【Your voice】首相まで男系男子限定と 辻田真佐憲著『戦前の正体』には「君徳の結果の万世一系のはずが、その維持で暴政が」と
高市首相は3月16日の参院予算委員会で、「皇室典範は、皇位は皇統に属する男系男子がこれを継承すると定めてあるので、女性天皇は認められません」と答弁しました。ならば、皇室典範第9条は天皇及び皇族は養子をすることができないと規定されているのでこちらも認められないはずですが…。
安定的な皇位継承が危うい状況のなか、本来とても知能指数が高く、神話の世界や欠史八代を勉強し、理解されているはずの政治家、学識者が、頑なに「神武天皇の血統が2600年一度も変わること無く、男系男子により万世一系で継がれてきた」と主張する様子はじつに奇妙です。もしやその背景に何かあるのでは…とずっと疑問でした。
ある報道には、高市首相は幼い頃より元軍国少年の父親から繰り返し「教育勅語」を教えられていて、その全文を暗記し、楽しそうに声を合わせて唱える両親の姿が好きだったとありました。そうした中、辻田真佐憲の著書『戦前の正体』2023年5月出版を拝読し、とても合点がいきました。重要と思われる部分を抜粋で紹介させていただきます。
教育勅語「朕惟ふに我が皇祖皇宗国を肇むること宏遠に徳を樹つること深厚なり。我が臣民克く忠に克く孝に億兆心を一にして世世厥の美を済せるは此れ我が国体の清華にして…」この意味は、天皇の祖先、当代の天皇、臣民の祖先、当代の臣民の四者で構成される、忠と孝の価値観で固く結びつく。
忠とは君主にたいする臣民のまことであり、孝とは父にたいする子のまことである。
日本は忠孝がしっかりしているので万世一系が保たれているというのである。この万世一系が保たれていることを、教育勅語は「国体の清華」と呼ぶ。そして教育を行うにあたっても、この「国体の清華」に基づかなければならないという。
この教育勅語は、明治天皇より1890(明治23)年10月に下された教育の基本理念である。法制局長官の井上毅と枢密顧問官の元田永孚によって起草された。
教育勅語は敗戦後の1948年に衆議院で排除、参議院で失効確認の決議が行われた。にも関わらず、現在でも政治家のあいだから、その普遍性や復権を訴える声が絶えない。
2017年稲田朋美防衛相が国会質疑で「日本が道義国家を目指すべきである。親孝行ですとか友達を大切にするとか」をあげた。教育勅語については戦後の日本人に受け入れやすいよう、原義を歪めた「国民道徳協会訳文」が出回った。
稲田のいう「道義国家」の表現もここに出てくるので、これを参照した可能性が高い。教育勅語を現代風にアレンジすれば道徳の授業などに使える分野が十分あると部分的肯定論は、首相経験者だけでも、吉田茂、池田勇人、田中角栄、中曽根康弘、森喜朗、麻生太郎などによって繰り返し述べられている。
【教育勅語は神話から…?】
日本書紀に出てくる神話の世界は、天上の神アマテラスが子のオシホミミを地上に降臨させようとしたが、土着の神々が荒ぶって果たせなかった。
そこでアマテラスは地上の神のリーダーオオクニヌシに使者を送り、地上の支配権を譲るよう迫ったが、使者が懐柔されるなどして埒が明かず、二つの武神を送り込む強硬策に出た。
オオクニヌシはこれに折れて支配権の委譲に同意し、自らは霊界に隠退した。このオオクニヌシを祀るのが出雲大社。以上を国譲りという。地上を支配下に置いたアマテラスは、丁度オシホミミに子が生まれたので、孫のニニギを地上に送り込んだ。
アマテラスの孫の降臨なので天孫降臨という。降臨の際、ニニギに与えたのが三種の神器と三つの神勅(アマテラスのおことば)だった。
一つは「天壌無窮の神勅」地上はアマテラスの子孫が天地と窮まり無く永遠に統治すべきだと述べたもの。教育勅語に出てくる「天壌無窮の皇運」の由来はこれにあたる。二つは「宝鏡奉斎の神勅」八咫鏡をわたし(アマテラス)だと思って一緒に過ごし大事にせよ。三つは「斎庭稲穂の神勅」わたし(アマテラス)が高天原で作った神聖な田の稲穂を授けよう、と述べたもの。
このニニギの曽孫がのちの神武天皇となる。日本書紀(海外向け)、古事記(日本人向け)は同じ神話なのに内容が何パターンもあるが、古事記では天孫降臨を命ずる神勅はあるものの、皇位の永続を保証するような文言は出てこない。
教育勅語の冒頭「朕惟ふに我が皇祖皇宗、国を肇むること宏遠に、徳を樹つること深厚なり」は、アマテラスが定めた忠孝の道を、神武天皇以下歴代の天皇が守ってきたいう含意があると考えることから、「皇祖」をアマテラスだとする解釈もあるが、起草者の井上毅はこれを神武天皇だとしている。
こうして明治憲法第一条は「日本帝国は万世一系の天皇之を統治す」及び明治の皇室典範では、皇位は「祖宗の皇統にして男系の男子」と定められた。政治団体嚶鳴社の意見も引き合いに出しながら。
敗戦後の日本国憲法第一条は「天皇は日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であって、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基づく」と改められたが、新皇室典範は旧皇室典範の男系男子…を残したまま引き継がれた。
以上、要所部分のご紹介でした。
「万世一系」をアマテラスの神勅として絶対的に神話を利用し、明治の大日本帝国の国策のために、神話から教育勅語を起草し、天皇を国体とし、戦後の令和になっても、神武天皇から確実に変わること無く男系の皇統が続いて来たかのように主張していますが、そうでは無いことが確認出来ました。
戦前の人々は神話を虚構と知りつつ受け入れていたようですし、側室制度のおかげで男子に恵まれたわけですが、時代の流れと共に一夫一婦制の民主国家の今、科学的に男子を設けて国民を欺いたり、21世孫以上の一般国民を皇族にしたり…と何を持って混乱しているのか疑問です。
アマテラスは孫が地上に降臨の際、与えた三種の神器を「わたしだと思って一緒に過ごし大事にせよ、アマテラスの子孫が永遠に統治せよ」との神勅で、男系男子が統治せよといった言葉はそこにはありません。
皇室典範に「男系男子が継承」と明記されたのは、いまからわずか137年前という明治22年(1889年)でした。伊藤博文内閣で法制局長官を務めていた井上毅の独特の男尊女卑思考、そして軍の統治に皇族が関わるため統帥権は男の天皇が持たなければ、といった時代背景があってのことです。
もし傍系宮家や旧宮家の強行策に出ようものなら、アマテラスも天上からお怒りで、武神を地上に遣わせ何らかの強硬策を取られるかも知れません。この本の著者は、「君徳の結果の万世一系だったはずなのに、万世一系を維持するために暴政が行われるという逆転が生ずるのである」としています。
※書籍の要所部分を添付したかったのですが、著作権上、転載などは禁止となっておりました。
(メールで:関西在住Cさんより)