紀子さまが幼児期に描かれた絵《その2》 米国では「白い画用紙」が手に入ったはず もしもトウモロコシ紙なら…
6月6日の記事『紀子さまが幼児期に描かれた絵にドキッとする 「これで6歳?」 そして独特の色使いはやはり…?』および、そちらに寄せられたたくさんの感想を一気にご紹介した【YOUR VOICE】『紀子さまの幼児期の絵に「これで6歳?」 首から下は一色のみ』 たくさんのコメントを一気にご紹介が、大きな反響をいただいている。
その絵は、なぜ私たちにさまざまな違和感をもたらしたのだろう。ある読者さまは「ダンボールに絵を描いていたとは…」と驚いたもようだが、その件でもう少し書きたいことがあったので、《その2》として記事の続編を書いてみることにした。
◆ダンボールの切れ端に見えたが…
「ダンボールの切れ端に絵を描いていたとは…」と驚いたようなコメントを寄せてくださった方があったが、情報を提供してくださった「きさらぎ」さんからのメールに添付されていた画像を、普通サイズで見たこともあり、筆者も最初は同じことを思った。
6歳の女の子はもっともっとお絵かきをしたいのに、ちゃんとした紙を与えられない暮らしだったのだろう。それでは絵を描く力も伸びなかったのだろうな、と紀子さまに少し同情もしてしまった。
ところが、である。すっかりダンボールの切れ端だと思っていた部分を拡大してみたところ、なんとスケッチブックからはがした1枚であることがわかった。

こんな紙のスケッチブックがあった…? ダンボールになるボール紙? いや、封筒や紙袋になるクラフト紙?
◆昭和47年の日本では
紀子さまが6歳のとき、日本は昭和47年(1972年)であった。当時、白い画用紙は普及していなかったのだろうか(まさか、まさか)。
そこで当時の「図画」や「画用紙」の事情を調べてみることにした。
まず、白い画用紙を使って自由に絵を描く「自由画」は、大正8年(1919年)に洋画家の山本鼎(やまもと かなえ)さんが「自由画教育」を提唱したことで全国の小学校が授業に導入。鉛筆、水彩絵の具のほか、クレヨン、クレパスが自由に使用されるようになり、厚手で質のよい「洋紙」でできた白い画用紙が使われ始めたそうだ。
文部省(当時)の「学習指導要領」で図画工作という授業が確立したのは昭和22年。中学校まで一貫の教育であったが、それが昭和26年になると小中学校に分けられたという。
昭和40年代、画用紙は主にマルマン、大王製紙、文運堂、協和紙工、沢井など製紙・文具メーカーが製造。背景に茶色の風合いが生きるとして人気のクラフト紙を使ったスケッチブックは、1990年代に登場したものだそうだ。
戦争のため、わら半紙しか流通しない時期もあったようだが、紀子さまが6歳だった昭和47年に影響は全くなかっただろう。
◆画家の祖母が紙を分けてくれなかったの?
幼い頃の紀子さまの面倒をよくみてくれたという、父方の祖母・川嶋紀子(かわしま いとこ)さん。
風景画を得意とし、「雲の画家」と呼ばれることもあったいとこさんは、かなり遅咲きではあるが、1992年に第17回新芸術展で文部大臣奨励賞を受賞。1994年および1995年にパリの「ヴィクトル・ユーゴー文学記念館を描く絵画コンクール」に入選していた。
紀子さまが6歳の時、いとこさんは65歳。スケッチブックと絵の具を手放さない人だったという話が本当なら、ご自宅に白い画用紙などいくらでもあったはず。暇なときは、可愛い孫たちに絵の手ほどきをしてあげたと思うのだが、そうではなかったのだろうか。
このたびの紀子さまの絵を拝見し、「白い画用紙を使わせてあげるでもなく、絵を描く楽しさを孫に教えてあげるでもなく、いとこさんが画家だったというのは本当だろうか」と、むしろそちらまで疑わしく思えてしまった。
◆本当にパートリッジ・コーチンの精巧な絵を描いたのか
絵がとても上手な人というのは、非常に幼い時に才能を開花させ、家族を驚かせているものである。
そう考えると、6歳でこのレベルであった紀子さまが、大人になってハサミさえまともに使えないなか、こんなにも上手に鶏の絵を描けるようになるものだろうか。上下で見比べてみていただきたい。


◆もしやトウモロコシ紙?
さて、筆者は紀子さまが使用した画用紙を、質感からトウモロコシ紙か何かではないかと想像している。
たとえば北朝鮮は経済制裁や生産能力の低下により、紙・文房具不足が漫然と起きているとのこと。一般人や子供たちが絵を描く紙は、トウモロコシの毛や藁などが原料の「トウモロコシ紙」が配給されるそうだ。
そして、日本で流通しているような高品質の「白い紙」は、国家の重要印刷物、例えば最高指導者(金日成・金正日・金正恩)の肖像画やプロパガンダポスターなどに使用されるという。
紀子さまが使用していたスケッチブックの画用紙が、白では「なかった」こと。これは本当に多くの情報を含んでいるのではないだろうか。
◆最も気になること
そしてコメント欄を拝見すると、幼い紀子さまや弟の舟さんが赤い服ばかり着ていることを、多くの読者様もやはり気にしておられるようだった。
産經新聞は2023年6月、『北朝鮮、子どもに忠誠要求 記念日に教育重視を強調』という記事を出した。画像は記事からのスクリーンショット。下の画像は拡大したものである。
北朝鮮の朝鮮労働党機関紙、労働新聞は6日の社説で、金正恩党総書記が「全てが不足し困難な中でも」学用品の確保を優先したとして子どもや教育を重視する政策を進めていると強調した。また、子どもたちは金正恩氏の「限りなく忠実な息子・娘として成長すべきである」として忠誠を求めた。
6日は北朝鮮の満13歳までの少年少女が全員加入するとされる「朝鮮少年団」の創立記念日に当たる。平壌の万景台革命学院では5日に、全国の少年団員がリレーで運んだ金正恩氏への「忠誠の手紙」を党幹部に伝達する贈呈集会が開かれた。
白いブラウスに赤いスカートの女の子たち。紀子さまも赤いスカートばかり穿いておられたように見える。

川島家は子供たちのファッションを通じて、祖国への忠誠心をアピールしておられたように感じるが、いかがであろうか。
そして一番気になるのは、やはり画用紙である。
1972年に紀子さまは米国にいたことになっているが、米国にもとっくの昔から白い画用紙があったはずだ。なぜトウモロコシ紙を思わせる質の悪い画用紙をご使用だったのだろう。
(朝比奈ゆかり/エトセトラ)
画像および参考:
・『産經新聞』北朝鮮、子どもに忠誠要求 記念日に教育重視を強調 2023/6/6

