「敬宮」という御称号 ── 制度の喪失と“名字化”報道が生んだ誤解の構造
~ こちらは、皇室かわら版チャンネル「もぐぞう」さんによるご寄稿です ~

近ごろSNSでは、「敬宮」という御称号に対する奇妙な反応が目立っています。
「応援隊が勝手につけた気持ち悪い呼び名」
「“敬宮愛子”は名字みたいでおかしい」
こうした投稿が同時期に複数見られたことも不自然でした。しかし、この反応を単なる“感情的批判”として片付けることはできません。
その背後には、
◉ 皇室の呼称体系に関する情報が失われつつあること
◉ 誤用が慣習化し、誤用の側が“正しいように見える”倒錯現象
が進行しています。
ここでは次の点を体系的に整理します。
◉ 御称号とは何か
◉ 誰が命名するのか
◉ 宮内庁はどう扱っているのか
◉ 皇室典範に載っていない理由
◉ なぜ近年誤解が急増したのか
◉ そして実際に誤用されているのは「敬宮」ではなく「秋篠宮◯◯」であること
1. 発端:「敬宮愛子さま呼びはおかしい」という奇妙な反応
近ごろ、X上で「敬宮」という言葉に対し、不自然なほど過敏な反応が目立つようになりました。
その象徴的な出来事が、今回私がXに投稿した次のポストをめぐる一連の反応でした。
「敬宮」は宮内庁が定める正式な御称号。それを“応援隊が勝手につけた”みたいに言い張る人がいて驚く。
事実を知らない人ほど、事実に強く反応する。正式名称まで“気持ち悪い”と言われる時代こそ、だいぶ危ない。
もう議論ではなく“感情戦”だよね。」
この投稿は「敬宮は応援の造語だ」という誤情報を見かけたことへの反論として書いたものです。ところが、この事実の指摘に対して、
◉「宮内庁は御称号を“決める”わけではない」
◉「敬宮は正式名称ではない」
◉「“敬宮愛子”呼びは気持ち悪い」
といった批判が相次ぎ、奇妙なほどの拒否反応が生まれました。
私は、こうした反応が単なる言葉の問題ではなく、皇室に関する知識の空白と、“情報戦”の一つの症状ではないかという危機感を強く抱きました。
そのため、この誤解がどこから生まれるのか、なぜ今このような反応が起きているのかを整理する必要性を感じ、自分のYouTubeチャンネル 「皇室トリビア探訪」 で、『御称号「敬宮」──静かな情報戦の核』という動画を急遽公開しました。
しかし、先述のポストのその後の反応を見て、やはり、制度と歴史を記述した“正式な形のまとめ”が必要だと考え、動画制作の前に、今回この記事を書くことにしました。
批判の核心は、「命名の主体(天皇)」と「運用・記録(宮内庁)」の区別が理解されていないことにあります。
そして、この混同こそが、敬宮と秋篠宮の呼称問題、あるいは宮家制度全体の誤解へとつながる“根”の部分です。
2.「御称号」とは何か──法ではなく“長期継続してきた皇室慣行”
今回の混乱の根本には、「制度」に対する誤った理解があります。誤解の根本には、「制度=法律に書いてあるもの」という一般化が横たわっています。しかし皇室の世界では、法律に書かれていないが制度化しているものが多数あります。
代表例として──
◉ 宮中祭祀
◉ 御印
◉ 養蚕
◉ 内廷費の細部運用
これらは皇室典範に明記されていませんが、皇室制度の中で確立した慣行です。御称号も同じく、皇族の出生時に付される伝統的呼称 であり、宮内庁が公的に記録してきた名称です。
3.「敬宮」は出生時に正式に授けられた御称号です

愛子内親王殿下は、生後七日目の「命名の儀」において、
◉ 御名:愛子
◉ 御称号:敬宮
を授けられました。
御称号は皇族個人に付される正式な呼称であり、俗称や応援団の造語ではありません。

4. ここで重要な前提──皇族には“名字がありません”
今回の議論の中で繰り返された誤解は、「敬宮愛子の呼び方は気持ち悪い」というもの。
これは皇室制度への理解不足です。
◉ 皇族には名字がない
◉ 皇族は氏(姓)に属さない
◉ 名前の前に置かれる語は「称号」であって「姓」ではない
したがって “名字っぽい” という批判は成立しません。むしろ、宮号(秋篠宮)を名字として誤用した「秋篠宮悠仁」こそ制度上ありえない誤記です。
5. 御称号は戦前から続く皇室呼称の伝統──曖昧な現代慣習ではない
典型的な誤解:
◉ 御称号という制度はない
◉ 現代では使われていない
◉ 応援隊の造語
これらは事実と異なります。
御称号は以下のように歴史的連続性を持ちます。
◉ 和宮親子内親王
◉ 常宮昌子内親王
◉ 清宮貴子内親王
◉ 敬宮愛子内親王
「○宮+御名」という形式は、明治以前から一貫して続く皇族呼称の伝統です。
6. 命名は誰が行うのか──“案の選定”と“裁可”の二層構造
誤解されやすい点ですが、命名は二段階です。
① 最終裁可:天皇陛下(命名の儀)
敬宮の命名に対する最終的な形式的裁可は、当時の天皇(現上皇陛下)によって行われました。
② 実質的選定:皇太子ご夫妻(ご両親)
実際の候補案を選ぶのは、これまでの慣行から見ても皇太子ご夫妻(今上陛下ご夫妻)です。
つまり、
◉ 案の選定=ご両親
◉ 最終決定=天皇(裁可)
という整理が最も自然です。
7.「宮内庁が定める」は「宮内庁が決めた」ではない。「宮内庁が運用する」が正しい
今回、最も強く批判されたポイントが、私のポストにあった「敬宮は宮内庁が定める正式な御称号」という表現でした。この「定める」という語が、“宮内庁が命名主体である”かのように受け取られたことが、誤解と反発を生んだ最大の要因です。
しかし、ここで明確にしておきたいのは、「宮内庁が定める(=記録として確定させる)」は、 「宮内庁が命名した」ではないという点です。日本語の「定める」は、文脈によって意味が変わり得る語ですが、皇室の文脈で使う場合、
◉ 天皇が命名し(命名の儀)
◉ 宮内庁が記録・公的文書・儀式・国際儀礼において呼称を運用する
という二層構造が前提になっています。
●命名の主体は天皇陛下
(敬宮の場合、平成天皇=上皇陛下のご裁可)
●「公的な扱い・呼称の統一」を担うのが宮内庁
(プロフィール、儀式次第、国際儀礼、文書記録など)
宮内庁の役割は、「授けられた御称号を、皇室の公的記録として位置づけること」であり、これは「定める(確定させる)」という日本語に対応します。
逆に、宮内庁が
◉ 新たに御称号を作ったり
◉ 名前を授けたり
◉ 呼称を勝手に変えたり
することはありません。
8. なぜ「敬宮」が“非公式のように見える”のか ── 広報の偏りがつくった情報空白
広報上の問題は、“皇室全体”ではなく、敬宮さまに限定して起きているという点が重要です。
戦後の広報慣行そのものが御称号排除を行ってきたわけではありません。実際、過去には「紀宮清子内親王」のように御称号が自然に使われてきました。
ところが、敬宮さまに関しては、御命名の儀で正式に授けられた御称号「敬宮」が、宮内庁広報でほとんど可視化されない状態になっています。
そしてこの傾向は、
◉ 悠仁さま誕生以降
◉ 皇位継承順位が変わったタイミング以降
特に強まった、という見方が皇室ウォッチャーの間では一般的です。
✔ つまり
「戦後の慣行で御称号が使われなくなった」のではなく、“敬宮さまに対してのみ”御称号が前面に出ない運用が続いている。
そのため、
◉ 一般人が御称号の存在を知らなくなる
◉ 「敬宮」で検索しても情報が極端に少ない
◉ Wikipediaの記述が揺れ動く
◉ AI検索が認識できなくなる
◉ 「応援隊が勝手につけた造語」という誤解が拡散する
といった“情報空白”が発生することになります。
制度の問題ではなく、特定の皇族に対してのみ広報運用が偏った結果、情報が劣化したというのが正確な構図です。
9. 宮号は“名字ではない”──秋篠宮家の例で理解できる
宮号は親王個人に付される称号であり、家族全員の共通名称ではありません。
✔ 正しい用法
◉ 秋篠宮家の◯◯さま
◉ 秋篠宮文仁親王殿下
❌ 誤用
◉ 秋篠宮紀子
◉ 秋篠宮佳子
◉ 秋篠宮悠仁
さらに、
◉ 宮号は継承されない
◉ 宮家当主と宮号は別概念
近年の三笠宮家を彬子女王殿下が当主として継がれた例は、その典型です。

10. 最も倒錯した現象 ── “敬宮は変だ”と言う人が、制度上存在しない「秋篠宮悠仁」を使っている
比較すれば一目瞭然です。
✔ 正しい用法
◉ 敬宮愛子内親王(御称号+御名という伝統的形式)
❌ 誤用
◉ 秋篠宮悠仁(宮号を名字化した誤記)
本来逆であるのに、誤用のほうが“自然”に見えてしまっていることこそ、今回の問題の核心です。
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11. 皇室典範第一条の問題──制度不全が誤用と誤解を生む土台になっている
皇室典範第一条は、継承を「男系男子」に限定しています。この条文のために:
◉ 皇位継承順位
◉ 呼称制度
◉ 皇族数の減少
◉ 宮家制度の矛盾
あらゆる制度理解が歪んだ解釈を生む土壌になっています。
今回の「敬宮」誤解問題も、背景には 制度そのものが国民の生活実感と離れすぎている ことがあります。第一条を改正するだけで、呼称・家制度・継承の整合性も大きく改善します。
12. 結語:誤っているのは「敬宮」ではなく、失われた知識と報道の側
今回の騒動は、「敬宮」が異質だから起きたのではありません。
✔ 敬宮=正式な呼称の伝統
✔ 皇族には名字がない
✔ 宮号は家共有ではない
✔ 秋篠宮◯◯=制度上ありえない誤用
✔ 宮内庁や報道機関などが「愛子さま」を使い続けたため一般認識が崩れた
つまり、消された情報と、誤った報道の積み重ねによる“集団的誤認”が原因なのです。
「敬宮」は、皇室の命名慣行、命名の儀の裁可、宮内庁が記録として扱う公的呼称、そして歴史的連続性によって裏付けられています。誤っているのは、宮号を名字化した「秋篠宮悠仁」の方です。
この一点を押さえることで、今回の混乱の全体像が初めて見えてきます。
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最後に、この問題の整理と発信の機会をお与えくださったエトセトラ・ジャパン様、また検証のための重要な資料をご提供くださったコードネーム356様に、深く感謝申し上げます。
ー 皇室かわら版 もぐぞう