【皇室、徒然なるままに】第44話:論文不正の帝王・藤井善隆 後篇/論文126本が捏造も後手に回った日本 西村 泰一

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藤井善隆氏の不正論文撤回問題、まずは所属の東邦大学がそれを認め発表することから始まった(画像は『日本麻酔科学会』のスクリーンショット)
所属の東邦大学も藤井善隆氏の論文の不正を認めた(画像は『日本麻酔科学会』のスクリーンショット)

 

先の第43話で、私の専門である数学の世界では、論文が定理、証明、定理、証明…といった形になっているため、盗用以外の不正は起きにくいことをお話してみた。さらに、査読にあたる側は「不正があるのでは」「捏造写真が使われているのだろう」などと疑ってかかるわけではないということも、お分かりいただけたと思う。

ところが生物学や医学の世界では、時に変な論文が出版されることがあり、この一覧表こそ日本の悲しい現状を物語っている。

発表した論文がその後に撤回になった人々。論文数でみると10位中に日本人が4人も!(画像は『白楽の研究者倫理』のスクリーンショット)
不正につき撤回になった論文数のワースト10に、日本人が4人も!(画像は『白楽の研究者倫理』のスクリーンショット)

 

今回は、不名誉にも126本もの論文が不正とみなされ、この表で「世界ワースト2位」とされてしまった藤井善隆氏について、以下を参照・引用しながら少しお話してみたい。

『Wikipedia』藤井善隆

『公益社団法人・日本麻酔科学会』元会員藤井善隆氏の論文捏造に関する理事会声明

『公益社団法人・日本麻酔科学会』藤井善隆氏論文に関する調査特別委員会報告書

『Natuer Japan』Nature ダイジェスト Vol. 9 No. 12/20年発覚しなかった研究上の不正行為



【藤井善隆とはどんな人物なのか】

藤井は1987年に東海大学医学部医学科を卒業後、東京医科歯科大学医学研究科に進み、そこで麻酔蘇生学を専攻した。1991年に、「Diaphragmatic Fatigue and its Recovery are Influenced by Cardiac Output(横隔膜疲労とその回復は心拍出量に影響される)」により東京医科歯科大学から医学博士の学位を取得した。

藤井は、東京医科歯科大学、筑波大学、東邦大学など様々な研究機関で働いてきた。ネット上に公開された履歴書によると 、藤井はカナダに2年滞在し、モントリオールの王立ヴィクトリア病院 (Royal Victoria Hospital) やマギル大学の研究員として過ごした後、1997年に筑波大学医学群の麻酔科講師となった。

2005年には、東邦大学医学部の第一麻酔科准教授となった。藤井の研究業績のおもな主題は、麻酔を用いた外科手術後にしばしば生じる吐き気や嘔吐に対処する医薬品の治験であった。

2012年2月、不正行為の告発について、最初の検証が行なわれ、東邦大学は8本の論文に関して倫理規範違反があったとして諭旨退職処分を下し、藤井は医学部麻酔科准教授の地位を追われた。

 

【疑問の声を無視し続けた日本】

藤井が捏造データの発表を始めたのは1993年であったようだ。藤井の不正行為に対する最初の告発は、2000年に『Anesthesia & Analgesia』誌の「編集者への手紙 (Letter to the editor)」欄に寄せられたピーター・クランケ (Peter Kranke)、クリスチャン・アプフェル (Christian Apfel) らの寄稿であった。

この「手紙」は、手術後の吐き気や嘔吐の抑制にグラニセトロンの有効性について藤井が報告した知見について、47本の論文で報告されたデータは「信じられないほど良好 (incredibly nice) であった」が、「すべての集団に関して副作用についての記述が同じであることに気づき、疑問をもつようになった」と述べていた。

同じ著者たちによって2001年に『Acta Anaesthesiologica Scandinavica』誌に発表された論文は、グラニセトロンの効果に関する藤井のデータと、他の研究者たちの知見との間には「一貫した不一致」があることを報告した。藤井は、自分の業績に対するこうした批判を否定し、自分の得た結果は「真実」であり「どれだけ証拠を出せば十分な証明になるのか?」と反問した。

アプフェルはアメリカ食品医薬品局や日本の医薬品行政当局、日本麻酔科学会に書簡を送り、藤井のデータに信頼性を欠くおそれのある部分があることを警告したが、どこからも応答はなかった。藤井の業績の検証を求める制度的な動きは起こらず、学術誌は藤井から投稿された新しい論文を受理し続けた。



【海外から正義の告発がなおも続き…】

『Anesthesia & Analgesia』誌の編集者たちも、2010年ころまでは、藤井に対する告発を取り上げようとはしなかったが、『Anaesthesia』誌の編集者が改めてこの件に懸念を表明したことがきっかけとなり、『Anesthesia & Analgesia』誌をはじめいろいろな学術誌の編集者たちが協力して、藤井の研究業績を検証することになった。

2012年3月、『Anesthesia & Analgesia』誌の編集者は、2000年の告発への対応が「不十分なもの」であったと表明した。

2012年3月には、藤井の業績の一部についての分析がふたつ公表された。3月7日、東邦大学は、牛久愛和総合病院で行なわれたとされる臨床研究の論文9本のうち、同病院の倫理委員会が藤井に承認を与えていたのは1本だけであったことが判明した、と公表した。

この発表の後、これら9本の論文のうち8本は、臨床研究にかかる倫理基準を満たしていないとして撤回された。3月8日、『Anaesthesia』誌は、イギリスの麻酔専門医ジョン・カーライル (John Carlisle) による、藤井の論文168本で報告されたデータの統計分析の報告を発表した。

カーライルは統計学の手法を用いて、藤井によって発表された様々な変数(試験対象者の年齢、体格、血圧など)のばらつきが、ランダムに選択された場合に予想される結果とどの程度一致するかを評価した。カーライルの結論は、データ・セットの大部分が「偶然の結果とは考えられない」もので、分布の多くが「尤度が極めて小さい」ことも指摘された。

これを踏まえて、カーライルは「このありそうもない結果について十分な説明がなされない限りは、藤井が発表したデータをメタ分析、レビューの対象から外すべきである」と勧告した。

海外の研究者はこういうことに寛容ではない。情報の共有も重要であり、Wikipediaには「Yoshitaka Fujii」として英語でこの問題を紹介するページもある。

Wikipediaを確認。英語版と中国語版が存在するようだ(画像は『Wikipedia』のスクリーンショット)
英語版と中国語版のページが存在するようだ(画像は『Wikipedia』のスクリーンショット)

 

【調査特別委員会が設けられる】

学術誌23誌の編集者たちは2012年4月、藤井が公刊した論文に関わったとされる日本の学術組織7団体に対し、藤井の研究業績を検証するよう公式に要求。日本麻酔科学会は、澄川耕二・長崎大学教授を委員長とする「藤井善隆氏論文調査特別委員会」を設け、藤井の業績とされる249本の論文のうち、1990年から2011年に発表された212本を検証した。

委員会は、藤井の論文の共著者たちや藤井に研究に関わってきた様々な人々にも聞き取りを行ない、実験ノート、患者の記録、その他、藤井の研究の生データの入手と点検も試みた。そして6月29日、委員会は合わせて172本の論文にデータの捏造があったと報告した。

このうち、126本については、「まったくの捏造」であったと結論づけられた。報告書は「即ちあたかも小説を書くごとく、研究アイデアを机上で論文として作成したものである」と述べている。212本の論文のうち3本については有効としたが、それはいずれも他の研究者が筆頭著者で、37本についてはデータの捏造の有無を判定できないとされた。

不正確なデータで論文を発表する研究者の存在は迷惑極まりないものである(画像は『日本麻酔科学会』のスクリーンショット)
不正確なデータで論文を発表する研究者の存在は迷惑極まりないものである(画像は『日本麻酔科学会』のスクリーンショット)

 

なお、調査にあたった委員たちは、藤井が行っていたことをこのように報告している。

研究に関わる日付や、臨床が行なわれた病院の名などを曖昧にして、不正を発覚しにくくしていたように見える

勤務先以外の組織に所属する者を、論文の共著者として挙げている。これにより、臨床があたかも複数の病院で行なわれたかのような印象を与えていた

 

調査対象とされた212本の論文のうち、200本は共著で、共著者は55人に及んだが、共著者として名が挙がっていた研究者たちの中には、藤井が自分の名を共著者として挙げたことを知らない者も数人おり、共著者とされたうちの2人は学術誌に提出された論文原稿の添え状にある自分の署名は偽書されたものであると述べた。

『リトラクション・ウォッチ(Retraction Watch)』という学術文献の撤回を取り上げるブログがあるが、そこでは「藤井の論文は被引用件数が少なく、共著者とされた研究者たちも、自分たちの名が乱用されていることに気付かなかったのかもしれない」と示唆している。



【不正論文は確実に周囲を巻き込む】

検証にあたった「藤井善孝氏論文調査特別委員会」の委員たちは、長く藤井の上司の立場にあり、113本の論文を共著していた豊岡秀訓について、藤井の不正行為に気付いていた可能性があると見て、「捏造に関与しなかったとはいえその責任は重大である」と報告書に記した。

藤井善隆氏が手掛けた論文の大量撤回問題。「共著者」の役割についても無視できないものが(画像は『日本麻酔科学会』のスクリーンショット)
藤井善隆氏が手掛けた論文の大量撤回問題。「共著者」の役割についても無視できないものが(画像は『日本麻酔科学会』のスクリーンショット)

 

日本麻酔科学会は藤井の除名処分を検討したが、藤井は退会届を提出した。法律および定款上、学会はこれを拒むことができず、藤井を除名処分とすることができなかった。

その後、共著者とされた1名についても論文捏造の疑いがあることを、同じように外部から指摘された。調査により「捏造はほぼ確実」と判定できる論文が見つかったが、除名処分を下す前に、やはりその共著者も退会届を提出している。

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それでは第44話の締めくくりの1曲、『ポルノグラフィティ―/LiAR』をどうぞ!

(理学博士:西村泰一/画像など編集:エトセトラ)

【皇室、徒然なるままに】のバックナンバーはこちらから。


【西村先生のご経歴】
1966年4月ー1972年3月  洛星中高等学校
1972年4月ー1976年3月  京都大学理学部
1976年4月ー1979年10月 京都大学大学院数理解析専攻
1979年11月ー1986年3月 京都大学附置数理解析研究所
1986年4月ー2019年3月  筑波大学(数学)

画像および参考:
『Wikipedia』Yoshitaka Fujii

『Wikipedia』藤井善隆

『YouTube』ポルノグラフィティ Official YouTube Channel ― LiAR

『白楽の研究者倫理』「撤回論文数」世界ランキング

『公益社団法人・日本麻酔科学会』元会員藤井善隆氏の論文捏造に関する理事会声明

『公益社団法人・日本麻酔科学会』藤井善隆氏論文に関する調査特別委員会報告書

『Natuer Japan』 Nature ダイジェスト Vol. 9 No. 12/20年発覚しなかった研究上の不正行為

【皇室、徒然なるままに】第43話: 論文不正の帝王・藤井善隆の場合 前篇/私のすぐそばでも事件が