『紀子さま6歳の時の絵 米国で白い画用紙が手に入るのにトウモロコシ紙?』 たくさんのコメントを一気にご紹介
コメントをたくさんお寄せいただき、皆様いつも本当にありがとうございます。
6月8日付の記事『紀子さまが幼児期に描かれた絵《その2》 米国では「白い画用紙」が手に入ったはず もしもトウモロコシ紙なら…』に対し、多くのコメントを頂戴しておりますので、一気にご紹介したいと思います。
(並び方は、古→新の順です。ご了承くださいませ。)
◆皆さまのコメント
(コメント欄:シースクリームさんより)
パートリッジ・コーチンの絵については、パクリではないかとネットで書かれていました。
「player’s cigarettes partridge cochins」
これを見本に描いたとすると、元が2インチくらいの小さなものみたいなので、鳥の目や足は詳細に描けなかったのかなと思いました。
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(コメント欄:匿名さんより)
私の母は昭和30年生まれです。その母が幼児期から描いた絵のスケッチブックを祖母が保管してありましたが、白い画用紙のスケッチブックでした。
母に確認すると「お絵描きは通常白い紙。白紙ノートやスケッチブックを使用。いらなくなったカレンダーの裏に描くこともあったけど、藁半紙はクレヨンや色鉛筆ならいいけど、水彩は絵の具が滲んで無理。」だと言っていました。
キコさんのご実家は質素倹約をモットーに、とことん節約していた様子です(それ自体は悪いことではありません)が、チョット度が過ぎるようなエピソードが多くてドン引きします。
中でも一番驚いたのは親王妃になることが決まり、お輿入れ準備の際に、お支度金を戴いているにも拘わらず摸造パールを用意して宮内庁に注意されて慌てて本物に買い換えたというエピソードです。
娘の嫁入り支度に摸造パールって?
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(コメント欄:匿名さんより)
すごい観察眼&推理力!
ダンボールか何か包装紙の裏なら分かりますよ?
うちも裕福ではなかったのでお絵描きはちゃんとしたスケッチブックではなく広告の裏紙や余った紙を使っていました。
でもこのイラストは形状からスケッチブック、でも漂白されていない茶色い紙でいくら高度成長期とはいえ一般に流通していたとは思えませんね。
ご推察通り北朝鮮産の物だとしたらご出身、少なくとも身近にそういった人物がいた証左ですね。
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(コメント欄:匿名さんより)
毎年1億2千万貰ってもお金が足りないそうですが、どこかへ送金しているのでしょうか。
例えば、普通には送金できない国とか。
あるいは、便宜を図る民族団体とかでしょうか。
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(コメント欄:神奈川県在住Hさんより)
私は、この画用紙がスケッチブックから切り離された時に残っているパンチ穴の間隔に着目しました。それを手掛かりに、この画用紙が米国製のスケッチブック由来のものかどうかをChatGPTに分析してもらいました。
さらに着目した点は、
・画用紙の縦横比 → 日米で規格サイズの違い
・画用紙の経年変化による変色 → 日米で紙質や紙の成分の違い
ChatGPTの見解をざっくり言うと
・これはバインダー用のパンチ穴ではなく、スパイラル綴じ(またはワイヤー綴じ)のスケッチブックから切り離された際の「ミシン目(パーフォレーション)」の跡に見える
・この絵が描かれた1972年頃の米国では、スパイラル綴じのスケッチパッドが広く普及していた。切り離し跡は、むしろ米国のスケッチパッドでよく見られる「tear-out page(切り離しページ)」の印象に近い。1970年代当時の日本の一般的な画用紙帳よりは、米国のスケッチパッド(Strathmore、Bienfang、Pacon などに見られるタイプ)を連想させる。
・画像の画用紙の縦横比は1.38(ただし、写真が完全に正面ではないため、実際の比率は違うかも)
→ この値はA判・B判の縦横比1.414にかなり近い。レターサイズ(1.294)よりは細長い
・変色の主な原因のうち、紙中のリグニンが酸化すると黄褐色になる。
・1960~70年代の米国では、学校用スケッチパッドや子供向け画用紙に比較的安価な木材パルプ紙(リグニンをある程度含む)が広く使われていた
・1970年代の日本の画用紙は、化学パルプ主体で学校用スケッチブックでも比較的リグニンが少ない製品があった
→ 同じ保存条件なら、1970年代の一般的な米国製スケッチパッドの方が黄変しやすかった可能性はある。
結論: この画用紙は「米国で流通していたスケッチパッド由来」の可能性がやや高い
ChatGPTとの会話ログ
https://chatgpt.com/share/6a26eeaa-3cc8-83a5-a7f6-2a0413d4b48e
— (質問内容)———————–
Q. スケッチブックの画用紙を閉じているパンチ穴の間隔は、日米で規格に違いはありますか?
Q. これは1972年頃にスケッチブックから剥がされた画用紙の写真と拡大写真です。パンチ穴の数や間隔から、このスケッチブックは日米どちらの製品だと考えられますか?(持ち主は当時、米国在住でした)
Q. 画用紙の全体の写真です。実寸はわかりませんが、縦横の比率から何かわかりますか?
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(朝比奈より)
※ AIにご質問されたのですね。ありがとうございます。
一番下に私の考えも述べさせていただきましたので、お読みいただければ幸いです。よろしくお願いいたします。
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(コメント欄:匿名希望さんより)
紀子様お子様時代の海外でのお写真の殆どが赤い服で有る疑問と同時に、幸せそうな笑顔が無い事を不思議に思います。
特に両親も一緒のパリなら少女には魅力的だったと思うのですが。
高校卒業アルバム写真では自然な笑顔を作られてますし、後年婚約会見以降の振り撒き笑顔とのギャップが不思議でなりません。
6歳の絵とされているのはよその人/子の絵で間に合わせたとは考えられませんか?
スケッチブックから無造作に切り離されている点から大切にフレームに入れていたでもなさそうで、そのページだけ必要で切り離した雰囲気です。
既にブラウン紙のスケッチブックが存在していた頃に子供だった人の絵を借りる事は可能と思います。幼児がママを描いた感じの絵ですね。
紀子様と同年代の娘が居ますが、日本なら小学校でも色画用紙に描いた作品を学期終わりに困るほど返してくれました。その頃欧米では絵の具の使い方も羨ましいほど自由に豊かで伸び伸びしていると報道されていました。
紀子様には伸びやかに絵を描ける生活が本当に有ったのでしょうか?
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(コメント欄:匿名希望さんより)
画用紙が切り離された穴の状態からリング状のワイア綴じのクロッキーやデッサン用のスケッチブックから切り離した感じです。
物資が豊かでない国でお育ちとすると、絵の具使いの乏しさは分かるのですが、ワイアリング綴じが一般化していたか疑問に思います。
日本でも物資不足の終戦後には糊付けだったし、まずはスケッチブックその物が貴重で、1960年頃までは画用紙はバラ買いが普通だったからです。
アメリカ育ちならこの色使いはちょっと理解出来ません。年齢に相応か否かも併せ色々と紀子様の絵とは思い難い感じを受けます。
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(コメント欄:匿名さんより)
六歳のときの絵では、手がヘンですね。
この朝鮮少年団(ピオニール)は、軍服式の制服とスカート、ズボンの制服があり、後者がまさに赤のスカートと赤のマフラーで、紀子さんの絵はそのマフラーの印象が強く、腕よりマフラーに目が行っていることを意味しています。
子供画ではよくある省略で、印象に残った物だけを描くように指導されればこうなって当然です。
https://jp.yna.co.kr/view/PYH20260607035700882
わら半紙ですが、日本では昭和末期までは、小中高でテスト用紙などに利用され、自分の経験では、ガリ版印刷の進化系で、ボールペンで専用の原紙上に書くだけで版下になり、そのまま輪転機にかければ印刷できるものが普及し、何処の学校にもありました。
担任が言うには、わら半紙の方がインクの浸透がよく、にじまないのだとかで、作文集や卒業文集もすべてボールペン原紙に書いたガリ版でした。
美術の授業でも、昭和30年代前半くらいまでは、鉛筆書きのデッサンにはわら半紙で(消しゴムで消しやすいこともある)、絵の具を塗る場合は白いケント紙と使い分けられていたようです。
ただスケッチブックのスパイラルリング型のものは、マルマンが生産しだし、1958年にドイツから自動スパイラル製本機が入って量産されだします。持って歩くだけでおしゃれになり、女子校生などは胸に抱くようにスケッチブックを持つのが流行でもありました(「図案シリーズ」)。
それでもわら半紙用のスケッチブックなどは日本では見たことがなく、やはり共産圏の産物ではないかと。
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(コメント欄:きさらぎさんより)
『アサヒグラフ』(1990年)にあった他の写真です。
なんでこんな地味な場所で記念撮影? とか、母上と弟君の手は大丈夫?
は、ひとまず置いておいて。
前列右、紀子さんの足と靴を見てください。赤・青・白ですよね?
弟の舟さんも、お決まりの赤が入っています。
■アサヒグラフ(1990年)より写真「作曲家ハイドンの家で、階段に並んで記念撮影(77年8月)」より
https://x.com/kisaragi25jp/status/2064106632385294822
朝比奈さんが出してくださった北朝鮮少年団の色合いと同じものが、ここにもありました。匿名さまがお寄せくださったコメントを引用させてください。
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赤、青、白で、意味も無く塗り分けられているようです。白も実際には絵の具としては使用されておらず空白部がそのように見えるだけです。また、画用紙ですらない、段ボール紙に描かれていて吹きました。
貧困から画用紙さえも買うお金もなかったことがわかり、もしかして北朝鮮で描いたのかも知れません。というのも、この三色は北朝鮮国旗にある色であること、韓国より北朝鮮の三色の方がよりくっきり線となって使用されているからで、彼の国でなら、赤と青の二色の絵の具だけで子供に絵を描かせることは愛国心を醸成するためとか言ってやらせそうだからです。
ちなみに北朝鮮のこの三色には意味があって、「赤は革命の伝統、白は純潔と輝かしい歴史、青は平和と自主性を象徴」だそうです。白抜きという時点で、性的に奔放であることは容認されているとわかり、あとは革命と自主性が残ります。
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(コメント欄:シースクリームさんより)
年賀状のイラスト、スヌーピーがスキーしていてKIKOって書いていますけど、自作のイラストでしょうか?
幼児期→高校生でこのクオリティーで、あの鳥の絵が描けるようになる?
ゴーストイラストレーターがいる可能性が高いかもしれません。。
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(コメント欄:テロメア短しさんより)
川嶋紀子サンの幼少時が幸薄い容貌で、両親のしわ寄せが影響していると思いました。今でも、日本国民から毟り取った物資で恵まれても、本当の幸せや喜びを体感していないのだろうと推察します。
「川島」姓の前は何を名乗っていたのか分かりません。貧困に喘ぐ地域では「国家」に信用をおかず、全て親族で固めるのは常套ですね。
現在もエネルギー流通が容易にならず経済も不安定な「北朝鮮」はISSから覗くと夜間は日本列島は取分け明るいのですが、ロシア・中国・韓国に囲まれる中でスッポリと抜け落ちているかのように見えるそうです。
此処に未だ横田めぐみさんは捕らわれたままなのです。
画用紙の質まで見抜かれて実質を暴かれ続ける川嶋紀子サン。還暦を迎えて人生の半分は疾うに過ぎています。皇族からの切り離しが現実的になってきましたね。
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(コメント欄:尾張の婆さんより)
1972年で?
私キコさんより15歳ほど年長ですが、小学生(1965、6年)の頃に町内のタバコ、お菓子やちょっとした生活用品等何でも売ってるお店で、宿題の絵を描くために八つ切りの画用紙をよく買いに行ったものですけど、当時一枚あたり5円くらいだったと思います。
逆にこのような茶色い用紙を手に入れる方が難しいと思います。
それとこのような赤い色の服は着せて貰ったことはありませんね。当時はデパートで子供服を買うなんてことは庶民には中々なことで、たいてい近所の洋裁や編み物の得意な方に生地や糸を持参して作って貰っていましたね。
紫系の色が好きだった母の好みでラベンダー色などの糸でワンピースやセーターを編んでもらってたのを覚えています。
赤系の色でもせいぜいオレンジがかった朱色のチェック柄でしたね。(私としてはピンクが良かったんですけど)だから随分と時代が古臭い感じです。
お祖母さんの着物もとても変ですね。帯もふにゃふにゃだし中の襦袢も垢じみてて、とにかくだらしなくて違和感でいっぱいです。
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(コメント欄:匿名さんより)
この舟さんが着ているのは、ブルーなので、北朝鮮の朝鮮少年団と同じ、男子は青、女子は赤で国旗の色にぴったりです。生活自体が万事「北韓流」で埋め尽くされているといった印象がします。
母親には朝鮮総連の支部事務員だった説と、解放同盟支部の電話番だった説の二つがあり、それ以外の普通のお勤め先名(民間企業やパートタイマーなど)は全く上がらず、婚約時にも紹介されていません。
前者が正しければ、この絵や服装の謎が解け、後者が正しければ結婚前に宮内庁の七代遡る出自調査を「結婚差別に当たる」と猛烈抗議するため、天皇皇后とまで面会を要求した理由がすっきりします。
挙げ句、海外では「紀子さんはハンブルオリジン」とする報道がなされたというわけです。
それだけに「悠仁さんまでは忽せにしない」と政治家が声を上げるのは、このどちらかからの圧力がかけられているため、と解釈するより他ないともいえるのではないでしょうか。
前者なら政治献金、後者なら票が特に西日本出身の与党議員には基礎票として確約され、もし対立すればそれがなくなるからです。
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以上、みなさま大変ありがとうございました。
神奈川県在住Hさんがお示し下さいました「AIの回答」ですが、少々気になることがございますので、正直な気持ちを述べさせていただきたいと思います。
>> 画用紙の経年変化による変色 → 日米で紙質や紙の成分の違い>> 変色の主な原因のうち、紙中のリグニンが酸化すると黄褐色になる。
越年や保存状況による色の変化については私も考えましたが、普通はこのように、紙の周辺部から斑点、シミとして現れるものではないでしょうか。
画像引用:https://kamiconsal.jp/kamishimi/
色の濃淡もないことから、私はあいにくと紀子さまご使用の紙を「白が茶色に変色した」という風には感じませんでした。
>> このスケッチブックは日米どちらの製品だと考えられますか?(持ち主は当時、米国在住でした)・・・・/結論: この画用紙は米国で流通していたスケッチパッド由来の可能性がやや高い
「AIの回答は質問の仕方次第で大きく変わる」と私は考えております。もしもご質問が、日米どちらのではなく「北朝鮮で作られた可能性もありますか」であったなら、また別の答えが得られていたのかもしれないと勝手ながらふと感じてしまいましたことを、お許しください。
(朝比奈ゆかり/エトセトラ)
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