【YOUR VOICE】その還暦記念の当事者・小川博三氏は30ちょっとで大出世 岸信介氏と接点があった可能性も
※ こちらは【YOUR VOICE】1973年、北大教授の還暦論文集・追録で川嶋氏は「学習院大経済学部」とだけ 1966~71年が不明に対し、読者様から寄せられたコメントです。
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ちょっと脱線しますが、還暦記念の当事者、小川博三氏、経歴(wikipedia)の抜粋です。
1937年(昭和12年)、北海道帝国大学工学部土木工学科卒。在学中の満州事変勃発を契機に大陸に志を抱いたという。満州や朝鮮へ実習をかねて訪れている。大学卒業後、南満州鉄道株式会社へ入社する。専門分野の著書では…『鉱山土木学』(石崎書店、1959)
うーん、なんか「学習院大経済学部」の岳父との接点が有りそうで無さそうで、やっぱりなんか有りそうな気がしますが、それ以上調べるのは困難でしょうね。
小川博三氏はもう一つ、
1943年、現職のまま大東亜省嘱託として東南アジア諸国の交通実態調査を命じられ (中略) 省庁事務次官に相当する仏領印度支那土木局事務管掌補佐を務める。
30そこそこなのに、かなり高い地位ですね。本当だろうか?
ちなみに。岸信介元首相はwikipediaによれば、1936年10月に満洲国国務院実業部総務司長、(1939年帰国.商工次官、1941年商工相)ですが、事務次官に相当する地位だとすれば、岸氏との接点、もしかすると引き立てがあったかもしれませんね。まあ、1943年の後半には、岸氏は東條内閣では干され始め(商工相→無任所相兼商工次官)ていたらしいですが。
2つの接点の可能性。どちらもあまり役に立ちそうもないけど、一応指摘しました
(コメント欄:低圧ナトリウムランプさんより)
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当時は、文系理系を問わず、学部卒は貴重な高度人材で、日本植民地主義の拡張期だったので、いくらでも海外(朝鮮、満州、台湾)に「ポスト」が有りました。何もないところに役所組織を作り、その下に民間部門をぶる下げ、日本国内がうらやむほどの公共投資を展開したのですから、当然です。
官報を検索しますと、1970年代前半あたりまで、国立大学入学者・学科別卒業者の氏名一覧が官報に掲載されていたくらいです。
もちろん、戦前は特に、地縁血縁による採用という側面をチェックする必要があります。出身地別でグループを作るのは止めよう、となったのは戦後からの新しい動きです。