【YOUR VOICE】「美智子さまが胞状奇胎につき流産」て… そもそも本当に胞状奇胎だったのか
美智子さまに報じられた、胞状奇胎につき第二子を流産されたという話。
私も祖母(大正生まれ)から生前そのように聞いておりましたが、最近の数々の疑惑の中で思いついた事が1つあります。
それは、そもそも本当に胞状奇胎だったのかということです。
私が思うに、不義の子を身籠った事が周囲に明らかになり、すでに秘密裏で処理できる週数ではなかった等の理由で、胞状奇胎で中絶という体裁で処置したのではないか、だから子宮はそもそもよっぽどの手術ミスでもない限り普通に残され、よって2年は妊娠を控えるという期限も無視して、再度不義の子である秋篠宮が誕生したのではないかと考えております。
他にも秋篠宮誕生までの根拠として、
一、美智子さまの「奔放さ」を書いたブログがあった
一、当時の胞状奇胎では子宮全摘の可能性が高い。その場合、既に陛下を産んでいて、自分が一番大事な美智子さまが子宮を残すリスクをとるだろうか
一、やはり菊のカーテンは分厚そう
一、マスコミ操作にたけている
一、明仁さまへの愛情が伝わってこない映像がある
一、秋篠宮が安西氏にそっくり
一、陛下と秋篠宮とで接し方がまるで違う
一、実の子である陛下にさえあれほど冷たいなら、実の妹(恵美子さん)をどれほど大切に思っているだろうか。いくら皇位簒奪のためや昭和天皇らへの(勝手な)復讐心があるとしても、その恵美子さんの産んだ子をあそこまで可愛がるとは思えない
一、秋篠宮の赤子時代が巨大 新生児のサイズではないから、やはり早めに生まれていた?
一、 陛下とお遊戯している妊娠9ヶ月のお腹や細いハイヒールがおかしい。むしろ「産後の体形が戻る途中」と言われた方が納得出来る
一、 篠原常一郎氏のYouTubeの中で、美智子さまのお針子だった先生の弟子・ウミちゃんが、清子さまのぬるっとしたなで肩は母親と同じだと話していた。実母である可能性が高い
一、秋篠宮が某女優の子という噂があった。自身の不義を明仁さまにスライドさせ、浮気に泣くも健気に子育てした可哀想なアテクシ、にすり替えただけでは?
等々です。
想像というかほぼ妄想ですが、何でもありの現状を知ってしまうと、やはり胞状奇胎自体を私は疑わざるを得ません。
(YYさんより)
【YOUR VOICE】について
p style=”text-align: center;”>こちらは、普段ブログをお読みいただいている皆さまに、ご参加いただけるコーナーです。
皇位継承問題、現在の皇室典範、宮内庁はココがおかしい。そしてマスコミや週刊誌の適当な報道。
「もう黙ってはいられない」「私も言いたい」といった真剣な思いを、あなたも言葉にしてみませんか?
【ご協力をお願いしたいこと】
・メールで info@etcetera-japan.com へ。件名は「YOUR VOICE」でお願いいたします。
・簡単なタイトルもご準備ください。
・ご署名はお住まいの都道府県+イニシャルや仮名、またはSNSのアカウント名をご利用下さい。
・卑語の使用、デモやテロなどの危険な誘導、過激な表現はお断りいたします。
・弊ブログとは方向性が一致しない、男系男子論などの主張はお断りいたします。
・謝礼などはございませんが、どうぞご了承下さい。
たくさんの方のご参加をお待ちしております。
①「ご次男さんの誕生は 1965年11月30日以前で、10月の学習院運動会には既に産後回復期であった」とのご意見で、いくつかの疑問が解けた気がします。「美を追求」するご本人はウッカリ設定を忘れ、カメラの前に何としてもピンヒール姿で現れたかったのでしょう。
② なぜ、次男さんの生年月日を実際より遅く設定したのか、、、医師からの禁止期間を守らない、早すぎる時期の「問題含み」の妊娠だったため、誕生時期をできるだけ遅いものとし、ご自身の闇、お相手に関する疑惑に触れられたくなかったのでは?
③ 次男さんがご実子であれば、立派すぎるご長男・美しく聡明なお嫁さんへの嫉妬・劣等感から、自分によく似た次男を溺愛するのもサイコパスの一例として想像できる気がします。かなり後の子宮筋腫手術報道から分かる様に、子宮は温存なさっていましたし、先日、胞状奇胎後もご出産なさったお母様の事を投稿された方があり、次男さんは実子なのだと感じ始めました。
④ 次男さん誕生の時期に、妹・エミコさんが鬱になられた、という話を篠原さんのチャンネルで誰かが仰っていたのを記憶しています。自身の子供を、やむなく姉に渡した事からの鬱と、当時は理解していましたが、子供の生物学的父親が誰かを知っているゆえの鬱だったのかもしれない、と思うようになりました。
⑤ 人形を抱いた葉山行きの写真は 1966年6月21日撮影で、AIによれば、次男さんの最古の写真との事。しかし、通常の6ヵ月児の大きさより人形が小さく見えます。その大きさと子供の月月例(1966年11月30日誕生)を考え合わせると、「3月頃の撮影であれば合致」、とのご意見納得できます。
しかし、更に思うのは、彼女のフライング妊娠による次男さんは、実際は既に6~8カ月になっていて、もっと大きかったはずです。医師からの禁止期間を守らない奔放な女性、との印象を公に与えない為にも、この奇妙な公式写真を残す必要があったのではないか、と思われてきました・・・全て、国民を見下した、印象操作・・・操る妻は狡猾・高慢、操られる夫はフヌケ・・・これを、国民の象徴としなければならなかった我々の悲喜劇・・・今、何とかしなければなりません。
不義の子説はくすぶっていますが、当時でも血液型判定でわかる話で、どちらにせよ典範違反なので、皇族資格はないと断じられておしまいです。
見て子さんが怖れているのは、その後であり、最近の刑法判例の蓄積からも、受給資格のない人間が補助金や生活保護を申請受給すると詐欺罪に問われることがはっきりしてきたため、いまさら偽皇族であることを自白してもそのままでは終わらないと考えられるからでしょう。
偽皇族ならば不逮捕特権もなく、皇籍剥奪と同時に「ちょっと御同行願えますか」とそのまま東京地検行きにされかねないためで、本人もある時期からそれを自覚していたならば、違法性は免れません。
安西家からの闇養子でも皇族費の詐取になり、不義の子でも皇族費を騙し取ったと言われる可能性が高く、それこそ一家破滅します。出産演技が欺罔行為と認定され、またこれを黙認してきた宮内庁幹部たちも事情聴取の対象にはなります。
最近、羽毛田氏が、愛子さまを天皇に望む趣旨の発言をしたそうですが、そろそろ仲間割れが露骨に起き出してきたようです。
その頃子どもでしたが、地方小都市の床屋や医院の待合室でご婦人方が、開いた週刊誌を囲んで(待合室には女性週刊誌がつきものでした。)「ぶどうっ子」「いつの間にか」「変よねぇ」と言っていたのを鮮明に覚えています。あれはなんだったのかと。折々蘇る遠い記憶です。
秋篠宮さまの本当のご両親は、上皇后の妹さん夫婦だという説について、私もそうだと思っていました。
でも母親は、自分のお腹を痛めた我が子を、どんな理由があるにせよ姉夫婦に渡せるものだろうかと考えるようになりました。
妹さんご夫婦が大家族のように子沢山でもない限り(それでも簡単ではないでしょう)やはり不貞があったのかもしれません。不貞の子と知られてしまうより、ぶどうっ子で次の子どもが望めないので妹さん夫婦の子を引き取った、そう世間が思ってくれる方が、ご自身の名誉のためにも都合が良いでしょう。
一方、佳子さまが妹さんに似ている説がありますね。この事実が、もらいっ子説を後押ししている気もしますが、似ているとされる写真は、成年式以降のお化粧をするようになってからのものが多いような気がします。
幼少期は某男性シンガーソングライターにそっくりな腫れ目だったので、憧れのおばさまのお顔をお手本に、日々メイクの研究を続けた結果なのかあるいはお直しか、といったところでしょうか。
清子さんのぬるっとした撫で肩が母親と同じとは、お針子さんが見た貴重な意見ですね。お皿様による不義の実子として、ちゃぶ様はどうだったんでしょう?ちゃぶ様も別でよろしくやっていたのか、女帝に何をされようと従うだけの子分だったのでしょうか?