【YOUR VOICE】大木賢一氏の著書 平成四人組アゲにも「愛子様が上皇夫妻に会いに行かない」報道の真実は教えてくれた
※ こちらはブログ記事、悠仁さまスキー写真合成疑惑に思う なぜ「赤城高原SA上り」とわかる写真だけはボカさないの?に対し、読者様から寄せられたコメントです。
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昨日アマゾンで購入した大木賢一氏の『「平成の天皇家」と「令和の天皇家」二つの家族はなぜ衝突したのか』が届き読んでいるところです。
読んでいると、リアルタイムを生きてきた私はとても苦しくなり一気にはとても読めず、少しずつ読み進めているところです。
しかも、はじめは最初から読んでおりましたが、耐えられずにあとがきまで飛び、その後眞子さんの結婚あたりの話、と飛び飛び読んでいます。
私は漠然と大木賢一さんという方は好印象をずっと持っておりました。でも、これを読んで疑問が湧きました。
片方を上げて片方を下げる、というやり方はマスコミのやり方だそうですが、理由もなく今上ご一家を下げる必要があったのでしょうか? それをマスコミがやったおかげで、雅子様のご病気が進んだという考えにいたりませんか?
今は秋篠一家が下げられているが、また天皇家が下げられるという不安をお持ちではないのか、というような文章がありました。
ところが、あの皇太子ご一家へのバッシングはバックに平成の天皇フーフがいて、それを忠実に守った長官とそれにのったマスコミや著名人がいて、私達国民は「天皇皇后が嘘をつくわけはない。いじめなどするわけがない」とその構図が理解できぬ状況での、皇太子ご一家へのバッシングだったと記憶しています。
もう全てが明るみになった今では、平成の天皇皇后や秋篠一家のイメージが上がるなどあり得ない話です。
しかもここに来てキコサンの弟の詐欺事件。こう何度も繰り返されますと、こんなヒトの姉が国母? ショラテンの母? が一層強くなりますから、プライドがお有りなら、体調不良を理由に一家で離脱するのが平和的解決かと思います。
今まできちんとそれら詐欺被害に対応してこなかったせいで、ヒサヒトサンの成年の儀式にキコサンの弟は皇居に入ってしまいました。これはとても大きな問題です。それと犯罪者の姉を天皇誕生日の一般参賀になど出してはいけません。
本の内容に戻ります。あとがきで、大木賢一氏は雅子様の遅刻癖に言及しました。私はこれについては、出かけようとするとミチコサンの横槍がはいる、という噂に納得の立場をとっているので、よくも理由もわからずにこれに触れてほしくはない、と思いました。
それでは女性週刊誌の提灯記事と同じではありませんか? はっきりとしたウラがあっての言及でしょうか?
だたひとつ。長官が皇太子に苦言を呈された事、愛子様がなかなか上皇夫妻に会いに来ないといった報道に関しては、平成の天皇フーフに「言わさせられた」と今回はっきりしました。この事だけは良かったと思います。
(コメント欄:福島Sさんより)
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>噂によると・・・愛子さまは16歳になったら皇室から出られるんですからね(出ておしまいなさい)、ということを、おばあさまより聞かされていた、というのです。<
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これでは寄り付かなくなるでしょ!
>国民が知らない?ことと、愛子さまの作文。
2021-11-03 Ameba
上記文言で検索を、、
>以下は、愛子さまがなんとまだ8歳のときに書いた作文です。学習院初等科のとき、母の日のために「カーネーション」という詩集が作られたそうで、そこに載っていた愛子さまの作文です。
「おかあさま」
敬宮愛子
生まれたとき 私を抱きしめてくれたお母さまへ
私は8歳になりました 16歳まで半分になりました
生まれたときのことは おぼえていないけれど
お母さまとお父さまに出会うまで
おじいさま おばあさま ひいおじいさま ひいおばあさま 誰か一人でもいなければ 私は生まれませんでした
そう考えると いのちを繋げてくれたすべての人に『感謝』を伝えたくなりました
これから大人になっていくまで 雨の日も 雪の日も 曇りの日もあるでしょう
でも きっと お母さまと いつも一緒です
いつだったか 『ママ』ではなく 『お母さま』と呼ぶようになりました
ふと見ると お母さまはすこしさみしそうでした
たくさん泣いて 文句を言って お母さまを困らせたことや
『ごめんなさい』が素直に言えなかったこともありました
だけど いつもそばにいてくれた お母さま
怒った顔も 笑っている顔も 泣いている顔も
どんなお母さまも 大好きだから
私は お母さまが 私のお母さまで ほんとうによかったと思います
だから 見えない旅路も いつも そのままのお母さまを 見守りたいと思います
だけど いつかはきっと離れていく日が来るでしょう
だから おかあさま 産んでくれてありがとう 出会ってくれてありがとう 育ててくれてありがとう
そして 愛してくれて ありがとう
私は お母さまとお父さまの子供に生まれ 世界で一ばん幸せです
敬宮愛子
・・・・・・・・・・
・・・・・・だめだ・・・・アカン・・・・・もう、何度読んでも泣けてくる・・・・・・
こんなにけなげで美しく、愛と感謝にあふれた作文を読めるなんて・・・・感動です。感謝です。そして、こんなふうな美しい心を持った方が天皇家のご長女であられること・・・・一国民として、感謝しかありませんし、まぶしくてたまりません。
(詳しくは本文で)
元凶のところに誰が可愛い我が子を行かせたいものか?
だから、黙っていなければわからなかった平成組のやりようが今になって明らかになってきていると思う。
紀子さんは良くお子さんを連れて平成夫妻のもとへ行っていたらしいですが。
いつからか返答は全て紀子さんがなさり悠仁君はしゃべらなかったそう。
何かしら隠したい事があったんだと見えてくる。
このような関係で、散策の際にお祖父様から帝王教育を受けたとは成り立たなくなりましたよ。
紀子さん辻褄が合っていないのに理解していないんですね。
国民が知らない?ことと、愛子さまの作文。
2021-11-03 Ameba
上記文言で検索を、、
>以下は、愛子さまがなんとまだ8歳のときに書いた作文です。学習院初等科のとき、母の日のために「カーネーション」という詩集が作られたそうで、そこに載っていた愛子さまの作文です。
「おかあさま」
敬宮愛子
生まれたとき 私を抱きしめてくれたお母さまへ
私は8歳になりました 16歳まで半分になりました
生まれたときのことは おぼえていないけれど
お母さまとお父さまに出会うまで
おじいさま おばあさま ひいおじいさま ひいおばあさま 誰か一人でもいなければ 私は生まれませんでした
そう考えると いのちを繋げてくれたすべての人に『感謝』を伝えたくなりました
これから大人になっていくまで 雨の日も 雪の日も 曇りの日もあるでしょう
でも きっと お母さまと いつも一緒です
いつだったか 『ママ』ではなく 『お母さま』と呼ぶようになりました
ふと見ると お母さまはすこしさみしそうでした
たくさん泣いて 文句を言って お母さまを困らせたことや
『ごめんなさい』が素直に言えなかったこともありました
だけど いつもそばにいてくれた お母さま
怒った顔も 笑っている顔も 泣いている顔も
どんなお母さまも 大好きだから
私は お母さまが 私のお母さまで ほんとうによかったと思います
だから 見えない旅路も いつも そのままのお母さまを 見守りたいと思います
だけど いつかはきっと離れていく日が来るでしょう
だから おかあさま 産んでくれてありがとう 出会ってくれてありがとう 育ててくれてありがとう
そして 愛してくれて ありがとう
私は お母さまとお父さまの子供に生まれ 世界で一ばん幸せです
敬宮愛子
・・・・・・・・・・
・・・・・・だめだ・・・・アカン・・・・・もう、何度読んでも泣けてくる・・・・・・
こんなにけなげで美しく、愛と感謝にあふれた作文を読めるなんて・・・・感動です。感謝です。そして、こんなふうな美しい心を持った方が天皇家のご長女であられること・・・・一国民として、感謝しかありませんし、まぶしくてたまりません。
(詳しくは本文で)
>どういうことか?
噂によると・・・愛子さまは、16歳になったら皇室から出られるんですからね(出ておしまいなさい)、ということを、おばあさまより聞かされていた、というのです。
同じ本を私も読みました。そして、感想を持ったポイントがSさんと同じでした。
まず、秋篠家へのバッシングがいつか天皇家に向けられるのではないかという点。
平成の時代の天皇家へのそれは誰かが意図的にマスコミや宮内庁にやらせたことで、自ら批判のタネばかりを蒔いている秋篠家とは全く違います。
次に、雅子様の遅刻についてもSさんが書かれているような話もありますし、あれだけ責任感が強い雅子さまの性格を考えれば、不本意な理由がある可能性もあります。
それから、あの本には敬宮さまについてはそれほど多く書かれていませんが、令和の天皇家において敬宮さまの存在は想像以上に大きいと思います。敬宮さまについては手漉き和紙体験をされた際のエピソードが紹介されていましたが、記述のとおりその時の対応もご立派でした。
また、被災地でボランティアの学生から「自分たちは被災者の役に立っているのだろうか?」との質問があった際、「そう考える事自体が思いやりの証です」とお答えになったという話。学生が感激して「マジッすか?」と思わず口に出すと「マジでございます」と笑って答えられたそうです。
そのようなことは、普段から考えていないと質問されて咄嗟には出てくるものではありません。万博で夢は「世界平和」とお書きになるなど、お若いのに頭が下がります。
敬宮さまはいつも自然体で、お詠みになる和歌なども等身大でありながら、その年代の人にしか詠めない内容で溢れています。背伸びしなくてもこれまで培ってきた知性や良識、品格など、天皇家の内親王としての自覚がにじみ出ているようです。
両陛下とご一緒の公務で先に車から降りられた愛子さまが、ご両親である両陛下に丁寧にお辞儀をされるご様子に国民は胸を打たれます。あれこそ伝統を重んじるということなのだと。
ネット記事のコメントなどで「愛子さま人気」という言葉を見かけることがありますが、つまり天皇は人気で決めるものではないと言いたいようです。でも、単なる人気の二文字では言い表せないそれこそ敬愛の念を抱かせる内親王なのです。
いずれにしても、あの本ははっきりと書かれている部分もありますが、私にとってはもどかしさを感じる事も多かったです。
苛めておいて「会いに来ない」もないものです。( `д´)
敬宮愛子さまが8歳の時に書かれたお母さまの作文は真実でしょう。
子供は親の顔をよく見ています。だから、隠していても悲しい顔をされてた雅子さまをご存じだったのでしょう。
それでも、天皇ご一家は何も仰らなかったですよね。隠されてたとはいえその事を知らなかった事を謝りたい気持ちです。
読んでみたい気持ちもあります。でも、福島Sさんが辛くなられたと聞くと躊躇する気持ちもあります。
頭から煙?湯気?が出るほど怒るかもしれない? 少し考えてみます。
サムネイルの写真は平成の闇を象徴する写真としてピューリッツァー賞をに相応しいと思います。
時が来ましたら是非お願い致します。