【YOUR VOICE】娘の皇室入りを成功させた川嶋辰彦氏、同じ手法を小室圭氏にも感じる 皇族の弱みを知り証拠を握れば…?

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※ こちらはブログ記事、米国で講師経験1年の川嶋辰彦氏、学習院でいきなり助教授に? 大学が「その他」に明記しなかった活動も謎に対し、読者様から寄せられたコメントです。

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今現在の皇室の負の部分は、前天皇夫妻の対応の不味さが響いてるからなのだなと改めて強く感じましたよ。

礼宮が皇室離脱したいと騒ぎ出した時点で手切れ金を持たせて離脱させれば良かったのです。さすれば男系のみの皇位継承を考え直す機運が当時から高まっていたと思います。まぁ間違いの大元は前天皇の婚姻時から始まっていたと言えるのですが。。

川嶋辰彦氏は娘を皇室に送り込むことに成功しましたが、そもそもの目的は皇族の弱みや秘密を握ることだったのではないかと思ってます。弱みや秘密を握ってもちろん証拠も握って。

周りが気づいた時には脅しに屈することしかできなかった。そして歳月が流れ、小室圭さんも全く同じ手法で皇室に食い込んだと見ます。紀子さんも実の子を道具のようにしか利用しないけど、それは父親から学んだものですもんね。

川嶋氏がまともな研究者でないのは、学習院の学長選に出て見事にコケたことでも証明されています。あの時は学習院の良識を感じました。

それにいくら皇室ゆかりの学校だと言っても独立した宮内庁とは全く別の組織ですからね。にしてもエトセトラに集まる方々の、ほんの小さな綻びも見逃さない考察にはいつもながら感服しております。

私も何も資料など持ってはいませんが、少しでも「あれ?」と感じたことを見つけたらご報告させて下さい。

ネット時代になりボロが出てき易くなりましたが、敵も察知したらすぐに削除したりアクセス不能にしたり、卑怯な手を使ってきます。

案外、アナログなものにも何らかの綻びがあるかもしれないと思って見直すようにしたいと思います。(普通に出版されたありふれたものしか持ってませんが)個人が紙ベースで持ってるものは向こうもどうしようも出来ませんからね。

 

《紙ベースに残されてるもの》

両陛下ご成婚時に出された『永久保存版 皇太子さま 雅子さま』(別冊女性セブン)

最後の方にどうでもいいミテコさんページが少し。その中に当時、他の妃殿下候補の方々の紹介ページがあって驚きましたよ。(もちろん写真付き)

個人情報やかましく言われる今では考えられませんね。せっかくなのでここに記しておきます。(皇太子殿下とは現・上皇さまのこと)

渋沢順子さん(皇太子殿下の4才年下 学習院 バスケット選手として人気をあつめていた)

徳川三千子さん(母 正子さんは秩父宮妃殿下の妹 学習院では皇太子殿下の3年後輩で朗らかな明るい性格と紹介されている)

徳川博子さん(三千子さんの2才下の妹 温和な性格)

久邇通子さん(皇太子殿下とは幼稚園以来の同級生 いとこ同士 文化祭等で活躍する女性だったという)

久邇英子さん(通子さんの4才下の妹 無口で温和な性格だと紹介されている)

島津純子さん(昭和12年4月生まれ 元華族 島津忠承日赤社長(当時)の長女 学習院から聖心女子大学英文科へと進んだ)

北白川肇子さん(昭和14年11月生まれ 11歳の時から『候補』として浮上していたといわれる。元皇族として毎年元旦には皇居で両陛下や皇太子殿下に御挨拶する機会を持っていた。学習院に在学 初等科以来、成績も学年で1、2を争うほど優秀 スポーツもバレーボール、アイススケート、スキー等が得意で明朗、お茶目な性格と紹介されている)

松平之子さん(ミス学習院との噂が高かった女性 皇太子殿下の1才年下)

南部淑子さん(しっかりとした性格と評判の女性だった 皇太子殿下の4才年下 学習院)

徳川文子さん(皇太子殿下より2才年下 趣味は読書、ピアノ、日本画 学習院初等科以来 大学まで常に成績は1、2を争う才媛だった)

鷹司国子さん(父が元男爵 早くからお話があってもお断りするとの姿勢だった 皇太子殿下の5才年下 姉尚子さんも候補にあがってた)

伏見章子さん(昭和9年2月生まれ 学習院高等科では女子馬術部キャプテン 男子馬術部キャプテンの皇太子殿下とは一緒に練習する機会も多く、その後同窓会で出会うチャンスもあった。結婚し草刈姓に 皇太子妃候補とされた草刈智子さんの母)

あー、この中の誰かから選ばれていたら良かったのに。。

(コメント欄:よつばさんより)



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3件のコメント

  • 今は亡き学習院の篠澤教授が、川辰さんのことを「厩務員だった頃から女性にマメ」と嫌っておられたそうです。

    逆を申せば、川辰さんは女性を惹き付ける才をお持ちなのでしょう。お金も地位もないけれど人気のホスト、的なものがあったのではないかと私は想像します。

    マメで甲斐甲斐しく女心につけ込み、「あなたにけ」と思わせる何か。

    私は、美智子さまも川辰さんに魅せられたお1人かと邪推しています。 “紀子ちゃん” が入内される前から、学習院の馬場で川辰さんは親密に話されていたとか。

    “紀子ちゃん”が皇室に御輿入れしてから、美智子さまは深夜にまで及ぶカラオケに興じ、川辰さんをしょっちゅう招いたという話をどこかで読んだ記憶があります。話がとてもお上手ですから、きっと「あなたほどの人はいない、素晴らしい歌声だ」と称賛なさって、気分よくさせたのでしょう。

    高尚なハープやピアノを弾く真似をして気取ってみても、実際の美智子さまはカラオケが大好きで、皇居の中に一大ステージを作ったという話もあるようです(そういうことをお許しになった上皇も情けないことこの上なし)。

    女の扱いが上手な川辰さんに、もしも美智子さまが魅了されていなければ、昭和天皇や周囲の大反対に抗ってまで、 “紀子ちゃん” の喪中婚約など実現し得なかったのではないでしょうか。

    川辰さんが仮に工作員だったとして、紀子さんの司令塔だったと思っておられる方は多いですが、川島家が美智子さまの司令塔にもなっていたとしたら、川辰さんは大成功、他方の日本とご皇室にとっては大失敗でした。

    篠澤教授ご夫妻に、その後ふりかかったご災厄は旧知の通りです。

    小室さん騒動の時も川辰さんはご存命でした。なぜこの結婚が反対されるのか、さっぱり理解できないとおっしゃったとか。裁可されたあと美智子さんに迷いが出ないよう、国民や小和田さんご一家を仮想敵に刷り込むべく、洗脳に励まれたのではないでしょうか。

    もしも和代さんも「工作員」であって「お母さん」ではなかったのだとしたら、紀子さんはパッチワークで “手の技” を披露したり、ジャムや栗ご飯やポテトサラダを手作りする家庭的なお母さんに憧れていらしたかもしれませんね。

  • 文仁さんが非皇族の可能性を疑われているようでは、名家との縁談など全く期待できませんよね。

    問題の根っこはやはり「アーヤ非皇族問題」にあり、その弱点を学習院にいるうちに聞き及んだカワタツが、よからぬ企みを行い、まんまと成功したのが、今日まで続く平成第一のスキャンダルになった原因とみるべきです。

    カワタツは学費半額の職員割引を悪用し、自分の子供らを学習院に入れました。学習院でも成績最下位だったアーヤを娘を使って誑かし、職員住宅を○○○代わりに放課後長時間二人きりにさせていたという話があります。

    異性交遊の場に解放するなど、皇族を出迎えるに、小汚い家の中をそのまま見せるなど普通は絶対にしないようなことを敢えて行い、抜け出せないようにしたうえで、「捕獲」することにしたのでしょう。

    喩えるならば、家の庭に遊びに来る野良猫の産んだ子猫を捕まえる方法ではありませんが、好奇心から餌に釣られて家のなかにおそるおそる入ってきた子猫が家に馴れたころに、さっとドアを閉めてしまい、以後絶対に外には出さず、そのまま捕らえるような方法です。

    ただそんな非常識なことを暫定皇族に対して仕掛けてまで、娘を皇室に嫁入りさせてはみたものの、子や孫の縁談には祟ることばかりで、それが長女が駆け落ちに終わった主原因でしょうか。

    皇室からの絶縁状という意味もあった、タイ王女との結婚をなさっていればよかったのに、カワタツの画策通りとなったばかりか、七代遡るべき家系調査を結婚差別だと言って止めさせる荒技を見せたのでした。

    このままでは、次女も、その下の多数の子たちも、名家との縁談など夢の又夢となりそうです。旧皇族が寄りつくこともないでしょう。

  • 北白川肇子様はその後元男系皇族に嫁がれませんでしたか?
    そのお孫様は現在もなお男系男子の継承が有るとの報道を見た記憶です。
    陛下ともご親交有るご家庭で敬宮様に合う年代の男子もお有りとも。
    佳子様にと狙われたようですがお逃げだったらしい報道も。佳子様よりもご親戚に恐れをなしそうです。

    この男子なら皇族として復帰、敬宮様のお相手にと望みます。
    お二人のお子は皇孫で2親等、
    男子なら3親等の悠仁様よりも皇位継承順位が上になられます。
    傍系の皇位継承は無理でしょう。

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