お裁縫室の映像に見る美智子さまの嘘つき体質 そんなお裁縫箱で服は手作りできませんよ

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こちらで2月12日にご紹介させていただいた【YOUR VOICE】美智子さまは昔、人形を2体お持ちでしたという記事に、別の読者さまから「紹介された動画に奇妙な点があります」というお声が寄せられた。

筆者も改めてその映像をじっくりと見て驚いた。服を縫った経験が1度でもある人なら、きっと同じことが気になるのではないだろうか。



◆美智子さまが赤ちゃんの服を手作り…?

問題の動画は2021年11月にANNnewsCHがYouTubeにアップしたもので、タイトルは『【皇室】1969年 紀宮清子さま誕生 退院はご両親と(1969 年)』。

1969年3月12日、第3子を5月にご出産予定の美智子さまの安産を祈る「着帯の儀」が行われた。皇太子ご夫妻は赤ちゃんを迎える準備を進められており…と、映像には白いドレスを着せられた洋裁用トルソーと赤ちゃん人形2体が並べられている。

以下、そのスクリーンショットを数点どうぞ!

 

 

 

 

トルソーが着ている白いドレスは本格的な作りである。手作り服でお嬢様を愛情深くお育てになる美智子さま…? こうした映像は美智子さまのイメージづくりにおおいに貢献したであろうが、この1シーンだけはいただけなかった。

 

美智子様ご愛用のお裁縫グッズ(画像は『YouTube』のスクリーンショット)
美智子様ご愛用のお裁縫グッズ(画像は『YouTube』のスクリーンショット)

 

洋裁をされる方なら、まず「えっ、これで作れるの…?」「こんなハサミで切れるの?」「この糸は太そう。これでオーガンジーやレースを縫うの?」となるだろう。

恥ずかしながら筆者も洋裁が好きで、なかなか大きい裁縫箱を持っているため、母から譲られたものも含め、小道具のうち「これは必需品」というものを机に並べてみた。

 

お裁縫にこれだけは必要
筆者にとっては、どれも欠かせないものばかり

 

針刺しはミシンにもあり、そこにたくさんのマチ針、縫い針が刺さっている。


◆まとめ:だまされ続けた国民

本当はやってもいないだろうことを、「アタクシ上手なんですの」風に虚飾したがる美智子さま。その撮影に応じる報道機関にもうんざりするが、お声がかかれば仕方がないのだろう。

 

わが子がブローチをつかんだら「危ない」と普通は思うはずだが…(画像は『ANN News』のスクリーンショット)
浩宮さまはブローチでお顔を怪我しないのだろうか(画像は『ANN News』のスクリーンショット)

 

ピンヒールをはき、胸にブローチを着けたお姿で、まだ乳児のわが子を育てる美智子さまにはただ驚かされるが、不思議なことに一人娘の紀宮さま(黒田清子さん)を可愛らしくしてあげようという意識は、あまりなかったもよう。

宮内庁のHPに掲載されている、昭和48年12月17日に行われた紀宮さまの「着袴の儀」のお写真をご覧いただきたい。お気の毒なほど髪がボサボサなのだ。

 

宮内庁がHPで紹介したのがこちら、つまり最高の1枚なのだろう(画像は『宮内庁』のスクリーンショット)
宮内庁がHPで紹介したのがこちら、つまり最高の1枚なのだろう(画像は『宮内庁』のスクリーンショット)

 

要するに当時、美智子さまの意識は「アタクシが輝けばよろしいの。アタクシを美しく撮ってください」だけだったのだろう。



(朝比奈ゆかり/エトセトラ)

画像および参考:
『YouTube』【皇室】1969年 紀宮清子さま誕生 退院はご両親と(1969 年)【映像記録 news archive】 ANNnewsCH

『宮内庁』昭和48年12月17日清子内親王殿下着袴の儀

【YOUR VOICE】美智子さまは昔、人形を2体お持ちでした

『エトセトラ・ジャパン』美智子さま母性欠落の証拠映像 ナルちゃんの足の指を、あわやピンヒールが潰していたかも…

15件のコメント

  • 京都の大聖寺が五年前に特別公開されたときの次の写真が「礼宮人形事件」を知ってからみると、何とも不気味で、現在の混迷極める皇室事情を象徴するような一枚になっていたので、ご報告します。

    https://ja.kyoto.travel/event/single.php?event_id=2976

    ここの冒頭にある(フラッシュで入れ替わる)写真の中にある、明治天皇ご使用の椅子(玉座)に、洋装御所人形を座らせた構図のものです。美智子さんが願うセルロイドの礼宮人形(闇養子の子なので皇族資格はなく、人型でしかないのだが)を次の玉座に据えようとの野望が象徴されているようです。

    また、悠仁くんが使い物にならず、替え玉女子に置き換えられようとしていることを早くから知っていた関係者からみれば、玉座に敢えて肌真っ白の洋装女装御所人形を座らせることで、いまからやろうとしている近未来を示さんとしています。その一方で次代は8カ国語を話せる和魂洋才の天才愛子さまが皇位につかれるだろう、との現実的でシャープな読みを直裁にお示し下さっているのかも知れません。

    キコさんも名誉総裁として深く関わっている門跡寺院であり、白足袋族のお考えなだけに、そこは凡人には窺い知ることのできない、一ひねりも二ひねりもされているパラレルワールドなのです。
    玉座に鎮座する御所人形は、礼宮なのか、悠仁の替え玉女子なのか、それとも愛子さまそのものなのか、いかようにでも読み解けるところが、特別公開のもうひとつの狙いだったのかも知れませんね。

  • 母は和裁を習い、洋裁もドレメに通って身に着け、一時期私が幼い頃に服を作って着せてくれました。

    なので、お皿さまの洋裁道具の貧困さにはたまげました。母はお皿さまの服を良く特番で見ていましたが、この様なナンチャッテ洋裁チャレンジの裏側を見ない儘、あの世に行ってしまって良かったです。

    乳幼児がいる家庭で、広い宮邸がありますが、子供の誤飲やうっかり触れる事を避ける為、針仕事、しますかね?

    黒田清子さんのボサボサ着袴の儀、公開虐待ですね。長い黒髪はつややかでお手入れもされ、きちんと着付けされた敬宮さまの同じ儀式でのお姿を思うと、人として異常ですね、皿さん!

    この時、雅子皇后陛下は療養中なのに、大事な儀式に臨む愛娘への身だしなみはしっかりしていました。

    自身が着飾る事・目立つ事ファーストの皿さん、令和の時代に実態が暴かれ、異常さが際立つ今、とっとと皇室から退場して頂きたいです。

  • さーやさんは、女官が実母だと言われてましたね。親子そっくりの顔をした当時の写真も出されていました。

    もしこれが事実なら、あきらかな継子イジメといえます。わざわざボサボサの髪にし、「この子誰の子」と晒したのです。

    いまの見て子さんをみていると、それくらいやりかねないなあと思えるから不思議です。産まず女の僻み、嫉みたるや相当のものがあるんでしょうが、これもまだまだ解明すべき点ですね。

  • 見て子さん、裁縫箱の中身を見ましたが、それにしても、少ないですよね?これでは、洋裁担当の先生もはて?となります。

    これでよく、おくるみやドレスを作ろうという気持ちになりますね?型紙はどうしていたのか、写真からは見つけられませんでした。

    また、紀宮様の七五三の儀式での髪型、ボサボサって…普通、写真撮影の前に整えますよね?整えてはいけないという「規則」があったのかな?それとも、見て子さんをメインに撮影するつもりで、あえてそうしているのかな?

    愛子様のは、きちんと整えられていた記憶があります。

  • 美智子さんは晩年になって過去の数多くのお見合い、三島由紀夫との試し乗りのウワサ、不作法、国際プロトコル不理解、作り話やウソがじわじわとバレてきており、本当の姿を露呈されてきています。

    目立ちたい気持ちと目立つとかえって笑いものにされる事態との葛藤、さらにはエゴサーチをおこないご自分の噂話をチェックし、目くじらを立てる生活を認知症が進んでいる上皇と生活するのも苦痛になってきている事でしょう。

    ご愁傷様です。

  • 天皇陛下には美しく優しい妻と妻によく似て賢く優しい娘がいること、そして2人をとても愛して大切に思っていることが、誕生日会見でよく分かりました。

    一方で弟へのバッシングへの思いや甥への大学と今後の人生への餞の言葉は両者共にとても的確で読んでいてスッキリ致しました。

    頼もしく優秀な天皇陛下は昭和天皇に本当によく似てありがたいと思っています。国民を思う気持ちは玉音放送からも放送に至るまでの大変さからも察するところです。

  • アキシンどもが以前、紀宮さんのボサボサお髪の画像を例にあげて、敬宮さまの着袴の儀は失敗である、と主張していました。なぜなら、髪は神聖で触れてはならないのに、敬宮さまは髪が整えられてしまっているからだ。だそうです。

    間違っていても天皇家を貶すためならなりふり構わず。

  • 自分は紀宮様のお印がヒツジグサであることに強い違和感を抱いています。ヒツジグサはスイレン科の一種だそうですが、今までの女性皇族が菊、梅、桃など華やかな植物であったのに対し、草と名の付く植物がお印であることはとてもみすぼらしい感じがしました。

    また水草であること、更に漢字で書くと「未草」であることから水に流してしまいたい、何かしら達成できなかった事があるとの示唆のように感じました。紀宮さまは、男の子を期待して女官に産ませた子だったが期待に反して女の子が生まれてきたので、愛されなかったという説は説得力を感じます。

    さらにはヒツジグサは蓮の漢字が充てられることもありますが、ご結婚に反対されていた柳原白蓮を連想します。動画の中でも紀宮様を抱く美智子様は、心から笑っているように見えませんでした。上皇様はさほど嬉しそうではありません。

    ところで美智子様のお印は白樺ですね。これは白い木ですから地味な気もします。また白いカバ→白いバカ→白痴を連想させることもあり、やはり美智子様のお輿入れを嫌がっていた人が宮内庁内部にもいたのではないかと思いました。さらに白という字も「白蓮」から来ているのでしょうか。

  • 見るからに木綿糸ですよね。ヘラの大きさと比較しても糸が太いです。
    これは木綿の生地を縫うのには適していますが、写真のようなサテンやオーガンジーには向きません。
    生地が引きつると思います。また、手縫い糸は大体平たい紙に巻き付けられている物が多かったですね。
    針山に縫い針も見当たらないし。ミシンにしても、糸が太すぎます。

  • 私は裁縫が苦手ですが、それにしても裁縫箱の中身、少ないですよね?

    これで、赤ちゃんのおくるみや洋服が出来るのかな?編み物やクロスステッチでも、必要に応じて針などを追加しているのに…

    また、紀宮様の七五三の儀式での髪型、何故ボサボサなのかな?愛子様のは、きちんと整えられていたのに…改めて見ると、不思議ですね。

  • 二体のベビー人形は「これまでの二人ともアテクシの子じゃ御座いませんので」という意味かしらね。

    一人も産まず、全員出産演技で偽った子だとしたら、その暮らしは、まるで女の子の赤ちゃん遊びにそっくりです。あやしたり、お乳を与えたり、女子はひとりで赤ちゃんとして人形に語りかけ、恍惚となれますよね。

    胞状奇胎による予防的子宮全摘後の見て子さんは、ずっと精神を病んでいたようでもあるので、リアルなベイビィには愛情がちっとも湧かず気が変になってゆき、奇妙な礼宮人形を抱いて葉山に向かったように、「人形こそが本当の自分の子」という設定で、精神科医から暗示をかけられ、辛うじて生きていたのではないでしょうか。だからこそ、お針箱をみても、小学生のお裁縫の時間用セット程度の内容しか入っていなのです。

    よく死産だった女性が、現実を受け入れられず、赤ん坊の代わりにセルロイドの人形を抱いて彷徨う姿が小説やドラマに出て来ますが、まさにあれと同じ心理なんだと思います。マスコミの前では、良き妻、良き母を演じねばならないことからくるギャップが一層精神を蝕み、人形愛に特化することで、何とか堪え忍んでいたのかな、と察しております。

    だからこそ、両陛下はどんなに見て子さんから罵声を浴びせかけられても、沈着冷静でおられるのでしょう。

  • 私が先ず違和感を感じたのは、デスクの上にベビーラックに座らせた赤ちゃん等身大の人形2体でした。人形のカメラ写りを気にしてデスク上に…?

    三人目の御出産をされるベテランで大の大人しかも皇太子妃殿下ともあろうお方が、どのような精神状態でこんな真似をするのか理解出来ません。後に知った香淳皇后さまへの当て付けが、母性愛を誇張するあまり人形2体にとりつかれ…?

    又この映像では、妊娠9ヶ月目の戌の日に安産を願って着帯の儀が行われ、皇太子ご夫妻で赤ちゃんを迎える準備を進められているとかの説明がありました。この1ヶ月後に紀宮さまをご出産なさった事になりますが、この美智子さんの涼しげなお顔とワンピースのウエストラインをみる限り、妊娠初期のミテコさんでしょうね。マタニティドレスはお嫌だったのかしら? 実際お産みになって無い等の噂もありこのお方には何が本当で何が嘘なのか全く信用出来ません。

    美智子さんは昨年10月大腿骨骨折直後に、今年2月末納入厳守で福祉車両を契約されましたが、もしかして悠仁さんの筑波大入学祝に、寝ても覚めても乗れる自動運転車に化けた訳ではないでしょうね。

  • 裁縫の話ではありませんが、私の知人にも上皇后様のような方が居ました。何故か、優秀なお嬢様のことを褒めると不機嫌になる方が。皇后様に嫉妬なさるのは、ある意味よく分かるのですが、実娘の黒田清子さん、ましてや70近くご年齢の違う敬宮様にそのような感情を抱かれるのは、常軌を逸しているとしか思えません。その意味では、眞子さんや佳子様は救われているのですね。

  • 裁縫が苦手だったので気づきませんでした。(汗)
    それでも子供達の必要な物は頑張って作りましたけどね。

    清子さんの着袴の儀はこんなにボサボサ頭だったのですね。
    見たことあるかもしれませんが忘れてます。
    母親なら娘は同性だし可愛い服を着せて他人から褒められたいと思いますよね。
    ものすごく覚えてるのは母娘のふたり旅をした時のこと。
    なぜか清子さんは制服で美智子さまは綺麗な洋服でした。
    その写真、映像を今でも思い出せます。
    奈良かどこかだったでしょうか。伊勢神宮のような参拝したあとだったのでしょうか。
    それにしても美智子さまとは違い過ぎたからその落差で覚えているのかも。
    清子さんはどちらかというと地味でしたね。母とは考え方が違ったのかな?

  • ああ、私の違和感はお裁縫箱にあったのだと気付きました。
    私も大学で洋裁、和裁などをやったので、まち針は無数に針山にあり、裁ち鋏も大きくてバッサリ切れるやつを持っています。紙は絶対に切っては駄目だ、という教えを守り今でも鋭い切れ味です。
    JKGの針箱では何か作れるやつありますかね。
    こういう事も、昔は何も疑問に思わなくてミッチーブームに乗ったのですね。

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