【YOUR VOICE】2010年に週刊誌から取材の依頼を受けたことが… 敬宮愛子さまの海外留学に関してでした
※ こちらは【YOUR VOICE】不思議なことに出版界までが典範改悪賛成、秋篠宮家擁護を 愛子天皇否定派のタイトルだらけでぞっとするに対し、読者様から寄せられたコメントです。
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両陛下がオランダ・ベルギーご訪問を終えられ、美しく真っ直ぐ立派にお育ちになった敬宮様に想いを馳せました。
ところで、何らか大きな力でメディア報道の方向性を統制しているような気がします。「先に筋書きありき?」…そう感じた理由は、私自身が以前にちょっと稀有な経験をしたからです。
私は2010年に週刊誌から取材の依頼をされたことがあります。内容は、小学生でいらした敬宮愛子様の海外留学に関してでした。
その頃の私はご皇室にさほど強い関心や思い入れはなく、日本は今より豊かであったと記憶しています。私に白羽の矢が立ったのは、敬宮様のご留学先候補とされた二校へ、たまたま偶然かつて我が家の子どもたちが留学していたからでした。
最初にご連絡をいただいた時、私はてっきり、明るく前向きなご計画が具体的に進行している最中で、まもなく本決まりになって公表されるのかしらと考え、喜ばしい気持ちで取材をお受けしました。
和やかに始まったインタビューでしたが、何度かに分けてお話しするうち、私は或る違和感を覚えるようになりました。喜ばしい内容のはずなのに、記者さんの尋ね方が次第に「一定の切り口」へとシフトし、それに見合った私の回答を恣意的に引き出そうとする意図が見え隠れしてきたのです(どんな切り口かという詳細は伏せさせてください)。
「あれれ、皇太子ご一家(当時)サイドから積極的に出された嬉しい話題ではなさそうだぞ…?」と、私は俄かに警戒しました。
それに気付いてから私は、念のためスイスの学校側とも連携して、一切何も話さないように努めました。記者さんは私からもっと“有利な”情報を引き出す使命を仰せつかっておられたのか、あの手この手でかなり食い下がられましたが、私は頑として口を開きませんでした。
案の定、最終的に誌面に掲載された記事は、皇太子ご一家にあまり好意的ではない少し不穏な見出しが付けられていました。
その時点で私は、ひょっとしたらご両親が敬宮様のために大切に温めて慎重に進めておられた内密のご計画を、不本意とはいえ暴露する片棒を担がされたのではないかと心配になってしまいました。
もしそうなら、横槍を入れるべしで記者さんを私のところまで寄越したのは誰なのか…? 皇太子ご夫妻がこの漏洩(?)記事をご覧になったら、どれほど落胆され疑心暗鬼となり四面楚歌に追いやられてしまわれたかと心が痛みました。
それでも私にとってせめてもの救いと思えたのは、何も喋らなかったので敬宮様を貶めるような記事内容にならなかったことでした。インタビュー形式で私が説明している体裁にはなっていたものの、文章はほぼ私の拙著や執筆物から抜粋された当たり障りないもので構成されていました。
週刊誌レベルの噂話ですから、真偽のほどはわかりませんし、私の穿ち過ぎかもしれません。しかし妙に後味が悪くて、私は長い間このことを封印して、誰にもどこにも語りませんでした。
けれども先般の天皇皇后両陛下のオランダ・ベルギーご訪問の報道を拝見して、様々な苦難を乗り越えて立派に真っ直ぐご成長なさった敬宮様に想いを馳せますと、「今」勇気を出して、あの顛末を書き留めておかねばという衝動に駆られて、noteにささやかな拙文を執筆しました。
■『note/M』天皇皇后両陛下がオランダ・ベルギーご訪問を終えられて
https://note.com/clean_turtle8118/n/nc6a2cd5e2922
(コメント欄:Mさんより)
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報道陣の取材で記憶にある事です。もう大分以前の事、息子は大学卒業し、仕事に就いて間もなく「若いうちに体験したい、止めるな!」と言い、旅に出てしまいました。
「○○の世界一周リアルタイム旅行記」と発信もしてました。
中東でのでき事です。ヨルダンのアンマンにあるクリフホテル(バックパッカーの安定宿)に到着したら大騒ぎです。「昨日ここを出た日本人が拉致された、、」と。そして取材を受けたそうです。
その取材で感じたことは、何か誘導?されるような、、そんな感じを受けたと言うのです。
「今日本がイラク問題で対応に追われている時に、そんな危険な場所に、、君はどう思う?」
何か自分に「そうですね。軽率な行動でしたね」と答えて欲しいと感じたと言ってた事が、記憶にあります。誘導的質問?に感じたというのです。
ちょうどこの頃、中東を中心に戦争,紛争,国際政治の最前線を取材していた浅井久仁臣氏とメールのやり取りしていて、拉致の事を話すと、息子のブログを見て、「使わして欲しい。ついては許可を得て欲しい」と言われ、そうしました。間も無くパッと広く発信されました。
その後息子は2年6ヵ月の旅を終え、無事に戻ってきましたが、あの時の話(取材)は強く記憶に残っています。
行間から、これが氷山の一角に過ぎないのではと窺われます。数々の嫌がらせに耐えながらも、皇女様を光輝く珠のような素晴らしいご存在へ育て上げられた、天皇皇后両陛下のご苦労が忍ばれます。それなのに日本の政治家たちは今、「ダイヤモンドを捨てて石ころを」拾おうとしているのですね。
両陛下は敬宮様のご留学を真剣にお悩みだったと思います。
天皇にならない(されない?)なら雅子様や雅子様のお父上の如く国際的な視野でのご活躍を願われたのではと。
グローバルな環境で教育を受けたほうが活躍を期待出来る分野は多く、殊に発想力が重要な分野では断然影響が大きいと思われますから。
しかし、おそらくは途中で敬宮様の皇位継承の可能性が濃厚になり、
国際感覚の前に「国史・日本文化に関する造詣を深める」必要に迫られ、留学を諦められたのではと拝察。
国際感覚と対応力は、結果としては基本的な人間力で解決できるものであると思われ、
敬宮様の(想像した限りでの)ご優秀さと人間性が有れば、
今からでも海外要人との接遇や時々の海外訪問などで常人以上に的確に国際感覚を体得なさると思います。
とは言えお立場に捉われず伸び伸びと海外生活体験をおさせ出来なかった事は、同年齢の民間女子と比べてもお気の毒ではありました。
敬宮様ご本人の人生設計を知る事は出来ませんが、ご両親とは他に、共にお過ごしになるのが幸せであるようなご家族をお持ちになれたならと願わずにはいられません。
当時のマスコミの皇太子一家へのバッシングは凄まじいものでした。あれだけ華々しくご成婚時には、称賛とキャリアを生かした皇室外交を期待していました。
長い妊活から敬宮さまご誕生、なのに「次は男子!」となり、この状況に意見を言えば、「そんなに外国にいきたかったのか!?」等と、酷い揚げ足取りの挙げ句、心身共に追い込まれて幽閉の日々…
こんな地獄の毎日なら、せめて愛しい我が子には恐るべき嫉妬と妬みそねみに凝り固まった赤坂一派の魔の手から逃れて、視野の狭く、制限だらけの日本とは違う世界で勉強や異国の国からのクラスメイトとのびのび毎日を過ごして欲しいと願うもの。
どう見ても、次男負債の子供達とは違う優秀さ、運動神経の素晴らしさのある敬宮さまの良さに気がついたミテコさまの差し金と、多額の衣裳代浪費により、この敬宮さまの海外留学は頓挫したのでしょう。
雅子皇后陛下の心身の状態もよろしくない状態で、無理に日本から敬宮さまを出すのは…と当時、皇太子だった陛下が躊躇された事も考えられます。
それでも、次男負債の二人の内親王さま方が海外留学しているのに、「語学堪能」だとか、先日のオランダ・ベルギーご訪問時に両陛下が見せた「通訳無し」の歓談シーンを聞いた事が無いですね…
昨年の敬宮さまのラオスご訪問での見事なお姿に、あの厳しく、心身共にお辛かった時期を皇女さまのご教育に神経を注いだ雅子皇后陛下の集中力、使命感、次の世代への皇室のあり方への責任感が感じられて、頭が下がりました。
なのに、敬宮さまが女性と言うだけで、又何の旨味の無い利権から離れた陛下と言うだけで、その娘に皇位を継がせない、邪な政治屋の【背乗り】継承を国民の意思を無視して、閣議決議は暴挙です!