秋篠宮さまを「皇太子」と誤解させた立太子の礼の壺切御剣親授 民法上の所有権はいまだ陛下にあり

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皆様ご存知の通り、皇嗣(こうし)は皇位継承順位が1位の皇族のことで、将来天皇になることが約束された皇太子のことではない。ところが「海外ではいつもCrown Prince(王太子)として紹介される」「2020年11月の立皇嗣の礼で御剣を授かった。それは皇太子だから」と主張される方がいらっしゃる。



皇嗣に該当する短い英単語がないせいか、海外では確かに “Crown Prince”  と紹介されている秋篠宮さま。そして、その立皇嗣の礼で「壺切御剣親授」という儀式が行われたのも事実だ。だが、秋篠宮さまは本当にその御剣を所有しているのかというと…。

 

◆今上陛下から秋篠宮さまへ

そもそも、かつては存在しなかった【立皇嗣の礼】という儀式。「内外に向け皇嗣としての宣言を」との要望で、わざわざ秋篠宮さまのために前代未聞の儀式が準備されたのだ。

皇嗣とは皇位継承順位が1位であるという意味。それを理由に「儀式」を要求した前例はないそうだ(画像は『YouTube』のスクリーンショット)
皇嗣とは皇位継承順位が1位であるという意味。それを理由に「儀式」を要求した前例はないそうだ(画像は『YouTube』のスクリーンショット)

 

そこで「立皇嗣宣明の儀」に続いて行われたのが、「壺切御剣(つぼきりのぎょけん/つぼきりのみつるぎ)親授」であった。その御剣は、歴代の天皇が新しい皇太子に守り刀として授けてきたもので、本来なら【立太子の礼】に登場するものである。

 

◆御剣の贈与なしに「立太子」は成らず

『光る君』で話題の藤原道長。「歴代天皇.com」によれば、朝廷内での権力をすべて我が物にしたように見えたが、それでも気に食わなかったのが先帝・三条天皇の第一皇子の敦明(あつあきら)親王であった。

不本意ながら敦明親王の立太子を認めたものの、壺切御剣を決して授けようとせず、敦明親王は皇太子の座を諦めざるを得なかったそうだ。この御剣の親授は特別大きな意味を持つということがよくわかる。

そういうこともあって、「秋篠宮さまに壺切御剣が渡ったのは皇太子として認められたから」と主張する方がいらっしゃるわけだが、一般社会においても、贈与と貸与は大きく違う。後者なら「やっぱり返して」「所有者に戻すべきだ」「返納します」といった事態が起こることがある。

 

◆御剣の所有者はどなた?

贈与か貸与かにこだわったのは、Wikipediaにとても興味深いことが書かれていたから。上皇さまが退位された際、皇位とともに壺切御剣も今上陛下に “贈与” されていたとあるからだ。

確かに立皇嗣の礼で秋篠宮さまに親授がなされたが、秋篠宮さまと御剣の関係は「使用貸借契約に基づく占有」という表現になり、皇室経済法第7条に基づく法律上の所有者は、いまだに今上陛下であるそうだ。

立皇嗣の礼を行って、現物を手元に置くことになったとしても所有者はいまだ天皇陛下だという(画像は『Wikipedia』のスクリーンショット)
御剣を親授されはしたものの…真の所有者は天皇陛下である(画像は『Wikipedia』のスクリーンショット)

 

歴代の皇太子に譲られていく壺切御剣。ただし所有権はあくまでも皇位を持った天皇にあるというから、皇太子としても「不適格なら取り上げられてしまう」くらいの心がけが重要なのだろう。

なお、御剣は普段は宮内庁が管理し、秋篠宮さまが賢所での祭祀で拝礼される際に、側近が持参する形をとるという。

◆まとめ

秋篠宮さまは皇位継承順位こそ暫定1位だが、まだ東宮=皇太子として認められたわけではない。

【立太子の礼】で親授の儀式が行われるべき壺切御剣を、いったいどなたの発案で【立皇嗣の礼】に持ち出すことになったのか。秋篠宮さまの周辺では、まったく不思議なことばかり起きている。

(朝比奈ゆかり/エトセトラ)

画像および参考:
『毎日新聞』天皇陛下、秋篠宮さまに守り刀「壺切御剣」を授ける 馬車で宮中三殿に

『産経新聞』立皇嗣の礼 守り刀「壺切御剣」親授も 陛下から秋篠宮さまへ

『Wikipedia』壺切御剣

『歴代天皇.com』後一条天皇|壺切御剣と絶頂期を迎えた藤原道長

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