「歌会始」にはドノヒト様が? 講書始の儀は親指の爪が「幅広タイプ」「上唇厚め」の悠仁さまが
このたび神奈川県在住Hさんより、1月9日の「講書始の儀」に出席された悠仁さまについて、Getty Imagesにアップされている写真を元に特徴をまとめたとのメールを頂戴した。
悠仁さまはものすごい色白で、喉仏が目立たないことや、ひざ下の長さがいつもと違うのでは?とも話題になっていたが、Hさんは、親指の爪と横顔に注目されたようだ。今まさに開催されている「歌会始の儀」。後ほどYouTubeに多数の動画が上がるのを待ちたいところである。
神奈川県のHさんからは最初にこちらの画像を案内され、メールには「その左手を拡大してみました。親指の爪が “幅広タイプ” に見えます」とあった。


ここでもう1度、ヒトの親指の爪の形についておさらいしてみたい。人それぞれ違うものだが、だいたい4種に分けられるそうだ。

◆爪が「幅狭で細長い」おひとりも
Hさんは、親指の爪が「幅狭で細長い」タイプの悠仁さまもいらっしゃると指摘されている。


◆横顔を特徴づける上下「唇」のバランス
Hさんは、悠仁さまの横顔についても指摘。「講書始の儀」の悠仁さまには横顔にこんな特徴があるとしている。
●鼻の先が丸い
●下唇より上唇が前に出ている
●白唇部(鼻の下)が「ノ」の字に沿って、上唇が前に出ている
一方、こんな横顔の悠仁さまもいらっしゃる。実際に、最近の悠仁s写真から上唇をご覧いただきたい。


●鼻の先が細く先端が少し下向き
●上唇が薄く若干受け口
●白唇部が垂直「|」
両者の違いについては、実は13歳直前のブータン旅行でも確認することができる。牧場を訪れたおひとり、そして博物館を訪れたおひとり。悠仁sの唇はかなり違っていたのだ。
こちらはKYODO NEWS の動画『悠仁さま13歳に 中学進学、初の海外旅行も』から。牧場シーンの悠仁さまは上唇がとても薄かった。なお、「たまたま」下唇を突き出してみせたわけではないことをお分かりいただくため、数秒おきにスクリーンショットを撮ってある。

ところがブータン国立博物館を訪れた悠仁さまはというと…。

2018年~2019年あたりに浮上していた「悠仁さまに影武者がいるのではないか」なる説。長いこと静観を続けてきたが、この唇も筆者がそれを確信した根拠のひとつとなっている。
神奈川県のHさんは、例のトンボ論文ばかりか悠仁s問題でも大活躍で、過去にも関連するさまざま情報を提供してくださっていた。お時間があれば、是非これらの記事もどうぞ!
■「幅広横長」と「幅狭細長」親指の爪が違う悠仁さまが! 私たちは一体ナニを見させられてきたのだろう…
■ブータンの悠仁さまは唇が2種類 ✕ 目元は3種類 私たちは一体ナニを見させられてきたのだろう…
(朝比奈ゆかり/エトセトラ)
画像および参考:
・『gettyimages』New year lectures for imperial family
・『Jagran Josh』Personality Test: Your Nail Shape Reveals Your Hidden Personality Traits
・『朝日新聞』悠仁さま、お一人で伊勢神宮に参拝 「生きる正倉院」も見学
・『YouTube』【秋篠宮ご一家】被爆80年ヒロシマの写真展をご覧 佳子さま「カメラマンの葛藤伝わりました」
・『YouTube』どこよりも詳しい悠仁さまの成年式!なぜ19歳でやるの?裾を持っていたのは誰?先導していたのは?冠をかけていたのは?秋篠宮家を取り巻く頭脳を一挙公開【皇室ちょっといい話】(219) テレ東BIZ ダイジェスト
・『YouTube』悠仁さま 初めての外国訪問(2019年8月ブータン) TBS NEWS DIG Powered by JNN
・『YouTube』悠仁さま13歳に 中学進学、初の海外旅行も 共同通信 KYODO NEWS
・『ヤフーニュース』成年式の儀式を終え、報道陣の取材に応じられる秋篠宮家の長男悠仁さま
講書始のHさんの右手の小指の関節が短すぎるような??
変な曲がり方にもなっている??
拡大写真が何か変??
成年の儀が終わって帝国ホテルに着いた時のHさんが成年の儀の人達とも違って見えます。
高校ナンチャッテ入試の時は丸顔だった。
マスクしてても分かるほど顔が丸かった。
ところが、まだ4年も経っていないのに、最近の坊は、どの子も細面。
あの丸顔の子は、どうなったのだろう?あの家の人々は、表舞台から消えていった坊の運命に、心が痛まないのか? 仮にも肉親ではないのか?
悠仁さまの全身を見た時、いつも両手の位置が違いますよね? 人は必ずしもシンメトリーではないのは知っています。
でも、↑の写真(成年式を終えて報道陣に話ししているところ)では左手の位置は右手と比べると指の第一関節分くらい下ですね。
肩が下がってるのかと紙を当てて見たらやはり左肩が下がってました。これって癖なのでしょうか?
記念写真を写真館で撮って貰ったりする時、首が曲がってたりしたら直されますよね?
私が今まで見た悠仁さまの全身写真では必ずと言って左肩が下がってもちろん左手も右手より下なのです。
そして、上着の中のシャツが左だけ見えている。どの悠仁さまもこんな感じ?第一関節分(たぶん2センチくらい?)も下がるって姿勢とか何かあるのかと。
ヤフコメ欄で見たのですが悠仁さまが成年式をしたことを誰も詠んでいないと。
秋篠宮夫婦はせめて詠んでもよかったのに父親はタイを思い母親は福島市の子供達を姉はブラジルをとバラバラ。
これが秋篠宮家なんですね。喜ばしい事ではなかったのかな?
このヒトさんは、沖縄豆記者訪問のときのヒトさんじゃないでしょうか?
色白で立っているのも大変そうなヒトです。
今回は鼻の長い、やや色黒のヒトさんの当番ではありませんでしたね。
歌は自分で作ってませんね。退屈そうな面ですね。
歌会始めのヒサヒトサンは新年祝賀の儀や講書始の儀のヒトサンよりも眼光が鋭かった様に思いました。
成年の儀式で見せたツバメの舞までは行きませんでしたが、座る時にもたつき、お尻をあげて再度座り直していたように見えました。
いづれも素敵な御歌ばかりで、歌の世界に入り込んでしまい、皆さんの歌に感動いたしました。
キコサンの歌は訪れた“南相馬”(えーっ南相馬を舞台にしないで)での公務の時に雨が降っていたので紙芝居を皆と楽しんだ(私の解説です)という内容でした。
皇后陛下はデフリンピックでメダルをとった選手に手話で祝意を伝えた、という御歌でした。
そこで
私の妄想が炸裂。キコサン「キーッ、手話はアタイとカコのものよ。手話の歌なんか作って!キーッ」となったのではないか、と。
フミヒトサンはニワトリ研究に出向いた先での事。なんだか思い出したようにニワトリ研究が出てくるあたり、父子揃って何だかなあ、という感じです。
講書はじめの悠仁さんの後頭部にお団子を着けたような不自然な画像がありましたが、何か後頭部の手術でもされてハゲていらっしゃるのでしようか?前々から後頭部の付け毛が気になってましたが、講書はじめの映像ははっきりとわかるレベルでした。
歌会始に出てきた悠仁さまは喉仏がありましたね。男子?あの筑波大でのイメージフィルムに出て座ってぼんやりと何かを眺めてる人?
「薄明かり 黄昏とんぼは 橋のうへ 青くつきりと 俊敏に飛ぶ」
歌はトンボが出てきて薄明かりで青い線が見えるのかな?目はいい?「うえ」というのが「うへ」になっててこういう書き方を知ってたの?俊敏もわかる?
やっぱり、悠仁さまが作ったとは思えなくて。
令和8年歌会始の情報出ましたね。
敬宮さまの御歌
日本語を 学ぶラオスの 子どもらの
明るき声は 教室に満つ
やはり敬宮さまの御歌はしっかりとした「体幹の強さ」を感じさせますね。そして子供への温かい眼差し、強さと優しさはまさに将来天皇になるお方です。
傍系末子殿は初参加なので仕方ないですが、、、
薄明かり 黄昏とんぼは 橋のうへ
青くつきりと 俊敏に飛ぶ
色々とごちゃついた感じの歌ですね。「明」の字を「薄明かり」使うところ、「黄昏とんぼ」と言うあたりはやっぱり「陰キャ」なの?てか「黄昏とんぼ」って将来性?どうなの?ガスト、カラオケを飛び回る「極楽とんぼ」ではなかったのね(笑)
一般入選最年少、本間優大さん(東京学館新潟高校2年生・17歳)の歌
明礬の 再結晶や 湯の花の
白きまばゆさ 恋に似たり
いやーカワイイですね!この歌大好きです。末子殿、筑波大の理系なんだから「明礬の再結晶」わかるよね?
気が早いですが、来年令和九年のお題は「旅」だそうです。まさか、小笠原の旅は詠まないですよね。
悠仁1号以外にも、同時期にでてきていて、かつブータンに送りこまれた悠子1号以外に、男児の二人目の悠仁sがまだいたように考えるようになりました。ブータンには合計三人の悠仁sが送り込まれ、二人は男児、一人が女児だったのではないでしょうか? 日本出発・到着時は、悠子1号(目がまんまる)、ブータン空港到着時は悠仁1号(藪睨み・現在行方不明生死不明)、王宮殿訪問や博物館訪問では悠子1号、「木や草や」と答え、弓を引いたのはそのどちらでもない悠仁2号、ラバ騎乗は、悠子1号と悠仁2号か?
これだけ多数の偽悠仁sを送り込む計画だったら、外務省が協力してくれるはずありません。私的旅行になったのも仕方ないです。
代理母が産んだ悠仁sや悠子sには皇籍がなく、といって民間人の臣民戸籍もなく、ひょっとしたらいまだに代理母の外国籍に入ったままで、外国人として戸籍を抹消されていないのではないか?
成人したというのに、海外訪問のプランは白紙の悠仁s。海外では、顔認証ソフトで何人の異なる悠仁sが居るのか、全部解析済でしょうから、ご招待がくるわけないですよね。ブータン旅行では他人名義の旅券を行使していたかも知れませんし、もしかりに出入国法令に違反していたら、海外のデータベースではブラックリストに載せられてしまいます。
この三人のなかから、悠仁1号と悠子1号は完全に姿を消し、悠仁2号だけが生き残り?、しかし何らかの事情から会見には出せず、声を出さずに済む場合にだけ、予備役として出てくる関係と思います。声紋鑑定の恐怖から、長いしゃべりをする役の子を限定する必要があり、知能指数の関係で出来損ない男子は外され、FTM悠子sから会見役が選ばれているのかも知れません。
国際的に、皇族の旅券で私的海外旅行をしたのは、日本発の時点では悠子1号であり、タイ出国ブータン入国時には悠仁1号が悠子1号の旅券を使ったことになるので、もしタイで二人が入れ替わりなどしていれば一発でアウトです。二人は顔がかなり違うので、目視でも別人だとすぐにわかったはずです。
明らかに サムネの写真は 鼻別人
国民の困惑 眼中に無し
ははは、感想が歌になってしもた(笑)
LGBTマンセーの時代、喉仏形成の整形手術があります。誠に都合がよいですね。
さて、どの仁さまが出てこられるのでしょうね。楽しみです。でもね、こんなことが楽しみになってしまうのは悲しくもあります。
たぶん、お歌も悠仁さまがお作りではないでしょう。(学校の宿題さえ職員さんが代わりにしていた)
論文を出して以降トンボのトの字も聞かないと書かれてたからか今日はトンボの研究にいそしんでいるというアゲ記事が出てました。
誰が信じるのでしょう?いや、その場面を見た人が居ますか?遊んでる事しか記事になってなかったのにね。
とりあえず、どんな歌を詠んだか見てみましょう。