【YOUR VOICE】紀子さまお父上の葬儀は本当に仏式?「墓参」「一周忌」「三回忌」などの話サッパリ聞こえず 

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※ こちらは8月4日付の【YOUR VOICE】紀子さまの奇妙な「命」はおそらく書き順の問題 以前はハングルを書いておられた?に対し、読者さまから頂戴したコメントです。もう10年前になりますが、文春に掲載された『秋篠宮家料理番』の告白は大変な注目を集めましたね。

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「秋篠宮家では川島辰彦氏の墓参や年忌法要出席はなさられないのでしょうか」

秋篠宮家に関する重要記事として今も記憶に残るのが、週刊文春2015.07.09号「『秋篠宮家料理番』の告白」という記事でした。

そこには、紀子さんが料理人だった男性に朝鮮料理を作らせ、食材も直輸入された本場のものを使うようにと命じられ、わざわざ買いだしに行かされること、夕飯も週三回は朝鮮料理であること、食材購入費が踏み倒されたことまでが赤裸々に書かれていました。おそらく朝鮮料理こそが、紀子さんのお袋、いやオモニの味だったのでしょう。

当時は、なんて朝鮮ナイズされた一家なのかと嫌悪感が残りましたが、紀子さんの書く手書き漢字に、ハングル特有の書き順がそのまま反映されていたとなると、問題はより深刻化してきます。

そういえば、統一教会被害を訴える二世信者のなかに、信者の家庭では朝鮮語を教えられ、教祖の言葉を原語から理解できるようにと強制されたことをトラウマに思うという話を挙げる人がいました。紀子さんにも、何か朝鮮語学習を強制される特殊環境があったのかとの疑問が湧いてきます。

ちなみに、川島父の葬儀は家族葬だったそうですが、本当に仏式だったのでしょうか。その後、秋篠宮家一家での「墓参」や「一周忌」「三回忌」などへの出席のお話はさっぱり聞こえてきませんが。

(コメント欄:匿名さんより)



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16件のコメント

  • 和歌山の菩提寺を発見した匿名さん

    驚きました。建物を建てる場合、規制があるのでは?たぶん、建ったのはお寺が先?なのに前にラブホですか。

    これって良かったの?入る人達も気持ちは微妙? いろいろとわかってきますね。

  • 菩提寺の真向かいにあるホテルですが、ビジネスインとはあるものの、何ともなまめかしい看板が。
    (https://www.google.com/maps/@34.2308562,135.1845869,3a,15y,242.75h,109.16t/data=!3m7!1e1!3m5!1sRXbdpQGnm0zmXj2B4jelZA!2e0!6shttps:%2F%2Fstreetviewpixels-pa.googleapis.com%2Fv1%2Fthumbnail%3Fcb_client%3Dmaps_sv.tactile%26w%3D900%26h%3D600%26pitch%3D-19.163202210328237%26panoid%3DRXbdpQGnm0zmXj2B4jelZA%26yaw%3D242.75164797342902!7i16384!8i8192?entry=ttu&g_ep=EgoyMDI1MDgwNi4wIKXMDSoASAFQAw%3D%3D)

    屋号を「TO」といい、熟女が兜を被り、馬に乗る姿が大きく描かれて「梅光園」と書かれてもいます。
    文字の形からみて、Tが男性器、Oが女性器を象徴し、女性が騎乗位で男性に乗っかるような意味かと。
    こんな看板が目の前にあっては、墓地でお線香を上げ読経していただいても殿方はそわそわしますよ。

    文仁氏は一度も参拝に来られてはいないのでしょうか。

    関西にはこういうエロスも含めて御供養やで、という物わかりのいい坊さんも多いので、関東人がとやかく言える世界ではなさそうですが、カワタツさんも死後までエッチが一杯の楽しそうな環境に葬られて、さぞ感謝していることでしょう。ただこれはあくまでこのお寺とは関係のないことで、おそらく墓地や寺のそばで風俗業を営むと繁盛間違いなしとの鉄則からくるラブホ側の事情でしょう。みちくさ学会の説明から。

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    あるホテル経営者によると、「同伴旅館(ラブホテル)をどんなところに建てたらよくはやるか。昔からジンクスがあって、墓地が病院のそばか、さもなくば質屋の真向かいだったら繁盛間違いなし。」といわれていたそうです(朝倉喬司「ヤクザ・風俗・都市」現代書館,2003)。ラブホテルは、人通りの多い場所にあると、誰かに見られているのではないかと気になるものです。かといって、大通りからあまり離れてしまっては利便性が悪くなるので、大通りから一歩入った人目につきにくい場所、たとえば、墓地や病院や質屋のそばという立地が好まれるわけです。つまり、墓地、病院、質屋、ラブホテルなどの非日常の空間は、同じ場所に集まっていた方が便利ということなのでしょう。

    実際、このような立地をよく見かけます。京急川崎駅前には、宗三寺の墓地が広がっていて、その隣にはラブホテルと質屋があります。このあたりは、江戸時代、旧東海道の川崎宿として栄えていた場所で、宗三寺も江戸時代からありました。その後、川崎駅周辺は近代的な繁華街へと変貌を遂げましたが、この宗三寺の墓地は昔のまま残り、これに吸い寄せられるような形でラブホテルが開業したものと思われます。

    新宿区の新大久保周辺のラブホテル街も同様で、長光寺と金龍禅寺の2つの寺の墓地の周囲を取り囲むようにして、ラブホテルが建ち並んでいます。大久保のラブホテル街の特徴は、南北に貫く何本かの路地のいずれも道幅が狭く、ラブホテル街として好条件な隠れ里的な立地を作り出している点ですが、この理由は江戸時代にさかのぼります。江戸時代、この付近は、鉄砲百人組の下級武士の屋敷があった場所で、下級武士の屋敷地は、間口が狭く奥行きの長い短冊状の敷地でした。

    明治以降になると、短冊状の敷地の境界線に路地を入れて、細長い敷地の奥の方に貸家が建てられ、現在のような密集市街地が形成されました。「新宿文化絵図」(新宿区地域文化部文化国際課,2007)の「江戸・明治・現代重ね地図」を見ると明治時代には、敷地の形状に合わせ、細長い墓地の形状も出来上がっていたことが解ります。そして、昭和に入ると、墓地の周囲に同伴旅館が建ち、現在のラブホテル街が出来上がりました。
    (http://michikusa-ac.jp/archives/401558.html)

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    つまりラブホもお寺も実は非日常的雰囲気が売りなので、共存共栄ということなのでしょう。秋篠宮家も同じ路線を驀進しているように思われます。

  • 悠仁sたちは皇統譜にも記載がなく、違法に偽名パスポートで入国してきた可能性まである無戸籍、無国籍児たちなので、収容先の赤坂ヘールシャムでは、何かあっても皇室としては葬儀もできず、JKG専用DNA隠滅用超高温火葬炉で極秘焼却後に、無縁仏にするしかないはずだから、最後は川島家の墓地に入れるか、同じお寺に無縁仏として合葬し、遊女塚にでも納骨して一緒に葬ってもらうしかなさそうです。

    代理母を使ってスペア児を大量に作り、出来損ない児だったり、御用が済んだら生体間移植用ドナーにされることを目的としたのであれば、なんとも哀れだけど、実際無縁さん以下の存在でしかないわけで、こんな罰当たりなことをしてきた両親にはロクなことが起きないでしょう。

  • ・菩提寺
    2018年12月に訪れた人によると、屋根が飛ばされたか、ブルーシートで覆われていたとのこと。
    この年は9月10月に台風の大きな被害があり、それ以降の報告はない様子。
    https://www.tripadvisor.jp/ShowUserReviews-g298204-d8632473-r640185723-Senen_ji_Temple-Wakayama_Wakayama_Prefecture_Kinki.html

  • 和歌山の菩提寺なる場所をやっとGoogleマップで発見。
    たしかに通りを挟んで向かいにはラブホがありました。
    https://www.google.com/maps/@34.2307917,135.1840652,3a,75y,61.35h,94.69t/data=!3m7!1e1!3m5!1sKrIKuEsfcIT1CzM3d57EEQ!2e0!6shttps:%2F%2Fstreetviewpixels-pa.googleapis.com%2Fv1%2Fthumbnail%3Fcb_client%3Dmaps_sv.tactile%26w%3D900%26h%3D600%26pitch%3D-4.68841357615392%26panoid%3DKrIKuEsfcIT1CzM3d57EEQ%26yaw%3D61.34906615223559!7i16384!8i8192?entry=ttu&g_ep=EgoyMDI1MDgwNi4wIKXMDSoASAFQAw%3D%3D
    本来なら、カワタツさんもここに葬られているはずですよね。なぜならば、カワタツさんの父孝彦氏が長男なので、その長男とされる辰彦氏がこの墓を継ぎ、さらに舟氏が継ぐはずではないかと思うのですが。まさか宗教を変えたので、こちらは墓じまいなんてことはないはずでしょうけど。それにしても、お墓にいつ納骨したのかくらいは普通どこかで報じるはずではないかと思います。

  • 列外派さんのサイトにあった投稿より

    >遊郭街のお寺
    紀子さんの実家の菩提寺、和歌山市の新地(「あろち」と読みます)というところにあります。地名でわかるように、市の繁華街というより歓楽街で、江戸時代から遊郭などが多数立ち並んでいた所です。

    戦後も、風俗店やラブホテル、飲み屋が並ぶところで、おおよそ環境の良い所ではありません。昔の遊女の無縁仏なんかもあるようですよ。和歌山に親戚がいますが、川嶋家なんて誰も知りませんよ。

    和歌山の菩提寺へ 紀子さん一家が墓参り

    先祖の墓に参り、礼宮さまとの婚約を報告する川嶋紀子さん一家。左から父親の辰彦氏、弟の舟さん、紀子さん、母親の和代さん=1989(平成元)年12月17日午後3時、和歌山市の専念寺<

    一応浄土真宗本願寺派の寺院なのにそれまでは草ボウボウで荒れ放題だったとは。仏式での先祖供養はしない、いやさせない、そんな宗教にでも取り憑かれていたんではなかろうかと思えてくる。

  • 福島Sさまのおっしゃられる通りのような気がします。

    壺が秋家だけを支持しているには、それなりの理由があるはずで、壺は両陛下や愛子さまを見下し、紀子マンセーで通してきており、やはり隠れ信者ではなかったかとの疑念を深めざるを得ません。

    見て子さまと壺も深い関係で、見て子さまの写真使用料なども壺から払っていたとか、○室新聞で読んだような記憶があります。アエラですらこんな記述が。(https://dot.asahi.com/articles/-/14576?page=1)

    >当時の皇太子ご夫妻が写っていた写真は、旧統一教会の関連団体「リトルエンジェルス芸術団」(韓国・ソウル)のホームページ(HP)にあった。同芸術団は1962年に旧統一教会の創始者である文鮮明氏によってつくられた。

    小中学校の女子児童、生徒らによる舞踊公演などを世界各地で行っている。写真は、皇太子ご夫妻が公演に訪れた際に撮影したと見られる。写真の説明では、<1971.1 皇室御前特別公演後、リトルエンジェルスと挨拶を交わされる皇太子(当時)ご夫妻>とある。

    <東京公演最終日、皇太子殿下、美智子妃殿下、秩父宮妃殿下をお迎えして、特別公演がもたれました。お迎えする、名誉会長の岸信介元首相も到着です>映像には、リトルエンジェルス芸術団の理事長の久保木修己氏が、皇太子ご夫妻を迎えて、会場へ案内するところが紹介されている。

    久保木氏は、日本統一教会初代会長で、64年から91年まで会長を務めた人物だ。動画内では、久保木氏が皇太子ご夫妻をエスコートしている姿が何度も収められていた。<

  • 何とも不気味で禍々しい一家ですね。こんな家が、皇室に入り込むなんて。

    昭和天皇は、反対されていらっしゃったそうなのに、今、このような状況になってしまっていて。昭和天皇が、危惧していた通りという事ですか。しかもその、反対していた人の喪中にわざわざ婚約会見なんて。当て付けのような、バカにしているような。どういうつもり?しかも2人はまだ学生だった。何でそんなに結婚を急いでいたのか?

    当時、私は子供だったから、マスゴミの情報だけを見て、めでたいね〜きこさん可愛いね〜と思っていただけだったけど、今は疑問だらけです。昭和天皇がお亡くなりになられたタイミングも、何だか怪しい、とまで思えてきてしまいます。

    きこさまのご実家…出自が、怪しく不穏な事を、ダンケーダンシ派の人は、どう思ってるのでしょうね?見ざる言わざる聞かざる、でスルーでしょうか?

  • 当時の報道でも「秋篠宮妃紀子さまの父で学習院大学名誉教授の川嶋辰彦さんが11月4日、中皮腫のため亡くなった。81歳だった。同6日には、川嶋さんの自宅で家族葬が執り行われ、秋篠宮さま、紀子さま、佳子さま、悠仁さまが参列された。また、10月26日に結婚された川嶋さんの孫である小室眞子さんと夫の圭さんも参列した。」とあり、「自宅で家族葬」という、およそ皇族の外戚であり、暫定とはいえショラテンの祖父という地位らしからぬ秘密のベールに包まれた最期だったようです。(病名すらも生存中は明かされないまま)
    そもそも家族葬はそれでいいのですが、皇族がぞろり葬儀に現れるというのに、家族葬で執り行うと押し切るのは如何なものでしょうか。それはイコール川島家では皇室を軽んじているとも受け取られかねないからで、別の報道では、「紀子さまの父で学習院大学名誉教授の川嶋辰彦さんは、4日午前11時55分、聖路加国際病院で亡くなりましたが、宮内庁は5日、死因が「中皮腫」だったことを明らかにしました。また、葬儀は故人の遺志により、ごく近い親族のみの家族葬で行い、6日夕方、秋篠宮ご夫妻や、佳子さま、悠仁さま、ご一家が川嶋邸を訪問されるということです。」ともあり、家族葬が「故人の遺志」だったとされています。
    そもそもこれまで皇族方が自身の近親者の葬儀を家族葬で、しかも一軒家の豪邸というわけでもない、マンションの一室でやるということ自体が前代未聞であり、これは宗派が原因なのか、宗教が問題なのか、つまりは皇族を正式に参列要請できるような状態での、葬儀施設や寺院で行う葬儀はできなかったことを意味すると世間は捉えてしまうでしょう。もし一般の弔問客を受け入れたら、それこそ皇室に傷がつくような事案だから敢えて家族葬の形をとったとみられても仕方がないといわれかねませんよね。

    和歌山の菩提寺のお墓が、紀子さんが皇室入りするまでは荒れていたことが志彌 ゆきみさんの記事からわかりました。https://etcetera-japan.com/your-voice-533
    川島辰彦氏の父親が川島孝彦氏なので、本来和歌山の墓は長男の長男である辰彦氏が守るべき地位にあったと見られます。なのに荒れ放題だったということは、紀子さんがお嫁に行くまでは、先祖供養をお寺ではやってもらっていなかった、何か別の新宗教に帰依していたのかな?とも疑ってしまいます。
    ここでも小室圭さんは、家族葬で見てはいけない光景を見てしまい、結果的に秋篠宮家の秘密共有者となって、NYでも税金による各種恩典を享受する関係になってはいないか、ちょっと気になりました。

  • 川嶋家は、浄土真宗のはずです。何年か前に、婚約時の皇室会議の発表の録音を聞き、うちの実家もそうなので、興味を持ちました。浄土真宗は、お線香を立てずに、1本を二つに折り横にねかせます。ニセ浄土真宗ではないかと、墓参りの写真をチェックしてみましたが、分かりませんでした。

  •  以前のことですが、、懸念される交友関係だった?
       ↓
    >紀子さまご尊父、特捜部が家宅捜索の「パチンコ社長」と韓国2人旅

    2019年06月11日 ディリー新潮

    上記文言で検索を、、

    >「それは、紀子妃殿下のお父上である川嶋辰彦・学習院大名誉教授の交遊関係についてです」
     
    そう明かすのは、川嶋家の事情を知る人物である。

    「川嶋さんは2011年に大学を退任され、現在はご自身が立ち上げたNPO法人『草の根国際協力研修プログラム』の活動で、タイの山岳地帯を訪れるなどしています」

    というのだが、一方で、

    「退任前から今に至るまで、川嶋さんがきわめて親しくしている人物が新潟県にいます。実は、その親密さについて不安視する声が上がっているのです」(同)
     
    現在79歳になる川嶋氏が交遊を重ねてやまないその人物とは、上越市で遊技業「三井企画」を営む三井慶昭社長(75)である。

     (詳しくは本文で)

  • キコ妃のお父上、前職は何?
       ↓
    >気になる死因 編集委員・中部剛

    2021/11/16  神戸新聞

    上記文言で検索を、、

    >秋篠宮妃紀子さまの父、学習院大名誉教授の川嶋辰彦さんが亡くなったニュースが流れ、その死因に目が留まった。

    「中皮腫」。極めて珍しいがんだ。胸膜中皮腫や腹膜中皮腫などがあり、胸膜中皮腫なら約80%がアスベスト(石綿)が原因とされる。昨年8月に亡くなった評論家山崎正和さんの死因も中皮腫と報道された。

     石綿による疾病というと建設労働者が思い浮かぶ。耐熱性、耐久性、加工のしやすさなどから、石綿は建築材として広く使われた。吸い込むと20~60年という長い潜伏期間を経て発症する。建設のほか、造船、鉄鋼、水道管製造、列車製造、ゴム加工などに携わった労働者が発症し、労災認定されている。

  • ミテコサンとカワタツサンは宗教繋がりで仲が良かったといろいろな所で見ています。ですから壺宗教なのではないでしょうか。

    今はなくなってしまった○○新聞ではマコサンの結婚の為にカワタツのタヒ日時を一週間だか十日だか延ばして発表した、と記事に書いてありました。(もしかしたらコメントだったかも知れませんが)

    カワタツサンの出自も、経歴もタヒ日時も嘘っぱちの誤魔化し捏造ばかりで、何のためにこの世に生まれてきたのか、それでご自身は満足だったのか、自分の子供や孫とされているヒト達、その配偶者が日本の常識とはかけ離れていて、それでもコーシツ乗っ取りが上手く行きそうだと喜んでいるのか、全く理解出来ずにいます。

  • 玉木氏の以外な素顔!
        ↓
    >玉木雄一郎の記者会見だけではわからない“別の顔”とは 元秘書らが証言「見るに堪えない光景」

    2025/03/28/ AERA DIGITAL

    上記文言で検索を、、

    >玉木氏を知る関係者はこぞって彼を「優秀」と評価した上で、「だからか人にも厳しい」といった指摘も出ていた。その中に、こんな話が出てきた。

    「玉木氏の高圧的な言動や誹謗中傷が原因で精神的な苦痛を受けて体を壊したり、職を辞したりした地元の元秘書は多い」
     
    それが事実ならどんな言動だったのか――。すぐに玉木氏の選挙区の衆院・香川2区(高松市の一部、さぬき市、坂出市など)に取材に入った。

    >元秘書や市議、事務所関係者らに取材を始めると、

    「もう思い出したくない」「かかわりたくない」「どんな報復があるかわからない」「周囲の目がある」
     
    などと口を閉ざしたり、一切、取材に答えてくれなかったりした人もいた。少しずつ重い口を開いてくれた人もいて、結果的には多くの関係者から玉木氏の言動について、「高圧的だった」「誹謗中傷や罵声を浴びせる」といった証言を得ることができた。

     取材の中でAERA dot.が入手したボイスレコーダーには、2010年代の前半、玉木氏が当時、旧民主党の国会議員だったころ、香川県内の事務所で民主党(当時)会派の市議だったAさんに怒りをぶつけている音声が入っていた。

     市議長選をめぐる考えが違い、すぐに謝罪に来なかったことなどについて激怒していた。時間にして12~13分。たまっていた怒りをぶつけ続けると、最後は「次はないからな。徹底的に落とすからな」「覚悟しとけよ」と脅しのような口調で終わった。

     (詳しくは本文で)

  • 娘さんの彼氏が自宅に来たときには留守にし、さていざ首尾よく行ったら皇居に殴り込みをかけて、昭和天皇に「川島不快也」と言わしめた、川島父さん。

    神になったような心持ちだったのでしょうか。写真から不遜で不潔な感じを受けます。

    それから、事情ご存知の方、教えてください。
    お亡くなりになったのは実は眞子さんの結婚会見の前だったのでしょうか。

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