【YOUR VOICE】1973年、北大教授の還暦論文集・追録で川嶋氏は「学習院大経済学部」とだけ 1966~71年が不明
※ こちらはブログ記事、米国で講師経験1年の川嶋辰彦氏、学習院でいきなり助教授に? 大学が「その他」に明記しなかった活動も謎 に対し、読者様から寄せられたコメントです。
••┈┈┈┈••✼✼✼••┈┈┈┈••
学習院大の紀要『経済論集』のPDF版から辿ってみました。
1973年10月に北大の都市計画の教授の還暦論文集に「追録」として公表した論文、「都市交通とその問題点──米国リンデンヴァルド・ラインとの関連において──」(『地域と交通』,五十嵐日出夫・他編,技報堂,東京,1973年,追録1-13頁)は国会図書館デジタルコレクションで読めます。
そのあとがきに添えられた肩書は「学習院大学経済学部」とだけあり、助教授とか教授の表記はないものでした。
本が出版後に付録のような格好で配布されたものです。
https://dl.ndl.go.jp/pid/12063598/1/233
続く1974年12月刊行の雑誌『高速道路と自動車』では「学習院大学助教授」になっています。
https://dl.ndl.go.jp/pid/2688686/1/17
むしろ不明なのは「1966年(東大)教養学部助手等を経て」の1966年から71年ではないかと思われます。

文献リストの1と2はデジタルコレクションにはありませんでした。
(コメント欄:匿名さんより)
画像引用元:『学習院大学』川嶋辰彦教授略歴ならびに著作目録
【YOUR VOICE】について
こちらは、普段ブログをお読みいただいている皆さまに、ご参加いただけるコーナーです。
皇位継承問題、現在の皇室典範、宮内庁はココがおかしい。そしてマスコミや週刊誌の適当な報道。
「もう黙ってはいられない」「私も言いたい」といった真剣な思いを、あなたも言葉にしてみませんか?
【ご協力をお願いしたいこと】
・メールで info@etcetera-japan.com へ。件名は「YOUR VOICE」でお願いいたします。
・簡単なタイトルもご準備ください。
・ご署名はお住まいの都道府県+イニシャルや仮名、またはSNSのアカウント名をご利用下さい。
・卑語の使用、デモやテロなどの危険な誘導、過激な表現はお断りいたします。
・弊ブログとは方向性が一致しない、男系男子論などの主張はお断りいたします。
・謝礼などはございませんが、どうぞご了承下さい。
たくさんの方のご参加をお待ちしております。
ちょっと脱線しますが、還暦記念の当事者、小川博三氏、経歴(wikipedia)の抜粋です。
>1937年(昭和12年)、北海道帝国大学工学部土木工学科卒。在学中の満州事変勃発を契機に大陸に志を抱いたという。満州や朝鮮へ実習をかねて訪れている。大学卒業後、南満州鉄道株式会社へ入社する。
>専門分野の著書では…『鉱山土木学』(石崎書店、1959)
うーん、なんか「学習院大経済学部」の岳父との接点が有りそうで無さそうで、やっぱりなんか有りそうな気がしますが、それ以上調べるのは困難でしょうね。
小川博三氏はもう一つ、
>1943年、現職のまま大東亜省嘱託として東南アジア諸国の交通実態調査を命じられ、
(中略)
>省庁事務次官に相当する仏領印度支那土木局事務管掌補佐を務める。
30そこそこなのに、かなり高い地位ですね。本当だろうか?
ちなみに。岸信介元首相はwikipediaによれば、1936年10月に満洲国国務院実業部総務司長、(1939年帰国.商工次官、1941年商工相)ですが、事務次官に相当する地位だとすれば、岸氏との接点、もしかすると引き立てがあったかもしれませんね。まあ、1943年の後半には、岸氏は東條内閣では干され始め(商工相→無任所相兼商工次官)ていたらしいですが。
2つの接点の可能性。どちらもあまり役に立ちそうもないけど、一応指摘しました
3⃣御徒町のミッチとは?~もう一人のミッチはいつから現れたのか?~
2026年1月28日 「ラブのママ」でご覧を、、
>昨日は、もしミッチが連れ子であるなら父親は?とか双子説に
ついて書きました。
>さてミッチが双子だったとしてもう一人のミッチが、いつから現れていたのか?という事ですが、結論からいうとミッチが胞状奇胎で療養した1963年の時であろうと、私は思います。
ここからは私の推理や仮説、妄想の類に入ります。事実確認が難しいのと噂の話も入ります。
(詳しくは本文で)