【YOUR VOICE】悠仁さまは敬宮様並みの知能をお持ちなら、論語の暗誦が難なくできる頭脳かどうか動画を公開して
※ こちらは【YOUR VOICE】皇統譜に記載された御名前「悠仁」 対応する肉体が複数などということがあってよいはずがないに対し、読者様から寄せられたコメントです。
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現状の悠仁sはまるでゾンビのようだと感じます。次から次へと劣化コピーらしきものが沸いてくるからです。
ただ、どの個体も帝王学学習が可能なだけの知能指数はあるのでしょうか。まずは論語の暗誦が難なくできる頭脳かどうかを、きっちり動画付で国民に向かって見せてくれたらよろしいのではないでしょうか。
また成人した皇族だというのに、なぜいつまでも悠仁sには罰則付報道規制が付いているのでしょう。マスコミは、成年皇族になったのだから、悠仁さまに対する手加減はよして、本当の悠仁sをしっかり報じていただけませんか?
あと何人同名の複数形悠仁sが隠されているのか、それが何よりもの大問題だと感じます。御用済児への私宅監置措置含めて、です。
(コメント欄:匿名さんより)
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船で24時間、かなり揺れる海を1000kmずつ旅したことになっているが、悠仁さま作文での出港シーンがガイドブックそのままということでは、本当にご本人が船旅を体験していたのか、疑問に感じるようになりました。
東京都内でありながら、本土とは1000kmも離れているとヘリでは不可能で、もし救急事態が発生するとこうなるそうです。
小笠原では、島で処置ができない急病人・けが人が出たとき、内地に救急搬送される。(判断は村の診療所で)方法としては、硫黄島までヘリ、硫黄島から内地は飛行機となる。飛行場からは救急車で病院へと運ばれる。
事例が発生して、内地の医療機関につくまで12時間ぐらいかかったりする。搬送中は担架に寝かされ、点滴などをしながら、医療従事者がそばについてくれる。その後、しばらくは入院となることが多い。また後遺症が残る場合、さらに入院が長引く。
島に住んでる人、これから住む人は、こういうことがすべての人に起こりうるので、頭に入れておいた方がいいかと思う。島に住むということはこういうリスクがあるということ。若い人も同様で、若い人は病気はあまりないだろうが、けがは誰でもあり得る。
https://ogasawara-mulberry.net/pickup/46831/
急患が出れば、硫黄島経由の緊急搬送にしてもなおも12時間ほど要する僻地へ、無防備な秋篠宮妃とご長男を客船に乗せて送り出しただろうか。実際は海上自衛隊の航空機で硫黄島経由で、そこからヘリで往復していたのではないだろうか。
だからTVクルーを連れて行かなかったのではないのか。
このルートは通常救急搬送だが、自衛隊は食料などを定期的に輸送するので、皇宮警察官を運ぶなどと称して、紀子さまと悠仁さまを別々に輸送してはいなかっただろうか。
さきのお母様を緊急搬送したという方の手記では、このような乗り心地だったらしい。
急患搬送は海上自衛隊ヘリで硫黄島、硫黄島から海上自衛隊飛行機で厚木、さらに救急車で広尾病院となった。移動中はもちろん医療関係者もつきそう。ヘリが飛んでくる時間に合わせて、救急車で僕と母は父島基地分遣隊に。そこでヘリに乗った。時間は13時ごろだった。すでに6時間以上経っている。
母はたんかのまま寝かされて、僕は座席に座った。母には医療関係者がつききりで、ずっと点滴がなされていた。1時間ほどで硫黄島につき、次は飛行機に乗り換える。その日の飛行機は海上自衛隊の哨戒機P-1であった。硫黄島を飛び立つ頃で、すでに時間は15時を過ぎていた。
P-1哨戒機はジェット機なので、旅客機と変わらない乗り心地であった。付き添いの僕は窓から外の景色も眺めていた。時間的に夕暮れや夜景がきれいに見えた。
哨戒機で厚木に着いたのは18:30頃。滑走路付近に救急車が待機していて、そのまま救急車にうつった。高速を走って、1時間ほどで広尾病院着。おおむね19:30頃であった。
この時点で、母が倒れてから12時間も経っていた。広尾では、すぐ本格的な処置が行われた。MRI の検査も行われたようだ。検査や処置が終わり母はER病棟に入った。僕が東京の宿に入ったのは23時ごろとなった。
父島→硫黄島→海自のジェット機で厚木基地へ→ヘリで赤坂御用地内のに着陸? このルートで往復しても、まだ13時間はかかるらしいのにびっくり。
P-1哨戒機の内部写真や硫黄島滑走路などの貴重な写真はこちら。
https://ogasawara-mulberry.net/news/49537/
川重が開発した純国産機で、wikiによると「近年では珍しいターボファンエンジン4発機であることを除けば、外観は90席クラスの中型リージョナルジェットと同等である」とのこと。
硫黄島を核のゴミ捨て場にする代わりに、硫黄島を定期旅客航空路に接続し、父島とヘリ連絡や水上旅客機で連絡させようとしているのも、まさか悠仁さま効果だったりして。