【皇室、徒然なるままに】第14話 秋篠宮文仁親王に与うる書   西村 泰一

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生物多様性にあ変なご関心をお持ちの秋篠宮さま(画像は『FNNプライムオンライン』のスクリーンショット)
生物多様性にあ変なご関心をお持ちの秋篠宮さま(画像は『FNNプライムオンライン』のスクリーンショット)

【生物の多様性】

秋篠宮文仁君は最近、”生物の多様性”に御執心のようです。その延長線上に、「悠仁君がウミガメ放流会に参加された」という話も来るのかと思われます。

ただ、こういう話は得てして一筋縄ではいかないものです。環境保護(Environmental Protection)とか自然エネルギー(Natural Energy)とかは何かとても美しく、人はそのロマン(Romance)に酔いしれて、後先を考えることなく食いつきがちです。

そのいい例として、私が30年以上も住んでいる茨城県つくば市で実際に起こった「風力発電御粗末事件」についてお話しましょう。



 

【つくば市風力発電御粗末事件】

つくば市は平成16年度において、市内の小中学校19校に小型風力発電機を23基設置しました。かかった費用は約3億円、うち環境省から二酸化炭素排出抑制対策事業費交付金1億8,500万円を受けとっています。

つくば市の目論見としては、この風力発電で学校の消費電力のかなりの部分を賄い、あわせて子供たちに環境保護の大切さを学ばせるという一石二鳥を狙ったものでした。

つくば市はこの小型風力発電機を、すべて早稲田大学より購入しています。

実際に設置してみてわかったのは、小型風力発電機の制御盤等の消費する電力量が発電機の発電量を上回っており、二酸化炭素排出抑制になんら貢献していないということでした。

それゆえ、環境省からは交付金の全額返還を求められてしまいます。つくば市としては、こういう事態に立ち至ったのは、早稲田大学が事前に提出した予測発電量に誤りがあったためであるとして、早稲田大学に3億円の返還をもとめる訴訟を起こしています。

一審の東京地裁は早稲田大学の過失を7割、つくば市の過失を3割とし、早稲田大学につくば市に約2億900万円の賠償を命じました。これに対し、二審の東京高裁は「市は電力会社などから風力不足を指摘されたのに、計画を再検討しなかった」として市の過失を7割、早大の過失を3割とする判決を下し、早稲田大学に9,000万円弱の支払いを命じました。

 

―― この件で地域の子供たちが学んだのは、「僕たちはこんな馬鹿な大人にはなりたくない」という至極真当な教訓でした。



 

こういうものの追求にロマンを覚え、デメリットやリスクも考えずに行動するという話は、何も環境問題に限った話ではありません。

たとえば”大日本帝国”という、とても美しいロマンに酔っていた人々がいました。昭和12年(1937年)7月には、北京の南西郊外にある盧溝橋一帯で起こった日中両軍の軍事衝突を機に、後先も考えず日中戦争を始め、1941年には真珠湾攻撃を仕掛けて太平洋戦争を引き起こしています。

「後先を考える」と割と平べったい表現をしていますが、もう少しきちんと言うと”科学的に考える”ということです。

 

【定量化】

地球温暖化では、例えば次のように表現されます。

IPCC第6次評価報告書(2021)によると、世界平均気温は工業化前と比べて、2011~2020で1.09℃上昇しています。

 

ここでは温度という概念が定量的に表現されています。”暑い”とか”寒い”といった表現に見るような定性的な温度の概念は、勿論ネアンデルタール人も持っていたと思います。しかし定量化された温度という概念は、そんなに古くありません。

科学的に温度を論じるためには、定量化が不可欠でした。温度を定量化するとは、平たく言うと「温度計を作る」ということに他なりません。

物体の寒暖の度合いを定量的に表そうという試みを初めて行ったのは異説はあるがガリレオ・ガリレイであると考えられている。ガリレイは空気の熱膨張の性質を利用して物体の温度を計測できる装置、すなわち温度計を作成した。

 

ガリレイの作った温度計は気圧などの影響を受けてしまうために実際に温度を定量的に表すには及ばなかったが、このように物質の温度による性質の変化を利用して、寒暖の度合いを定量的に表そうという試みは以後も続けられた。

 

初めて目盛付き温度計により数値によって温度を表現しようとしたのはオーレ・レーマーである。レーマーは水の沸点を60度、水の融点を7.5度とする温度目盛を作成した。温度目盛を作成するにはこのように2点の定義定点が必要となる。

 

多くの独自の温度目盛りが作成されたが、現在では日常的にはアンデルス・セルシウスによって作成された摂氏温度目盛、ガブリエル・ファーレンハイトによって作成された華氏温度目盛が主に使用されている。

かつては温度と熱の概念の区別が明確にされていなかった。温度と熱の違いに初めて気が付いたのはジョゼフ・ブラックであると考えられている。ブラックは氷が融解している最中は熱を吸収しても温度が変化しないことを発見した(潜熱)。

 

また温度の違う同質量の水銀と水を混ぜる実験を行い、それぞれ水と水銀の温度変化にある定数を掛けた量が常に等しくなることを発見した。これは熱容量の概念であり、温度変化に乗ずる定数が熱容量に相当し、常に等しくなる量は移動する熱量である。これらの実験により温度と熱が異なる概念であることが確立された。

 

その後、19世紀に入ると効率の良い熱機関の開発の要請から熱力学の構築が進んでいった。ニコラ・レオナール・サディ・カルノーは熱機関の効率には熱源と冷媒の間の温度差によって決まる上限があることを発見した。このことから熱力学第二法則についての研究が進んでいった。熱力学第二法則によれば外部から仕事がなされない限り、熱エネルギーは温度の高い物体から温度の低い物体にしか移動しない。

 

ウィリアム・トムソンはカルノーサイクルで熱源と冷媒に出入りする熱エネルギーから温度目盛が構築できることを示した。これを熱力学温度目盛という。熱力学温度においては1つの定義定点はカルノーサイクルの効率が1となる温度であり、これは摂氏温度目盛で表せば-273.15 ーCである。

 

熱力学第二法則によれば、この温度に到達するには無限の仕事が必要となり、それより低い温度は存在しない。そのため、この温度を絶対零度ともいう。熱力学温度目盛ではこの絶対零度を原点(0 K)としている。温度の下限の存在はトムソン以前にシャルルの法則から、あらゆる気体の体積が0となる温度として考えられていた。

 

原子、分子レベルにおける温度の意味については、ジェームズ・クラーク・マクスウェルの気体分子運動論によって初めて明らかとなった。気体分子の並進運動の速度分布はマクスウェル分布に従い、この分布関数の形状は温度に依存している。特に気体分子の並進運動エネルギーの平均値は3/2 kT(k:ボルツマン定数、T:熱力学温度)となり、温度に比例する。

 

すなわち温度は分子の並進運動の激しさを表す数値でもある。このためプラズマ中のイオンや電子の持つ平均運動エネルギーを温度で表現することがある(プラズマ中のイオンや電子は並進運動の自由度しか持たないからである)。この時は通常平均運動エネルギー = kTとなる温度Tによって表現する。

 

ルートヴィッヒ・ボルツマンはこのマクスウェルの考え方を発展させ統計熱力学を構築した。統計熱力学では、あらゆる形態のエネルギーにこの考え方が拡張されている。温度が高いほど高いエネルギーを持つ原子や分子の割合が大きくなり、原子や分子の持つ平均エネルギーの大きさも増加する。このように統計熱力学において温度は分子の並進運動エネルギー分布の仕方を表す指標である。

 

量子論が確立してくると、古典的な統計熱力学は量子統計の近似であることが明らかとなった。古典論においては0 Kにおいてあらゆる粒子は運動を停止した最低エネルギー状態をとることになるが、量子論においては粒子は0 Kにおいても零点エネルギーを持ち静止状態とはならない。この物理現象は零点振動と呼ばれている。

 

また、ボース粒子のエネルギー分布はボース・アインシュタイン分布、フェルミ粒子のエネルギー分布はフェルミ・ディラック分布となる。フェルミ粒子においてはパウリの排他原理により、絶対零度においても古典論では数万 Kにも相当するような大きなエネルギーを持つ粒子が存在するが、これは、エネルギーを上式のkTに代入して温度と見なしたことのよるもので、眞の温度を示していたのではないことに留意することが大切である。しかたがって、温度が分子の並進運動エネルギー分布の仕方を表す指標であることは古典統計と変わっていない。

 

【文仁君に与うる書】

さて、文仁君が好んで用いる”多様性(diversity)”という語ですが、これまで彼が生物多様性に関して語っている内容を拝見した限り、「定性的」なレベルにとどまっているようです。

単に皇族としてではなく、科学者として話されているのだと思いますので、話を定量的なレベルにまで進めてください。例えば、温暖化について話をする時、

”〇〇年までの温度上昇を☓☓度までに抑えなくてはならない。そのためには二酸化炭素の排出量を△△%減らす必要がある。そのためにEV車にしたり、…”

といった調子で、定量的に進めます。

すでに、この概念をどう定量化するかという話は、ちゃんとした理論ができあがっていますので、こちらの本で勉強されることをお勧めしたいと思います。「文仁君の夏休みの課題図書」とでもしておきます。

この本で取り上げられているもうひとつの概念であるEntropy(エントロピー)とは、乱雑さの度合いを表す量である。もっと平たく言うと、お母さんが中学生の息子に「あなたの部屋は散らかっているよね、整理整頓を心がけなさい」と言った時の、”散らかっている” の度合いを表す量です。

熱力学、統計力学、情報理論で用いられるエントロピーに関わる有名な性質として、熱力学におけるエントロピー増大則があります。エントロピー増大則は、断熱条件の下で系がある平衡状態から別の平衡状態へ移るとき、遷移の前後で系のエントロピーが減少せず、殆ど必ず増加することを主張します。

これを先の例に当てはめていうと、”部屋は整理整頓をしないと、どんどん散らかっていく”となる。すごくわかりやすいでしょう。数学や物理は本当にすごく簡単です。

エントロピーが小さいというのは、あまり散らかっていない、つまり秩序があるということを意味します。この秩序が情報なんです。ですから、エントロピーは情報理論の中核を占める概念ということになります。

エントロピー増大の法則を考慮すると、なせ生命体は、寿命という成約があるとはいえ、一定期間、その秩序を保っていられるのかという疑問が生じます。

エルヴィン・シュレーディンガー(1933年にノーベル物理学賞を受賞)は、生命をネゲントロピー(負のエントロピー)を取り入れエントロピーの増大を相殺することで、定常状態を保持している開放定常系としました。負のエントロピー自体は後に否定されたが、非平衡系の学問の発展に寄与しました。

散逸構造(さんいつこうぞう、dissipative structure)とは、熱力学的に平衡でない状態にある開放系構造を指します。すなわち、エネルギーが散逸していく流れの中に自己組織化のもとが発生する、定常的な構造です。イリヤ・プリゴジンが提唱し、ノーベル賞を受賞した。定常開放系、非平衡開放系とも言います。

散逸構造は、岩石のようにそれ自体で安定した自らの構造を保っているような構造とは異なり、例えば潮という運動エネルギーが流れ込むことによって生じる内海の渦潮のように、一定の入力のあるときにだけその構造が維持され続けるようなものを指します。

散逸構造系は開放系であるため、エントロピーは一定範囲に保たれ、系の内部と外部の間でエネルギーのやり取りもある。生命現象は定常開放系として理解可能です。

社会学者の今田高俊は、散逸構造などが揺らぎを通して自己組織化することに注目し、経済学者の塩沢由典は、経済は均衡系(平衡系と同義の経済学用語)ではなく、散逸構造とみなすべきであると主張しています。

夏休みの課題図書をお探しでしたら、是非ともこちらを。生物多様性に詳しい秋篠宮さまにもお薦めしたい一冊です(画像は『Amazon』のスクリーンショット)

(理学博士:西村泰一/画像など編集:エトセトラ)



 

【編集後記】

こちらの本については、西村先生による英文の書評がございます。その全文をご覧になられたい方は、こちら右手のRead full-textをクリックしてください。

秋篠宮さまは、西村先生が書かれた内容がお分かりになりますでしょうか? 納得がいきましたでしょうか? 是非ともこちらの推薦図書を読破され、「通訳なしのお得意の英語」で西村先生を論破されてみてください。

 

【皇室、徒然なるままに】のバックナンバーはこちらから。

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【西村先生のご経歴】
1966年4月ー1972年3月  洛星中高等学校
1972年4月ー1976年3月  京都大学理学部
1976年4月ー1979年10月 京都大学大学院数理解析専攻
1979年11月ー1986年3月 京都大学附置数理解析研究所
1986年4月ー2019年3月  筑波大学(数学)

画像および参考:
『FNNプライムオンライン』秋篠宮さま「生物多様性の消失が異常気象に繋がっている」…人間文化と「生き物」の関わりへ深い憂慮

『Wikipedia』温度

『Amazon』 Entropy and Diversity: The Axiomatic Approach  2021/4/22

『ResearchGate』Leinster, Tom/Entropy and Diversity: The Axiomatic Approach(Hirokazu Nishimura)