佳子さまはスコップ&ジョウロをうまく使えず紀子さまはハサミがダメ 遺伝なら子孫の知能指数をも左右か

この記事をシェアする

Xで今、青山まりか(@MarikaJB2023)さんによるこのポストが話題を呼んでいる。

すると、YouTuberの「あきらっちスカッと皇室」さんも、こんな情報を提供してくださっていることを知った。佳子さまはブラジルで、手袋を上手にはめられないご様子がみられたそうだ。

https://x.com/seijisenmon/status/1935612820391071833

 

スコップといいジョウロといい、おまけに手袋も。佳子さまはこういったツールをまともに使えないのだろうか。それとも、使ったこともない「お嬢様ぶりっ子」を演じておられるだけ?

だが、皇族の映像と植樹シーンは切っても切れないものがある。皆様のお姿をニュース映像などで学んでいれば、ご自分でもスマートにこなせると思うのだが…。



◆マスコミは慌てて映像をカットか

 

現在YouTubeに残っている映像はこの角度が限度のもよう(画像は『YouTube』のスクリーンショット)
現在YouTubeに残っている映像はこの角度まで(画像は『YouTube』のスクリーンショット)

 

こちらの映像は、日テレNEWSの『【佳子さま】ブラジル・カンポグランデの学校で日系児童らと交流 沖縄出身者多い地域に「カンヒザクラ」植樹』。0分23秒目あたりからその水撒きシーンが始まるも、ジョウロの角度はギリギリの部分までとなっていることがわかる。

(スタートは合わせてあります)

 

少し前までは、こんな角度までジョウロを倒している映像があったそうだ。

まさか最後に残ったお水を手前の大きな穴からぶちまけようと…?(画像は『YouTube』のスクリーンショット)
何を思ってジョウロを横に…?(画像は『YouTube』のスクリーンショット)

 

これではまるで、残り少なくなった水は、手前の穴からバシャッとやっちゃえ!的な所作に見える。

 

◆そう言えば紀子さまも…

佳子さまの、そのあり得ないジョウロ使いにも似た「庶民の所作」をどこか見たと思ったら、紀子さまのお墓参りシーンであった。

 

ピンクのバケツにも世間は仰天した(画像はネットで拾ったもの)
ピンクのバケツにも世間は仰天した(画像はネットで拾ったもの)

 

水の入った柄杓を手に持ち、股を開いて踏ん張る紀子さま。真夏の庭や玄関前に打ち水をするかのようなポーズ? いや、皆さんもっと脚を閉じていらっしゃると思うが…。



◆スコップを持ち奇妙な動きを

佳子さまはスコップの使い方もお上手ではない。以前は単なる「ぶりっ子」演技だと思っていたが、スコップもジョウロもとなると、国民としては「本当に大丈夫ですか?」という不安な気持ちになる。

こちらで1年ほど前、『秋篠宮家の女性たちは揃いもそろって… ハサミが使えない母、ハンパない悪筆の長女、スコップを箒のように使う次女』という記事を出し、大きな反響をいただいていた。ペルーご訪問で記念の植樹祭に参加した佳子さまが、スコップを箒のように横に流して使うご様子にはただ呆れた。

(スタートは合わせてあります)



 

◆ハサミを使えない紀子さま

こちらは『秋篠宮さま紀子さま1990-1999』というタイトルでYouTubeに投稿された、若き日の紀子さまの懐かしい映像。

初々しい笑顔で大変な人気ぶりも、紀子さまがテープカットでハサミをうまく使えないという事実に世間は驚いた。今時は幼稚園でも、ハサミをちゃんと使えないお子さまには発達関連の詳しい検査が勧められる。器用さ、不器用さは知能指数と無縁ではないからだ。

1分27秒目あたりから1回目の失敗。そして1分47秒目あたりから2回目の失敗を見ることができる。これは、本当にハサミを使えないということなのだろう。

 

 

◆もしも頭の良い子が欲しければ…

脳機能や知能は親から子に遺伝する。そして知能に関わる遺伝子の一部はX染色体に存在することから、「頭の良さは母親の影響が多大」という考え方も支持されている。

 

9÷3=2って、佳子さまいくらなんでも…(画像はネットで拾ったもの)
9÷3=2って、佳子さまいくらなんでも…(画像はネットで拾ったもの)

 

女児は父と母から譲られた2つのXを持つものの、男児のXは母からのみ。もちろん父親の役割も重要で、家庭の環境や向学心、好奇心などへの対応、教育の方針などが総合的に子供に影響するが、頭の良い男児を持ちたいと思ったら、頭の良い女性と結婚することがとても大切なのだという。

幼児の知的発達のレベルがよくわかるというハサミから、スコップ、ジョウロまで、それらをうまく使えない女性に頭の良い子(特に男の子)をを生んでもらおうと期待するのは難しそうだ。

(朝比奈ゆかり/エトセトラ)



画像および参考:
・『女性自身』佳子さま 食用アルパカの説明に「どんな味?」とご質問…ペルー訪問で露呈した“日本語が稚拙”批判

『YouTube』AGENCIA EFE ― Princesa Kako de Japón concluye su visita a Perú en encuentro con comunidad nikkei en Lima

『YouTube』秋篠宮さま紀子さま1990-1999 ― kata62kima

『YouTube』【佳子さま】ブラジル・カンポグランデの学校で日系児童らと交流 沖縄出身者多い地域に「カンヒザクラ」植樹 日テレNEWS

『エトセトラ・ジャパン』秋篠宮家の女性たちは揃いもそろって… ハサミが使えない母、ハンパない悪筆の長女、スコップを箒のように使う次女 2024年5月16日

『YouTube』秋篠宮さま紀子さま1990-1999 ― kata62kima

4件のコメント

  • 30歳でスコップもジョウロも使えないとは・・・。また海外で恥をさらしてしまいましたね。
    持つためにあるジョウロの持ち手も持っていないし、何故注ぎ口を地面に近付けているのでしょうか。上からシャワーっとすれば済むことなのに。猫背へっぴり腰になっていて格好悪い。着ているのがピラピラのワンピース。TPOも何もない。帰国時の白のパンツスーツの方がフォーマルな感じで、この場面に合っていたのでは?

  • 紀子さんのハサミを使う映像はずいぶん経ってから見て驚きました。

    その前に見たのは秋篠宮と紀子さんが植樹のためにスコップを使ってる場面で秋篠宮は正しかったけれど紀子さんは「えっ?こんな使い方をする?」と思う使い方。スコップを使う経験がそれまでになかったのでしょうか。幼い時に公園の砂場で使わなかったでしょうか。

    今日、佳子さんのじょうろの使い方を見て本当に驚きました。この年齢までに経験しないとこうなるのでしょうか。いや、それにしてもです。じょうろの形状を見ればわかるでしょうに。手袋もはめられなかったのですよね。

    じゃあ、もしも、料理のために包丁を持ったら?想像すると怖いです。(ー_ー;)

    内親王は手をアイドルのように振ってペコペコ頭を下げて笑ってるだけでいいと教えられたのでしょうか。そんな難しい事をしているわけでもないのに出来ないにもほどがあります。秋篠宮家を見て日本の皇族はこんなものと思われたくはないです。

  • 佳子さまの“左利き”が話題に! ペンの持ち方が「不思議」「特殊」という声

    2022-09-16 Ameba

    上記文言で検索を、、

    >佳子さまの写真をアップするとこのような持ち方でした。

    私は、気になる持ち方を見かけると、すぐその持ち方を真似てみます。

    手の甲からの写真を見て真似るので、真似るのは難しいです。また、この指の形になかなかなりません。
    佳子さまの写真は、手の甲から撮った写真ですが、それぞれの指が筆記用具にどのように当たっているか分かるように手のひら側から写してみました。

    人差指が中指で隠れているように見え、中指に力が入っているようなのでこのように持ってみました。人差し指の色が変わってきました。

    もしこの持ち方なら、筆記具に4本の指が接しているので、「E型:にぎり持ち」と診断します。

     (詳しくは本文で)

  •  天皇皇后両陛下が、広島原爆慰霊碑に供花されました。下記は敬宮さまの作文。何度か拝見してますが心打たれます!
         ↓
    >【愛子さま中学ご卒業】卒業記念文集の作文「世界の平和を願って」全文

    2017/3/22  産経ニュース

    上記文言で検索を、、

    >卒業をひかえた冬の朝、急ぎ足で学校の門をくぐり、ふと空を見上げた。雲一つない澄み渡った空がそこにあった。家族に見守られ、毎日学校で学べること、友達が待っていてくれること…なんて幸せなのだろう。なんて平和なのだろう。青い空を見て、そんなことを心の中でつぶやいた。このように私の意識が大きく変わったのは、中三の五月に修学旅行で広島を訪れてからである。

     原爆ドームを目の前にした私は、突然足が動かなくなった。まるで、七十一年前の八月六日、その日その場に自分がいるように思えた。ドーム型の鉄骨と外壁の一部だけが今も残っている原爆ドーム。写真で見たことはあったが、ここまで悲惨な状態であることに衝撃を受けた。平和記念資料館には、焼け焦げた姿で亡くなっている子供が抱えていたお弁当箱、熱線や放射能による人体への被害、後遺症など様々な展示があった。これが実際に起きたことなのか、と私は目を疑った。平常心で見ることはできなかった。そして、何よりも、原爆が何十万人という人の命を奪ったことに、怒りと悲しみを覚えた。命が助かっても、家族を失い、支えてくれる人も失い、生きていく希望も失い、人々はどのような気持ちで毎日を過ごしていたのだろうか。私には想像もつかなかった。

     (以下本文で)

コメントする

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA