紀子さまのルーツの謎 鍵を握る母方祖父が署名した「杉本嘉助」の文字に強い違和感
先にこちらで、神奈川県在住Hさんからのメールを元に、『紀子さんは小学生のころ「日本語が全くできなかった」とある本に 母方の祖父・杉本嘉助氏のお声、どこかで聞いたような…?』という記事を出した。
記事のなかで、紀子さまの母方の祖父・杉本 嘉助さんと父・川嶋 辰彦氏、それぞれのお喋りを収めた動画をご案内してみたが、筆者はお二方の声や話し方がソックリで驚いてしまった。最後にそのことを書いてみたところ、Hさんから新たなメールを頂戴した。
さらに、ブログのコメント欄やXで貴重な情報を寄せて下さる「きさらぎ」さんからは、杉本氏の直筆の署名だという画像を紹介された。初めて拝見したが、それは本当に杉本氏が書いた文字なのだろうか。筆者のなかで、紀子さま、そして杉本夫妻に関する疑惑は深まるばかりだ。
◆川嶋辰彦氏が杉本氏を演じた疑惑
先の記事でもご案内してみたが、もう1度、今度は順番を換えて先にカワタツ氏のお声を、続いて嘉助氏のお声を、それぞれ15秒ほどずつご視聴いただきたい。(スタートは合わせてあります)
(父・辰彦氏)https://youtu.be/n6vKsHbBa_A?si=FA74r-uAU3_CLJkw&t=221
(祖父・嘉助氏)https://youtu.be/n6vKsHbBa_A?si=rmbL0Qw-8CvZzKyN&t=281
実はこれよりも前、祖母の栄子(さかえこ)さんはテレビカメラがマイクを向けた際、鼻の穴をいじりながらニヤニヤして背を向けてしまい、嘉助さんはステテコ姿であった。
こうした様子に危機感を覚えたであろう辰彦氏が、義父母にきちんとしたスーツを用意し、取材に応じるなら映像のみ、あるいは「声はアテレコ」で、と考えたとしても不思議はないと思う。
そして嘉助氏は、その取材においてきれいな日本語を披露した。これがちょっと不思議に思え、筆者は記事の最後に「カワタツ氏の実父が杉本嘉助氏を演じた可能性は?」と投げかけていた。
◆神奈川県在住Hさんより新しいメール
それを知った神奈川県在住Hさんから、さらにメールを頂戴した。
杉本嘉助さんのインタビュー動画拝見しました。確かに辰彦氏と声や話し方が似ていますね。しかし人物は嘉助氏で間違いないでしょう。こちらに杉本夫妻の写真があり、同じ人なので映像は嘉助さんだと思います。
http://retsugaiha.blog.fc2.com/blog-entry-2785.html
ただ、映像では嘉助さんは最初の一言「あの〜、小さい時にはですね」しか映ってなくて、声と口の動きが合ってないように見えます。声だけ音量が大きいですし、なんか不自然な感じはしました。
急遽、辰彦氏が実父にお願いして、「声」だけ使わせてもらった可能性あるかもですね。
なるほど、確かに映像は音声から微妙にずれ、しかもあッという間に別の映像へと切り替わってしまっている。
紀子さまの母・和代さんについて、日本語がお上手ではなさそうという意見は多いが、そうなると満州鉄道→平壌を経て静岡に暮らし、あん摩指圧師として働いておられたという祖父・杉本嘉助さんや妻の栄子さんが、どれほど日本語を話せたのかに話はさかのぼるのかもしれない。
◆深まる謎・杉本家の日常会話は日本語だったのか
幼い頃の紀子さまを、活発で物怖じしない性格だったと話した杉本嘉助氏。他方、小1の担任の先生によれば、紀子さまは日本語をまったく話せなかったとしている。
ちょっとおかしな日本語でも、帰国子女を理由に学校でも堂々としていられそうなものなのに、本当に不思議な話だ。祖父母とはいったい何語で会話していたのだろうか。
1つの可能性として、気が緩んだときにポロッと出てしまう言葉が「どこの国の言葉なのか」を先生に悟らせまいという警戒心が、幼い川島紀子さん(婚約内定で、なぜか宮内庁の計らいにより “川嶋” さんへ)を寡黙にさせていたのかもしれない。
そんななか、コメント欄でもおなじみの「きさらぎ(@kisaragi25jp)」さんが、Xでとても貴重な画像を紹介してくださった。
◆この文字、アノ世代の日本人男性のものだろうか
筆者のポストに対する「きさらぎ」さんの返信をご覧いただきたい。
杉本嘉助氏の署名と思われるものです。ご自分の名前だから書き慣れているはずなのに、何か違いませんか。 pic.twitter.com/lsHIUKr3ES
— きさらぎ (@kisaragi25jp) May 19, 2026
「嘉」ってこんな字だった…? 「助」の力という字に迷いがある…? もう、ツッコミどころが満載である。
◆日本人男性の書いた文字なのか

まず第一に、当時の日本人男性は万年筆の愛用者も多く、右上がりで角ばった力強い文字を書いていた印象がある。これは本当に嘉助氏の署名なのだろうか。
また「嘉」には、なぜか「艹(くさかんむり)」が含まれてしまっている。これは正しくは「䒑」で、実は冠ではなく「止」の省書であるため、下に突き抜けるのはおかしいそうだ。

そして、助の文字も、「且(しょ)」の下部が途中で切れてしまっている。この感じで「組」や「粗」を書くなら、どうなってしまうのだろうか。
ちょっと調べてみたところ、「素晴らしい」を意味する韓国語に「훌륭」という言葉があるそうだ。もしや「훌」は「嘉」や「喜」の擬態語だろうか。杉本氏の署名のうち上部の「吉」がとても小さいのは、「훌」を基本としているからだろうか。
そして今回、改めて動画を何度も聞き返してみた。
その結果、杉本嘉助氏のインタビュー映像の「声優」は、実はカワタツ氏ではないかという疑問を抱き始めた。少し年寄っぽい声を出して録音し、テレビ局にそれを使用させたのではないだろうか、と。
(朝比奈ゆかり/エトセトラ)
画像および参考:
・『YouTube』川嶋家の子育て1/2 母和代さんから紀子様へ tw0ku
・『エトセトラ・ジャパン』紀子さんは小学生のころ「日本語が全くできなかった」とある本に 母方・祖父のお声、どこかで聞いたような…?
嘉助氏については、伊豆半島の土肥近郊の山中にあった宇久須明礬鉱山で昭和20年に「杉本嘉助」名で「勤労課長」をしていたとの資料があります。当時、航空機製造に欠かせないアルミの原料として、明礬石が注目され、戦時国策として急遽開発が進んでいた鉱山でした。
「宇久須鉱業㈱は田方郡土肥町におかれ、東京支社と宇久須鉱山を持ち、宇久須村の深田の鉱区を中心としていた」「宇久須鉱山へは六〇〇人ほどの朝鮮人が強制連行された」とされ、「強制」だったか否かについては議論があるものの、引用を続けると、
「宇久須鉱山で労務係をしていた山田憲一さん(一九一六年生)の話をまとめてみよう。
日本人は七〇人ほどだった。事務所に一五~六人、山の現場事務所(見張)に五人、日本労働者は五〇人余りだった。朝鮮人二〇〇人、中国人二〇〇人ほどが働いていた。
労働は八時から一六時くらいまでであり、班長の日本人労務係が朝鮮人・中国人を宿舎に帰し、一七時に仕事を終了した。日本人職員が朝鮮人を私用に使い、六尺位の自分のための防空壕を掘らせたり、ビンタ(殴打)したりした。朝鮮人の飯場は掘立小屋風の小屋が四棟あった。」とかなり酷い扱いで、ここで見つかった幹部職員の名簿には「鉱山関係者(数字は就任~退任年月日)」に「勤労課長 杉本嘉助 一九四五・五・一 ~ 一一・三〇」が登場してくる。
「戦後の報告のなかには、鉱山からの逃亡者のうち、土肥の警防団に捕えられた一人はトビロであばら骨を打たれ、鉱山に帰り死亡したとするものもある」と鉱山のタコ部屋から逃げようとすると、死のリンチが加えられていたこともわかり(戦前は決して珍しい話ではなかった)、そのような鉱山で終戦間際に勤務していたとなると、困難な労務人権問題があったのではないか、と思案される状況もわかる。
脱走した朝鮮人労務者がリンチで死亡したとなれば、本来殺人事件でもあるわけで、戦後のサスペンス小説の伏線によく出てくるような、過去の殺人事件からの脅迫状が順風満帆な主人公を狂わせてゆくストーリーを連想させられるような生々しさでもある。
資料では、中国からの強制連行者は戦後、丁重に故国へ送還したもようであるが、朝鮮からの労務者については行方が知れない。他の事例から推察するに、かなりが日本に残留した可能性があり、同じ静岡県内であること、紀子生家のあった場所周辺は朝鮮人が多数高密度で暮らしている場所でもあることから、鉱山勤務時代から続く朝鮮人との仕事上の関わりも考えられる。
婚約報道時点では、まだこの鉱山跡調査は終わっていなかったものとみえ、有耶無耶になったままだが、昭和20年夏、嘉助氏一家は本当に大陸を点々と逃げ回っていたのか、それともこの資料にあるように、終戦になる前に帰国し、土肥近郊の宇久須明礬鉱山で強制連行者を束ねる勤労課長をやっていたのか、依然謎は残ったままかといえます。宇久須で勤務していた場合、部落研究者として名をはせていた辰彦氏にとって、義父の強制連行との関わりは出来れば伏せておきたかった話ではないでしょうか。
昨年8月、日テレ系が静岡ローカル枠で同じく土肥近郊にあった、戦線鉱業の仁科明礬鉱山で起きた、中国人労務者への交番で起きたリンチを目撃した日本人元少年の話などを特集。
https://news.ntv.co.jp/n/sdt/category/society/sdbf94abc8e1bb4e46966b2c8e743034a4
地元の小学生に紙芝居として見せた様子や鉱山跡に建つ中国人鎮魂碑を取材しています。
「嘉助」の異字体を調べますと、必ずしも間違いではなさそうです。
「嘉」について
https://kanji.jitenon.jp/kanjie/2205
ページ左側に漢字が大きく表示されています。
「教科書体」と「楷書・行書」のボタンを押し、比較してみてください。
https://lumiere8.com/pages/old-character?srsltid=AfmBOop5tJ1ku36Qb_L-WTXemiNtQmI07AR9L5QLBCDNo2p8eHOyFgKM
嘉Aから嘉I(アイ)まで9種あります。
加(カロ)が左右逆転している文字まであります。
「助」について
https://tool.mau2.com/ivs/ja/u/%E5%8A%A9
戦前は認められていた書体や書き順を、戦後教育では「子供たちが混乱する」という理由で教えませんが、漢字文化の中では「教科書体と異なるから間違い」ではない、という理解だそうです。
ちなみに、私の先祖の古い戸籍には、養子の「養」を、上下分解して左右に配置し、「羊良」(羊は下に突き抜けない)と書いてありました。
父:辰彦氏と、祖父:嘉助氏の話し方を聞いた感想です。
①辰彦氏は、サ行を強く発音する癖があります。
②嘉助氏は、やや、タ行に癖があります。歯が悪いのかもしれません。
イントネーションは癖がなく、ほとんど標準語なところに、むしろ若干の違和感があります。静岡では、単語の頭にアクセントがくる独特なものがありますので。
※参考までに「静岡県人のアクセント」
https://www.youtube.com/shorts/SkGTlOSkawg
動画の釣りの写真とか変な感じですね。
身体の周りとバックの風景が違っていて、紀子さんの脚が父親の脚の上に乗っかっている?
自転車の写真のバックは古い木造の建物で、浴衣の着付けも前が緩い?
皆、ピンボケ写真ばかり?
不思議な写真ばかりを撮って来ていますね。
家族の話し方は上皇、上皇后の話し方にソックリですね。
マネしている?
確かに紀子さんの父親と同じ様に聴こえますね。
動画で話す場面も隠されていて?
「存知ます」っていう言い方は、あまりしないような?
上流階級のような話し方で、圭さんがアナウンサー学校に入学したのも、こういった皇族が使うような丁寧な話し方を勉強するためだった?
昔の人なら書道を習っていて字もキレイなはずなのに、「杉」とかクセ字になっている?
女性が書いたような字体?
自分の名前を省略した字体で書くのも変ですよね。
正式な文章なのに?
間違えた?
良く出て来る紀子さんの字体にソックリ?
Hさんの卒業文集の字体も似ているし?
「嘉」という字は大正天皇を思わせる名前にした?
日本とは関係のない一家なのに、やたらと日本で有名なものと関係したがっていますよね。
紀子さんの学歴、小学校で「早稲田」とか有り得ない場所に住んでいますし、何でも自慢したいのが川島家ですね。
実力がないのに、全てが上流気質で、自慢して威張りたい民族なのでしょうか?
お昼の食事中に主人に、誰がどのシチュエーションで言った言葉かを言わないで「娘を〜する様に誘導して参った」とか言う?と聞きました。
私も自分の子供の性格からして、看護師や救急救命士とか警察官とかが合うのではないかと感じ、関心を持ってもらえるよう工夫しながら話をし、本人もよくよく考えてそちらに進んだということがありました。
でも「誘導する」なんて言葉、今日この記事に接するまで頭に浮かんだこともありません。
国語が苦手な理系の主人が、一生懸命言葉を選び出て来た答えが「何かに対してより強い意思があったんじゃないか」でした。凄い! 的を得ている!と思い、そこで誰が言った言葉か伝えました。
以前、子供にこの言葉使う?って話題になったと思うのですが、母親の和代さんが口にした「娘を規制をもって育ててきました」もおかしいです。
誘導する、規制する、こんな言葉自分の子供に使わないですよ。交通指導員じゃないのですから。
そしてこの「杉本嘉助」という文字。よく海外の方が習字の体験をして形だけをお手本で見て書いている映像を視ますが、そんな感じの文字ですね。しかも男性の書いた字には見えません。
何から何まで疑惑の家族。皇室に入り込むことだけを使命に繋がったヒトヒトにしかみえません。