【YOUR VOICE】タイの代理出産事情 悠仁sにもそういった噂があるため調べてみました

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紀子さまはアフリカ旅行で驚くほど大量のスーツケースを…と報じられた “鍵束忘れ” 事件。その資料となった『サンデー毎日』2014年8月31日号に、奇しくも「タイ15人代理出産事件」が掲載されていました。

 

「悠仁s」には代理母出産の噂もあることから、このあたりの事情を調べてみました。

<代理出産リポート11>代理出産の歴史(6)グレーだったタイの代理出産 (2019年10月5日)

 

“赤ちゃん工場”と言われるほど、世界中からの依頼者が目指す代理出産の中心地であり、弊社のクライアントにも多くの赤ちゃんを授けてくれたインドが2003年から徐々に扉を閉じたこと、同時に、多くの斡旋会社や外国人依頼者がタイへ地を移した時期に、多くの新しい依頼者をお待たせていた弊社は、安全な地で代理出産をお手伝いするための調査を開始したことを前回までにお伝えしてきました。

 

法的に曖昧でインドと比較しても料金が大きく違わず、米国の代理出産と比較すると10%ほどの費用からできるタイの代理出産へ、インドから大移動がありましたが、弊社は法的にグレーゾーンであることは、潜在リスクであり、将来的に弊社クライアントを危険にさらす可能性がある、と考えていました。

 

多くの斡旋業者がタイを選んだのは、逆にグレーである曖昧さとこの廉価性を有利と見たようですが、弊社としては反対にこの曖昧さは後年、問題になる要因と判断しました。

 

当時、タイにおいては、代理出産の規制や生殖医療に関する法規がまったく存在していなかったのです。それまではインターナショナルの依頼者は、疑問も持たず、代理出産といれば、廉価なことで著名なインドの地を目指し、タイは選択肢として依頼者たちの辞書にも出てこない場所でしたが、インドの規制をきっかけに、タイの医師たちはここぞとばかりにビジネスを取りにいく動きが見られました。

 

生殖医療に関する定まった規則、規制がないがため、人権が重んじられる取引であるべき代理出産でゆがみが発生し、大きなスキャンダルへと導き、メディアで大きく報じられたのは記憶に新しいと思います。
(さくらライフライブ・アソシエイツ)
URL:https://www.sakuralifesave.com/medical-column/1348

 

東南アジア経済圏での多国籍化した代理出産ビジネス 2016年09月13日

2014年8月、タイで代理出産がらみの二つの外国人スキャンダルが明らかになった。

一つ目は、オーストラリア人依頼者による代理出産子の遺棄事件であり、二つ目は、富裕な日本人依頼者が代理出産で何人もの子どもを得ていたという事件である。後者は、一時は人身売買や臓器売買との関わりも疑われた。この事件をきっかけにタイの代理出産業界は大混乱に陥った。

 

軍事政権による急な摘発を恐れて音信不通となったエージェントもあったという。混乱の渦中、妊娠した身体を抱えて依頼者が子どもをちゃんと引き取りにきてくれるかどうか、不安に駆られた代理母たちもいた(Elina Nilson)。

 

タイ政府は、2015年始めから外国人への代理出産を禁ずる法律を施行した(但し、国内向けには禁止されていない)。タイでは代理出産は仏教の善行を意味する言葉と結びつけられ、不妊で困っている人々を助ける善い行いであるという考え方もあったが、醜聞と違法化によって、ネガティブなイメージが付着することになった。
(生殖テクノロジーとヘルスケアを考える研究会[忘備録])
URL:https://azuki0405.exblog.jp/23477851/

 

前後の期間における秋篠宮さまのタイ訪問(これ以前も多数あり)
1999年6~7月 宮夫妻
2001年8月 宮夫妻
2003年8月 宮家4人
2005年8月 秋篠宮
2007年3月 秋篠宮
2011年3月 秋篠宮
2012年11月 秋篠宮
2017年10月 宮夫妻(前国王プミポン陛下御火葬式御参列)

(外務省・宮内庁資料より)
URL:
https://www.mofa.go.jp/mofaj/area/thailand/data.html
https://www.kunaicho.go.jp/about/gokomu/shinzen/gaikoku/gaikoku-h11-20.html#h16

 

ちなみに、悠仁さまの誕生日は2006年9月6日です。

(愛知県在住:きさらぎさんより)

画像引用元:『AERA』小室さん問題でみるタイ王室 国民の信頼失った60代国王は愛人と海外で“巣ごもり生活”



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5件のコメント

  • 沖縄の「豆記者」秋篠宮ご夫妻と交流(7/31)
    (https://www3.nhk.or.jp/lnews/okinawa/20250731/5090032348.html)

    の25-31秒あたり、悠子さんのまつげが非常に長く正面に向かって屹立していることに気づきます。紀子さんのまつげは全然目立たないというのに。どうみても悠仁さまこと悠子さんは、しっかりとつけまつげをしているようです。

    やはりこの子、心も身体も女子のままだわねというしかありません。本人が望まない性転換を男性ホルモン投与で強制しても、化粧だけは止めないんだろうし、また無理にも男性らしくしようとして眉を太く濃く描くなかで、今度はついつい美少年にみせたいとの紀子さんの欲望も重なってきて、最後は女子力を証明するだけのド派手な女子メイクになってしまうんでしょう。

    宝塚男役のメイクだって、まつげをありえないほど伸ばした形で男装していますから、見ようによっては滑稽かもしれないけど、女子の男装ではどうしてもズカ路線に行き着くのです。もし女子校の学芸会などで、男子役を女子生徒が演じるときのメイクを想像していただければ納得できると思います。

    それに加冠の儀には、別の悠仁さまこと悠子何号が出てくるのかが密かな注目点です。

    まだこれまで知られていない隠れ悠子さんが隠し球として養育されていることを意味するからです。リハーサルに来た子は、どうみても実年齢的にはまだ16歳くらいの悠子さんなので、おそらく悠仁s中では最年少世代に属する子で、藪睨み悠仁1号さんを第一期生悠仁sとするなら、ブータンで「中学時代の悠仁役」デビューを果たし、一時はセンターに立っていた悠子1号さんとほぼ同年齢の第三期生悠仁sくらいなのではないでしょうか。

    一年間も加冠の儀を遅らせたのは、第三期生から悠仁さま役を出すには、あまりにもまだ顔が幼すぎるので、男性ホルモンを加増投与しても15歳女子が18歳男子役になるには間に合わないと焦り、延ばしに延ばしてやっと、第三期生女子から、悠子3号か4号が「加冠の君」役になり、大役を仰せつかったところなのでしょう。

    彼女たちは現役悠仁sなので、赤坂ヘールシャムに収容されることはなく、最近完成した宮内庁女子職員宿舎(悠仁s女子用招待所)で共同生活させられているようにも思います。

  • 沖縄豆記者との懇談の少年は体は細く、鼻が長くなくて顎もそこまで長くありません。色は白く、目は切れ長で何より強いチックがあります。

    加冠の儀のリハーサルを見学するために皇居に上がった子は、鼻が長くあごも長くて目は楕円形でチックがありません。明かに違います。この2つの画像を世界に知らしめることが日本で起きている異常事態を世界に知らしめることになると思います。

    ここまで顔が違うのがハッキリする動画もありません。できればチャンスを逃さずスクショされることをお勧めします。

  • 沖縄の「豆記者」秋篠宮ご夫妻と交流(7/31)
    https://www3.nhk.or.jp/lnews/okinawa/20250731/5090032348.html
    0:25~に注目

    加冠の儀でリハーサル見学のため皇居にあがるところ(8/8)
    https://news.yahoo.co.jp/articles/cdf71537ff917e716bcc5b98e449e81110b73849

    0:39あたり

    鼻に注目してください。まったく違います。
    線が細く手が赤い子と体格が良い子と2人ですね・・・なりふり構わないんですね。

    もしよろしければ横を向いたところのつのスクショをアップして頂けると幸いです。

    もし分かりにくければ。豆記者とのときは鼻先が普通にシュっとしていて、リハーサルのために皇居に上がるときは、ブーツの先のようにというか、ピノキオのように鼻先が伸びている変わった形です。もみあげもちょっと変です。

  • この記事はやや古く、もっとわかりやすいその後の顛末がわかる記事が出ています。
    エトセトラさんの過去記事(https://etcetera-japan.com/your-voice-414)です。

    サンデー毎日の記事からわかることは、代理母にとって極めて過酷な契約内容です。障害児なら引き取らず、逆に違約金を課す、自然分娩ではなく帝王切開とする、などで、おそらく悠仁sの代理母たちにも初期段階ではこうした条件を突きつけていたのではないかと危惧されます。

    こうした取引条件が、代理母あっせんエージェントによって仕切られていたからこそ、大量の悠仁sを作らせる気になれたともいえるわけで、国際養子あっせんブローカーと同じビジネスモデルです。

     

    おそらく、悠仁s量産体制に踏み込んだのは、以下のような経緯をたどったのではないでしょうか。

    ①最初は一人か二人だけ、代理母に産まさせてみて、ひとまず典範改正ストップに成功。悠仁初号機および2号機として日本に密かに連れてこられた(アワアワの子と藪睨みする子の二人が第一世代)

    ②乳幼児健康診査の早い段階には(6ヶ月検診あたり)必ず聴力テストがあるので、大きな音でも反応がないなどの重篤症状から、難聴が疑われ、直ちに凍結保存していた別の受精卵を使っての第二次代理母出産作戦が開始され、今度はより大量生産することで歩留まり健常児率を高めようとしたはずです

    ③しかし残酷なことに、この第二次世代も全員失敗と判明。性別を知るために実行してきた針刺し生検に問題があるのではないかと、これを中止し、男女の別がわからないまま、新たに授精させた卵子で三度目のトライを行い、初号機からみて、約3年遅れで第三世代を生産。案の状女児ばかりとなるも引き取り拒否はできないので、現在のツクヒトさまやブータン悠子さま世代誕生となったのではないか?
     
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    そのため、大学生にはとてもみえない幼い顔の子たちが次々第一線に登場するようになり、秋篠宮邸庭園内に離れとしての8000万かけたプレハブ療育棟を建てたのも、ちょうど第ニ世代以降とみられることから、障害児の引き取り拒否をするかしないかで一悶着あったであろうことは、このサンデー毎日記事からも推測可能な部分です。

    ひょっとすると、第二世代までは、女児は現地で養女に出されていたかも知れず、このあたりのゴタゴタを文仁氏のタイのお友達たちが解決してくれていたのかも知れません。

  • タイへの訪問回数、まるで実家への帰省みたい(笑)

    時が来たらすごい「ドキュメンタリー映画」ができれば良いのに、、、

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