11旧宮家の最近共通祖先・伏見宮邦家親王の強烈な子孫繁栄能力 側室を認めぬ現代、悠仁さまや養子に同じことを期待するのか

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今上陛下の天皇家、および今話題の11ある「旧宮家」の最近共通祖先である伏見宮邦家親王(ふしみのみや くにいえしんのう/1872年(明治5年)9月7日没)について。



男系としては北朝第3代崇光天皇の15世皇孫、女系としては霊元天皇の5世孫にあたり、上皇さまにとっては高祖父(香淳皇后の曽祖父であるため)にあたるという。

政府与党はさんざん「皇族の数を増やすこと」が喫緊の課題だと主張してきたが、皇位継承者の話題となると決まって「悠仁親王がいらっしゃる」と言う。

ということは、悠仁さまはそう遠くない将来、側室制をとらない現代だというのに、邦家親王ほどの子孫繁栄能力を求められるのだろう。どれほど強烈だったかというと…。

 

◆まずは家系図を

1947年(昭和22年)に皇籍離脱した旧皇族11宮家の祖・邦家親王の家系図をご覧いただきたい。スクリーンショットはデイリー新潮の『旧11宮家の略系譜』からお借りしてみた。

旧11宮家をなしたのは邦家親王であったことが、よくわかる。

(画像は『デイリー新潮』のスクリーンショット)

 

◆健康であることも重要

一見して、いかに邦家親王の子孫繫栄能力が高かったかがよくわかるが、精力や精子の質には個人差があり、男女ともに健康であることも重要だ。

現代であれば、おたふく風邪などの罹患歴、服用中の薬、遺伝性の病気や障がいの有無、ホルモンバランスの問題、クラミジアやマイコプラズマなどの感染症などにも影響され、それらを考慮するなど、子作り自体が慎重なものとなっている。

つまり、男なら誰が皇太子~天皇になっても健康な子供が次々と生まれる ― 当然のことのようにそう期待するのは難しいはずだ。



◆邦家親王の強烈な播種本能

11もある旧宮家の発端という伏見宮邦家親王。その播種本能、子孫繁栄能力がどれほどスゴかったのか、Wikipediaで家族構成を確認してみたところ、こう示されていた。

妃(正室)のほかに女房(側室)が9名もいる。

 

公家の娘などが女官・女房として宮中に上がり、天皇の身の回りの世話や公務を行うなか天皇に選ばれて寵愛を受け、子を産んだ「側室」制度。昔は「側室」ではなく、上級女官を意味する「典侍(すけ)」「掌侍(ないし)」と呼ばれていたそうだ。

そして邦家親王は、彼女たちとの間にこれほど多くの子をなしていたようだ。

 

「皇族の数を増やすこと」が喫緊の課題だというなら、つまり悠仁さまは、そう遠くない将来、この邦家親王にも似た “オス” っぷりを発揮するよう期待されてしまうのだろう。

神武天皇のY染色体、万世一系の男系男子による皇位継承、こんな言葉に最も苦しめられるのは、実は悠仁さま。大変な精神的負担となるであろう。



 

◆側室をとらない現代だからこそ

明治天皇も妃の昭憲皇太后ではなく、5人の側室との間に15人の子供(皇子5人・皇女10人)をなした。

すべての天皇の7割が、実は「側室」の腹から生まれていたという事実。側室制をとらず一夫一妻制で、昔のような無理な多産を好まない現代においてまで、男だ女だとこだわっていては皇室が絶えてしまう。

だからこそ、生まれたお子様が男女どちらでも皇位を継いでいけるよう、皇室典範を男系男子限定から直系長子と改正することこそが、喫緊の課題だと思うのだが…。

(朝比奈ゆかり/エトセトラ)

画像および参考:
『デイリー新潮』旧11宮家の略系譜

『Wikipedia』伏見宮邦家親王

1件のコメント

  • 昨日の報道特集を見ました。でも、たぶん途中からだと思うのですが。

    久邇氏が言っていた「日本国民はもう1000年以上前から天皇を慕ってその元にまとまってきたわけですから、それが女系になろうとなんだろうと変わりようがないのじゃないか。日本人の生き方ってそんなにちょこちょこ変わるもんではないと私は思ってます。」

    これだと思うのです。

    天皇を慕って、敬って(つまり、敬愛)いたからこそ、ここまで続いてきたのではないか。もう、今さら、側室制度など復活しないのに子沢山を望むべきもなく。それなら、男子でも女子でも直系の長子で繋いでいけばいいと思います。

    それより、悠仁さまはご結婚できますか? どの悠仁さまならご健康なお体であるのかも分からず…。何らか問題を抱えておられるのなら、遺伝はありそうですか? 色々と心配される状況なのかもしれません。

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