北九州市立文学館にも意地がある…? 悠仁さまの剽窃騒動がきかっけで作文コンクール募集チラシがイイ形に変わる

この記事をシェアする
「自分の言葉で書いてみよう」が、2021年度の募集チラシまではかなり小さめだった(画像は『北九州市立文学館』HPのスクリーンショット)
「自分の言葉で書いてみよう」が、2021年度の募集チラシまではかなり小さめだった(画像は『北九州市立文学館』HPのスクリーンショット)

2021年、北九州市主催の「第12回子どもノンフィクション文学賞」の佳作に選ばれた秋篠宮家の長男・悠仁さまの『小笠原諸島を訪ねて』。昨年2月にその剽窃行為が発覚したが、悠仁さまは謝罪もせず、引用した文献の名を追記という形で収束を図った。賞をはく奪せず世間の批判にさらされた「北九州市立文学館」にも、思うところがあったのだろう。最新のパンフレットがなんともナイスなので、そちらをご紹介してみたいと思う。



 

◆「パクリ騒動」をまずはおさらい

2022年2月に週刊誌に報じられた、悠仁さまの文章パクリ疑惑。北九州市立文学館が発行した作文募集のパンフレットに、「応募の注意」として他人の文章を盗用してはならないこと、家族や学校の先生などが手伝ってはならないことがわかりやすく書かれていたにもかかわらず、だ。

ご本人も引用があったと認めた部分を1つだけ抜粋すると…。

(悠仁さまの作文)
小笠原諸島は、火山が隆起してできた島で、一度も大陸と陸続きになったことがない「海洋島」です。では、こうした島の生き物は、どのようにして島々にたどり着いたのでしょうか。

 

あるものは海流に乗って運ばれ、あるものは風によって運ばれ、翼をもつものは自力で、あるいはそれに紛れて、三つのW、Wave(波)、Wind(風)、Wing(翼)によって、海を越えて小笠原の島々にたどり着き、環境に適応したものだけが生き残ることができました。》

 

(引用した文献『世界遺産 小笠原』)
小笠原諸島は、火山が隆起してできた島で、一度も大陸と陸続きになったことがない。こうした島を海洋島という。(中略)まる裸で太平洋に突き出していた小笠原諸島に、生きものたちはいったいどのようにしてたどり着いたのだろうか。

 

あるものたちは風によって運ばれ、また、あるものは海流に乗って。あるいは、翼を持つものは自力で、またはそれに紛れて。いわゆる3W 、風(Wind)、波(Wave)、翼(Wing)により、数少ない生きものだけが海を越えて小笠原の島々にたどり着くことができた。

『世界遺産 小笠原』はJTBパブリッシング社が2012年に出版。執筆者は福田素子さんだ。なお、悠仁さまは小学生だった2017年、母・紀子さまと小笠原・父島にご旅行されている。

 

◆募集チラシに見る変化

このノンフィクション作文コンクールのモットーは、かつては「見て、聞いて、調べて、考えた本当にあった話」だったが、近年は「見て、聞いて、調べて、自分の言葉で書いてみよう」だ。

「自分の言葉で書いてみよう」が、ちょっと小さめだった2020年度の募集チラシ(画像は『北九州市立文学館』HPのスクリーンショット)
「自分の言葉で書いてみよう」が、ちょっと小さめだった2020年度の募集チラシ(画像は『北九州市立文学館』HPのスクリーンショット)

 

「自分の言葉で書いてみよう」が、かなり小さめだった2021年度の募集チラシ(画像は『北九州市立文学館』HPのスクリーンショット)
「自分の言葉で書いてみよう」が、かなり小さめだった2021年度の募集チラシ(画像は『北九州市立文学館』HPのスクリーンショット)

 

ところが、パクリ騒動の発覚から4ヶ月という2022年6月に発行された最新の募集チラシは、それがかつてない大きな文字へと変わっていた。お上に「これは秋篠宮家に対する嫌味ですか」と叱られるかもしれないが、世間はこの変化に大きな拍手を送ることだろう。

突然「自分の言葉で書いてみよう」が大きくなった2022年度の募集チラシ(画像は『北九州市立文学館』HPのスクリーンショット)
突然「自分の言葉で書いてみよう」が大きくなった2022年度の募集チラシ(画像は『北九州市立文学館』HPのスクリーンショット)

今後こうした文章のコピペ疑惑が騒動になったら、指摘に感謝し、後出しでも引用した文献を告げれば許される…? いや、一般人なら無理だろう。許しがたい我ままを通した秋篠宮家は、この一件でも世間の評価が暴落した。



 

◆北九州市文学館が見せた小さな抵抗?

パクリ騒動のあと、ゴーストライター説まで浮上してしまったなか、東大を目指す悠仁さまの“教育係”の一人とみられた皇嗣職宮務官の女性職員が、紀子さまの激しい叱責を受けて4月30日付で依願退職。宮邸には激震が走っていたようだ。それが理由かはわからないが、北九州市立文学館が悠仁さま側から引用文献についての報告を受け取ったのは、なんと半年ほど経ってからだったという。

そして、悠仁さまから示された文献の量は意外にも多かった。同文学館には「受賞作品集」のファイルにそれを加筆する必要が生じたわけだが、彼らは文字のサイズを小さくし、空いていた最後のスペースに無理やり押し込むことに。それは何とも悪目立ちしてしまっている。

こちらは、作文の提出時に引用した文献の名を正しく伝えた他の受賞者の作品だ。参考文献以下、本文と同じサイズの文字で示されていることがわかる。

ほかの受賞作品は、《参考文献》として本文と同じ文字で(画像は『第12回子どもノンフィクション文学賞作品集』のスクリーンショット)
ほかの受賞作品は、《参考文献》として本文と同じ文字で(画像は『第12回子どもノンフィクション文学賞作品集』のスクリーンショット)

 

悠仁さまは引用した文献の情報を後出したため、無理やりこのような小さな文字で押し込まれている。しかも《参考文献》ではなく《注》だ。

悠仁さまの作品のみ、<注>から先の文字のフォントやサイズが小さい(画像は『第12回子どもノンフィクション文学賞作品集』のスクリーンショット)
悠仁さまの作品のみ、<注>から先の文字のフォントやサイズが小さい(画像は『第12回子どもノンフィクション文学賞作品集』のスクリーンショット)

 

おまけにトップページには、第12回の受賞作品集について「一部を修正しています」とあった。何事かと思うような目を引く文章だ。

子どもノンフィクション文学賞作品集、第12回のみ、にかつてない文言が加わった(画像は『北九州市文学館』HPのスクリーンショット)
子どもノンフィクション文学賞作品集、第12回についてのみ、かつてない文言が加わっている(画像は『北九州市文学館』HPのスクリーンショット)

 

◆まとめ

中学生、保護者、教育者、専門家の誰もが「これはアウトでしょう」と批判した悠仁さまのパクリ騒動。コピペ・チェッカーで確認しなかったのかという批判の声も続出したなか、北九州市側は「同文学賞は作品のテーマ、表現力を総合して評価した結果なので、賞の授与の撤回は考えていない」と述べ、さらに世間を炎上させていた。

とはいえ、皇族に授けた賞を「返していただきたい」と誰が言えるだろうか。国民の猛批判を覚悟し、目をつぶった北九州市立文学館は、悠仁さまが作った傷の「跡」をホームページに残し、「自分の言葉で書こう」をチラシに繰り返すことで、精一杯抵抗を続けているような気もする。

(朝比奈ゆかり/エトセトラ)



参考および画像:
『北九州市立文学館』文学賞・コンクール ― 子どもノンフィクション文学賞作品募集

『エトセトラ・ジャパン』悠仁さまこれでも佳作を返上しないとは… 作文コンクール募集要項は「大人の手伝いNG」「盗用NG」と明記

『エトセトラ・ジャパン』悠仁さま作文剽窃問題その後の主催者HPに苦笑 今後は図工のスキルを武器に東大推薦合格を狙うしか…

『北九州市立文学館』第12回子どもノンフィクション文学賞作品集について