ち込み、日本銀行当座預金に預け入れます。このように銀行券が日本銀行に戻ってくることを、銀行券の還収といいます。
日本銀行や金融機関は、銀行券が全国各地にくまなく行き渡るための流通拠点としての役割を果たしています。
偽札がいけないのは、偏にこの信用を失墜させるからである。したがって偽札製造に対する刑事罰も、当然のことながらかなり重い。
偽札に関する罪には、通貨偽造罪と偽造通貨行使罪があります。
通貨偽造罪は、刑法第148条1項に規定されており、行使の目的で通用する貨幣、紙幣、銀行券を偽造または変造した者に対して、無期または3年以上の懲役を科すことを規定しています。
偽造通貨行使罪は、刑法148条2項に規定されており、偽造・変造の貨幣・紙幣・銀行券を行使し、または行使の目的で人に交付し、もしくは輸入する犯罪です。偽造通貨行使罪の刑罰は、無期懲役または3年以上の懲役(20年以下)です。
偽札に関する罪は重く、「強制わいせつ等致死傷罪」や「身代金目的誘拐罪」と同等の重い刑罰が科されます。通貨に対する信頼が損なわれると、経済活動に支障が生じかねないことから、重大な犯罪として必ず懲役刑を科すこととしています。
【不正論文は何故いけないのか?】
アカデミズムの世界というのは、分野は歴史学から経済学、数学から生物学や医学と多岐にわたるが、真理(Truth)を求める世界である。
真理を語るという信用があって成立する世界である。そこで悠仁君の論文のようなデータを偽造した論文を出版されると、アカデミズムそのものに対する信用を失墜させることになる。
したがって、これに対しては厳正かつ速やかに対処し、論文を撤回してもらわなければならないだろう。
論文を撤回するといっても、雑誌から削除するわけではない。撤回されたということを明記して雑誌にはそのままその論文を留め置くのである。そのため、世間を騒がせた小保方晴子さんのSTAP細胞の論文は今でもNatureで見ることができる。
撤回が遅れると、それだけ悪影響も拡散してしまう。なぜなら悠仁君の論文を参照ないし引用して、他の誰かが論文を書くからである。お祖父さまのハゼ論文が世界中の魚類学者に引用されているように、である。
【教科書や大学入試に影響を与えた例も】
例えば藤村 新一1950-)によって引き起こされた旧石器捏造事件を思い出してみてほしい。
藤村は1970年代半ばから旧石器の捏造に手を染めていたが、発覚したのは2,000年のことである。所属する団体の良すぎる業績や調査結果に向けられた疑義を、考古学界はほとんど軽視し、口に出す者はおらず、真実は25年も封印されたままであった。
そのことが中学校・高等学校の歴史教科書はもとより、大学入試にまで影響を及ぼしたことを我々は忘れてはなるまい。
なお、不正論文の告発があった際の調査、処分や後始末がどれほど大変なものか、是非とも第44話『論文不正の帝王・藤井善隆 論文126本が捏造も後手に回った日本』をご一読いただければと思う。
不正論文、恐るべしである。
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それでは第45話の締めくくりの1曲、『田中彩子 / 夜の女王のアリア~歌劇《魔笛》より(モーツァルト)』をどうぞ!
(理学博士:西村泰一/画像など編集:エトセトラ)
【皇室、徒然なるままに】のバックナンバーはこちらから。
【西村先生のご経歴】
1966年4月ー1972年3月 洛星中高等学校
1972年4月ー1976年3月 京都大学理学部
1976年4月ー1979年10月 京都大学大学院数理解析専攻
1979年11月ー1986年3月 京都大学附置数理解析研究所
1986年4月ー2019年3月 筑波大学(数学)
画像および参考:
・『YouTube』田中彩子 / 夜の女王のアリア~歌劇《魔笛》より(モーツァルト)
・『Wikipedia』旧石器捏造事件
・『日本銀行』銀行券・貨幣の発行・管理の概要
・『公益社団法人・日本麻酔科学会』元会員藤井善隆氏の論文捏造に関する理事会声明
・『Natuer Japan』 Nature ダイジェスト Vol. 9 No. 12/20年発覚しなかった研究上の不正行為
・『テレ朝news』上皇さまが新種のハゼ発見 世界も認める研究の玄人[2021/06/24
・【皇室、徒然なるままに】第44話:論文不正の帝王・藤井善隆 論文126本が捏造も後手に回った日本