【YOUR VOICE】「現行憲法はGHQに押し付けられた」は誤り 文部省は昭和22年に「日本国民ぜんたいの意見でつくった」と解説
地震に備えて急に思い立ち、書棚をほんの少し整理していましたら、始めてすぐに手元に落ちてきたのが、小冊子『あたらしい憲法のはなし』でした。
昭和22年に文部省(現・文科省)が発行したもので、私が買ったのではありません。先代の誰かだと思います。


落ちてきた先をみると、戦前の古い新約聖書と般若心経(これは新しそう)、なぜか岩波文庫版のこれも戦前発行の万葉集もあり、全く不思議の念に打たれました。
さて、こちらのページには、国民一人ひとりに大事な権利がいろいろと認められているということ、戦争は決してしないということ、そして「あたらしい憲法は、日本国民ぜんたいの意見で、自分たちで自由につくったもの」などと書かれています。

男系男子派は、とかく「憲法はGHQが作って日本に押しつけた、旧11宮家の臣籍降下もGHQに強制されたなどと仰いますが、この通り、文部省の解説は違うようです。
今、政府、議員たちは「改憲」「改憲」とばかり言い、「憲法を守る」と言う者は、他国の手先だ、非国民だ、などと言われてしまいます。新しい日本のための挑戦などと言って、高市政権は日本国民の人権、安全や平和を守る気はないように見えます。
隔世の感がありますね(嘆息)。
さて、日本はまさに広島原爆忌、そして長崎、終戦記念日です。このタイミングで天から落ちてきたようなこの1冊は、何かの啓示でしょうか? 誠に不思議な出来事でした。
(メールで:むささびXさんより)
※ すべての画像、むささびXさんが提供してくださいました。
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昭和22年当時の書籍がご自宅にあるなんて、なんて素晴らしいのでしょう!本当に、そう思います。
現在の日本国憲法の案はGHQが出しましたが、当時の優秀な方々で決められたもの。だから、國民がじぶんでつくったもの、と書かれているものと思います。
また、臣籍降下はGHQよりも、むしろ昭和天皇が進められた。
GHQは、なんとしても戦争放棄を第一に盛り込みたかった。
再び戦争に向かいたい政権が改憲したいために、GHQに押し付けられた、と言いふらしているだけに感じます。
せっかく盛り込まれた、戦争放棄。改憲など、全くやめてほしい。一体何のために戦争をしたいのでしょう…
むささびXさんからの貴重な資料を拝見させて頂きました。日本国憲法は、日本政府ではなく日本国民が作ったものだと思います。
YouTubeのある動画で、GHQ憲法創案時の責任者でGHQ民政局チャールズ・ケーディス大佐は,以下のように語っています。
「憲法研究会の作成した草案が手元にありました。憲法を作るのに、1週間や10日しかないんです。私達の力だけでは、ゼロから作るのは不可能でした。」
1946年2月、GHQはマッカーサーの指示のもと、わずか1週間あまりで憲法の「GHQ草案」を作成しました。
しかし、GHQが草案を作成する際、完全にゼロから考えたわけではなかったのです。
日本の民間人が作成した草案がGHQの手に渡っており、それがGHQ草案の内容に強く影響を与えたのです。
GHQが参考にしたのが、日本の学者や思想家、高野岩三郎や鈴木安蔵らが結成した民間団体「憲法研究会」が1945年12月に発表した憲法草案でした。
当時の日本政府がGHQに提出した憲法改正案(松本案)は、大日本帝国憲法とほとんど変わらない内容で、それに失望したGHQは、日本政府案を拒否し、日本の民間人の優れた民主主義のアイデア「憲法研究会案」をベースに取り入れながら、自ら草案を起草する道を選びました。
以下は、国立国会図書館の「日本国憲法の誕生」から引用いたしました。
////2-16 憲法研究会「憲法草案要綱」 1945年12月26日////
憲法研究会は、1945(昭和20)年10月29日、日本文化人連盟創立準備会の折に、高野岩三郎の提案により、民間での憲法制定の準備・研究を目的として結成された。事務局を憲法史研究者の鈴木安蔵が担当し、他に杉森孝次郎、森戸辰男、岩淵辰雄等が参加した。研究会内での討議をもとに、鈴木が第一案から第三案(最終案)を作成して、12月26日に「憲法草案要綱」として、同会から内閣へ届け、記者団に発表した。また、GHQには英語の話せる杉森が持参した。同要綱の冒頭の根本原則では、「統治権ハ国民ヨリ発ス」として天皇の統治権を否定、国民主権の原則を採用する一方、天皇は「国家的儀礼ヲ司ル」として天皇制の存続を認めた。また人権規定においては、留保が付されることはなく、具体的な社会権、生存権が規定されている。
なお、この要綱には、GHQが強い関心を示し、通訳・翻訳部(ATIS)がこれを翻訳するとともに、民政局のラウエル中佐から参謀長あてに、その内容につき詳細な検討を加えた文書が提出されている。また、政治顧問部のアチソンから国務長官へも報告されている。
【資料名】
憲法草案要綱 憲法研究
會案
【年月日】
[1945年12月26日発表]
【資料番号 】
入江俊郎文書 11(「憲法改正参考書類(憲法問題調査委員会資料)」の内)
国立公文書館のWeb展示会「誕生 日本国憲法」のコーナーでも、確認することが出来ます。請求番号「資00178100」
YouTubeの動画のURL
https://youtu.be/-DsQqV6e7mA?si=CrKHes5sFQ3YAyeb
「憲法を考える」②~日本国憲法は「米国の押しつけ」か?
貴重な資料をありがとうございます。
ただ、古来官の書物化には「古事記」「日本書紀」の如く時の権勢に都合良く書かれる場合があるのでこれにも不安は有ります。
戦後に現代社会科が高校の必須科目だった私達世代は、新憲法の草案はアメリカ人女性の手によって起こされたと教わった記憶です。
勿論日本がそれを丸々容認したと思えず、戦勝国との話し合いの末に日本政府が手直し、憲法発布に至ったと思いたいです。
新憲法誕生の経緯を正確に知り書き残した人物は必ず居ると思いますが、それを知り得る国民はほんの一握りでしょう。
現在の平和憲法は貴重ですが、世界が戦争暴力で自国の利益を守るだけでなく拡大しようとする時代が到来すれば、我が国は国防に関して「武力に依らず征服されるのを免れる」手段を見つける必要があると思われます。
その時憲法との齟齬をどうするかになりそうです。
そこで、男系男子派の主張を認めると、皇位継承問題や旧皇族復帰だけがGHQの言いなりだったから改憲可とは言えず、不戦に関しても改憲を許す道筋が出来てしまい非常に危険です。
つまり男系男子を天皇に望む深層心理には戦争への想定すら疑わざるを得ない危険を感じます。
敬宮様が天皇では、国家の元首・軍隊の最高責任者である大元帥になって頂けないだろうから反対するのではと憶測もしたくなります。
敬宮様か悠仁様か、それは皇室問題ではなく実は国防問題と関係しているかもと思うこの頃です。