【YOUR VOICE】100歳になる私の母も胞状奇胎を体験 悠仁さまの声が娘の友人(F→M)とそっくり。 

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※ こちらは8月24日付の【YOUR VOICE】検査の機器と手法が未発達で癌の発見も遅れがち 昭和30年代なら「胞状奇胎」は子宮全摘でしょうに対し、海外にお住まいの読者様からメールで寄せられたコメントです。(国外からのコメントを拒否する設定ゆえ、ご不便をおかけして申し訳ございません)

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何度か取り上げられている「胞状奇胎」のお話について、私の母の経験、患ってからの経過をお話しさせて頂きたいと思います。

私の母は1925年生まれ(美智子さんより年上) で、今年の12月でなんと100歳になります。母が28歳の時、長男を出産(1953年)した後、胞状奇胎のため2度流産しました。しかし、長男出産から8年後の1961年に次男、そして長女の私を10年後の1963年に出産しています。

 

朝比奈さんの以前の記事を読んだ時、こういう記述がありました。

おまけに60年も前のことである。大切な皇太子妃・美智子さまに対しては、予防的意義をより強く込め、「子宮温存よりは全摘が安全」と勧められたのではないだろうか?

 

確認の為そのような記載があるか他に調べてみたのですが、「子宮温存」と言う言葉は見つかりませんでした。「子宮内容除去術」という治療法は、子宮内の胞状奇胎を除去するのみで子宮を全摘する処置ではないので、これが子宮温存に該当するのではないかと思います。

私の母は胞状奇胎のため2回の流産を経験しましたが、その後2人の子供を出産しました。きっと子供を持ちたいと、子宮温存を選択したのでしょう。胞状奇胎(ぶどうっこ)を知ったのは私が子供の頃、「なんで1番上のお兄ちゃんと私はこんなに歳が離れているの?」と質問したからでした。母は「ぶどうっこでお腹の中で赤ちゃんが育たなかったからなのよ」と。2回同じこと(流産)があったから…と。

初めて聞いた“ぶどうっこ”。その言葉は鮮明に覚えていましたが、それっきり、その事について母と話題にする事はありませんでした。きっと子供ながらに二度と聞かないでおこうと思ったのかもしれません。

私は長女・次女を妊娠中お腹があまり目立ちませんでした。出産予定日の1週間ほど前、お腹が強烈に痛くなり病院へ行きましたが、受付をしてからずいぶんと待たされ、もう我慢ができず受付にその旨を伝えて予定日を聞かれ答えた途端に車椅子に乗せられ、猛ダッシュのナースは私のお腹を見て「来週予定日のお腹に見えなかった」と言っていました。子宮口はすでに8cmに開き、出産の最終段階に入っていたようです。

私よりスリムに見える当時の美智子さんは、より目立たなかったのかもしれませんね。それにしてもあのヒールは…(謎

秋篠さんの母は、美智子さんか、それとも妹の恵美子さんか…? 正田の血は確実で、私は美智子さんだと思っています。もちろんそうじゃないってご意見ありますが。でも、父親は安西氏です、多分。

 

話は変わりますが、悠仁さんは別腹(意図的双子?)産み分けにより、3人くらいいらっしゃるのではないかと思っています。それ以上は…感覚的に「ない」のではないかなと。

記者を前に話す悠仁さんの声の質は、私の娘の友人とそっくりです。男性になりたいとホルモン剤を服用してきて、男性の声っぽい(ぽい、がポイント)のですが、独特なんですよね。どんなふうに独特かを説明するのは難しいのですが…。

余談ですが、その友人がパートナーと共に中国旅行に出かけるため、ビザを申請したそうですが、見た目、顔は「男」なのに、パスポートや書類上は「女」になっているため、全く申請が通らないとのことです。

 

また少し前、高橋洋一(経済学者)さんのAIがネットに現れて話題になっていましたね。

 

喋りと口の動き(も変)が微妙にズレていて、それが黒板を爪でギギーッと引っ掻くような、奥歯をギュリギュリさせてる様な気持ち悪さで、背筋がゾわぁとなりました。悠仁さまの成年会見で感じた、あのなんとも言えない違和感(気持ち悪さ)を、高橋洋一“AI” さんからも感じたのです。

(海外在住:EWさんより)

画像引用元:
『賢く暮らそう』高橋洋一氏の名を騙ったAI詐欺広告に注意

『自由が丘MCクリニック』FTMの男性ホルモン治療によって声が低くなる



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4件のコメント

  • 全摘話は、昭和59年にさる非常にやんごとなき御家の息子さんが主宰されていた会合の講演ではっきり話されていて、その話になると、聴衆が「アハハ」と一斉に笑いだすので、常連さんにとっては全摘は疑う余地のない、超有名な話なんだなと驚いた記憶があります。

    容貌の急変、急激な美貌劣化が、次男出生前のその時期に起きていて、そうなった原因は何なのかが話題の中心だったことを記憶しています。全摘後まだ20年くらいしか経っていない時なので、聴衆も当時の見て子さまの状態を記憶しており、おそらく直接面識をお持ちの貴婦人方も何人か入っておられたので、嘘ではないと思いました。

    長い静養期間なので、その間に極秘入院することぐらいいくらでも可能でしょうから、全摘しかないことを医者に告げられ、ショックでしばらく倒れ伏すも、結局取られてしまったようでした。あのお方はもともと狂気で、全摘によるショックから更に気が変になったように当時の聴衆は理解していたようでした。

  • 美智子さんは浩宮さまを1960年(昭和35)2月23日にご出産なさって3年後の、昭和38年3/4に第2子ご懐妊を発表されましたが、2週間後の3/22に流産処置入院され25日には退院されています。3日間の短期入院なので異常妊娠の人工的後処理を受けられたのかも知れません。全摘だともう少し入院が長引くようにも思います。それよりもその後のご静養期間にはびっくりです。
    3/25退院、美智子さんお一人で4/17~7/2までおよそ3ヶ月間、葉山御用邸でご静養、そしてその7/8からなんと秋まで皇太子ご一家(当時)で軽井沢並びに奥日光でご静養されたあと、その11/26には、昭和天皇の名代でケネディ大統領の葬儀にご出席のためアメリカ訪問と年表に記載されています。
    こんなに長いご静養が思うがままに既に出来ていたのですね。
    今上陛下ご一家にもご遠慮無くご静養や休日を楽しんで頂きたいと心から思います。
    今は閉鎖された元宮内庁職員のYouTubには、この葉山でのアバンチュールをほのめかされていましたが、現実味があるようにも思います…。

  • エコー検査が可能となるまで、子宮や卵巣は中がわからず、胞状奇胎が起きれば、御大家なら全摘、そうでなければ自己判断といいますか、私の祖母も『白い巨塔』の舞台となった著名大学病院を受診したばっかりに全摘を薦められ、大教授に執刀依頼するために必要だからと袖の下、間に入った政治家秘書にも袖の下、と昭和35年にして200万円も余分に用意して入院しました。

    ただ全摘した後の組織検査で「本当は問題なかった」と判明し、祖母が悔やんでいたことを思い出します。それでもすでに子供がいたので、諦めはついたと話していました。

    現在は血液検査など万全の検査でガンがどうかを鑑定してからになりますが、当時は「疑いあり」でもお金があれば全摘だったのです。外科全盛時代と言われますよね。結核でも肺を切除していたし、美智子さまの場合、すでに徳仁さまがおいでだったので、ガンで死にたいはずはなく、躊躇わず全摘を選んだでしょう。

    問題が起きたとすると、安西家からもらってきたであろう文仁さんの出来が非常に悪く、言うことを聞かないやんちゃ坊主になったこと。

    あの有名な「紀子ちゃんと結婚できないなら臣籍降下してやる」発言が出て、もしや闇養子であることが発覚するのではないか? となり、「実は大変な時限爆弾を抱え込んでいたんだ」とそこでやっと理解したものと思われます。

  • その写真を見たのは大人になってからだと思うのですが。その写真とは美智子さまが浩宮さまの後に流産されご静養されていた場所(どこかは覚えてません。)の近くを歩いてる写真です。

    その頃は美智子さまの事はすべて好意的、週刊誌等を素直に信じてたので辛かったでしょうねと思ってました。数年前にいろんな事を知り何かおかしいと思ったのです。流産したら次は気を付けよう、ちゃんと生まれるまでは無理しないようにしようと思うと思います。

    でも、何度も書いてますがあの運動会の写真はどう考えても納得いかなくて。たしかに細身の人でもそんなにお腹が目立たない人も居るでしょう。でも、秋篠宮の後の紀宮の時には物凄くお腹が大きかったです。(その写真を見ました)何かコントかドラマで妊娠してる役をしているような感じを受けました。(妊娠したことが無いと大きさがわからないでしょうね)

    悪く取ってはいけないと思いつつやはり釈然とはしません。

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