【YOUR VOICE】「2600年万世一系、男系だ」は大ウソ 第2代~第9代まで484年間「欠史八代」の天皇は母系(双系)でしたよね?
現在政府自民党が強引なやり方で進めている「男系男子養子案」について、以前紹介させて頂いたタイトル「女系天皇」の書籍に興味深い記述がありましたので紹介させて頂きます。
5月31日の「NHK討論」は、皇室典範について所 功氏と百地 章氏が討論したのですが、お二人とも歴史上、女系の天皇は誕生していないと発言していました。男系で2600年つないできた神武天皇の血統などと強調していらっしゃるのです。
でも、それは本当ですか?
「古事記」「日本書紀」の研究においても不明とされている484年にわたる古代天皇については、「欠史八代」の事実にきちんと目を向けてください。女性が始祖の「母系(双系)」で天皇の血統がつながれてきたのではありませんか?

衆議院においても昨年12月、当時れいわ新選組の衆議院議員であった「たがや亮」氏は、『古代王権は男系・女系の両方が機能する双系であったとの歴史学説と高市早苗総理大臣の皇位継承についての考え方に関する質問主意書』を提出していました。
ごく一部ですが、抜粋します。
・・・「欠史八代」とは「古事記」、「日本書紀」に記載されていても実存を裏付けるような事績がほとんどないために「実在性が低い」とされる第二代綏靖天皇から第九代開化天皇を指している。これだけで「男系の皇統維持」はおろか「百二十六代にわたる皇統」の一角が崩れるのだが、これは「神話と歴史的事実を峻厳して研究する」という歴史学では常識になっている。そして、これも我が国の歴史学の中では有力説として長く定着しているのであるが、第二十六代継体天皇よりも前は、男系継承ではなく男系、女系の両方が機能していた双系による古代王権であったとの学説である。代表的なものは一九八三年に刊行された吉田孝氏の「律令国家と古代の社会」である。
詳しくはこちらでご確認ください。
■『衆議院』質問本文情報「古代王権は男系・女系の両方が機能する双系であったとの歴史学説と高市早苗総理大臣の皇位継承についての考え方に関する質問主意書」たがや 亮
例えば小林鷹之政調会長は、読売新聞オンラインに「初代神武天皇から126代にわたりただ一度の例外もなく、男系で継承されてきた。世界に唯一無二の伝統と重みを謙虚に受け止める必要がある」と、また、麻生太郎氏は以前、「二千年にわたって同じ民族が同じ言語で同じ一つの王朝を保ち続けている国など世界中に日本しかない」と述べました。
今から二千年前といえば一世紀の弥生時代で、文字もありません。その更に660年も前の神武天皇から男系で繋がっている、血統が繋がっていると豪語する政治家、識者には仰天するばかりです。政治家は「神話に過ぎない」と知りながら、さまざまな政治的な目的のために歴史を、国民を、世界を欺く「大嘘つき」と言っても過言では無いと思います。
以前、ご紹介したことのある「女系天皇」に関する書籍に、欠史八代の豪族(謚で天皇)の始祖は女性だったと書かれています。万世一系、男系でつないできたなどと主張して女系天皇を否定することが、いかにおかしいのかをまとめてみました。
◆古事記、日本書紀には…
・初代神武から25代武烈までの間には多くの実在しない天皇名が含まれている。
・従って父から息子ヘという継承順序も鵜呑みに出来ないことは、現在の古代史研究では常識である。
・一つの血統による王位世襲は、五世紀末頃までは確率していなかったので、天皇氏族という一つの血統による父から息子への継承順序は、やっと六世紀(500年代)頃から固まって来たと推測される。
・「天皇」という称号は天武天皇の頃採用され、古事記、日本書紀編纂の時期に、天武以前の全大王(族長)にも冠せられたので、あたかも神武以来、天皇氏族が存在していたかのような錯覚が生じやすくなった。
・初期の天皇については、特に無文字文化時代の口頭の物語によるものなので、その信憑性が著しく疑われている。
・神武天皇が皇祖神アマテラス(女神)の五世孫とされているのは五世孫までは皇族の身分であり、六世孫からは皇族の身分を失うからである。
◆欠史八代(二代綏靖から九代開化までの484年間)についての記述
第2代「綏靖天皇」の始祖は、天皇氏族では無いにしても、師木県主(しぎのあがたぬし)の祖(おや)(奈良県桜井市金屋あたり)の豪族「河俣毘売(カワマタビメ)」という女性だった。当時豪族の世界では始祖が女性であることは特別な事ではなかった。
・又、四代懿徳天皇の始祖も同じ師木の豪族「賦登麻和訶比売(フトマワカヒメ)」という女性だった。
・他の六天皇は「~の女」「~の妹」の位置付けの女性になっている。



・奈良時代に編纂された「記紀」は、欠史八代の系譜には敢えて女性が始祖であったとする伝承の痕跡を残し、やがて母系(双系)と父系(男系)の併存から、男系に統一されていく過渡の痕跡とみなすことが出来る。
◆第25代武烈天皇のあと
オホド王こと26代継体天皇は近江国高島で生まれました。武烈天皇崩御により応神天皇(実在性は定かでない)の六世孫ではあるが、天皇位継承に慎重だったオホド王を熱心に説き伏せ承諾させました。オホド王も謎が多いそうですが、実在したとされるのは継体天皇からだとも言われています。高島市には継体天皇にまつわる伝承、遺跡も多くあります。日本書紀には越前国より美しき振媛を妃に迎え、産まれたのがオホド王であると記してあるそうです。
振媛がオホド王ほか2児を出産した時に、もたれた石と伝わる「もたれ石」と、継体大王の「胞衣塚(えなつか)」の画像はこちらです。


◆「古事記」は神武天皇を137歳没と
そもそも「古事記」で神武天皇は137歳、「日本書紀」で127歳と書かれているのです。5世紀頃までの日本は、神話の「記紀」物語として歴史を刻んできたことがよくわかります。
第2代綏靖天皇から第9代開化天皇まで、実在していたかも怪しい「欠史八代」などと言われるもう1つの理由に、天皇に即位してから何を成し遂げたのか、事績に関する情報が欠落していることがあります。
そして「人家の竈(かまど)から炊煙が立ち上っていないことに気づき、3年間の租税を免除」で知られる仁徳天皇(第16代)でさえ、「日本書紀」が143歳没としているため、御陵は存在しても掘り起こしが許されないこともあり、ご遺体の存在を疑う声もあります。
世界に誇れる天皇家は私たちの安心と喜びです。
学習すれば理解出来る事なのに、政治家や学者が初代神武天皇から一度の例外もなく男系とか、万世一系とか、唯一無二などと捏造し、正当な皇統の天皇家を尊敬する国民を騙し討ちにし、国体を誤らないでいただきたい。
結局、皇室の歴史に詳しい学者は殆どが、埼玉県・稲荷山古墳から出土した鉄剣の銘にワカタケル大王という和風諡号を確認できている第21代雄略天皇、それから第26代継体天皇以降の天皇だけではないかとおっしゃっています。
(メールで:関西在住Cさんより)
画像:
『家系図の森』天皇家のルーツとは。日本人と天皇の歴史を探る
(その他はすべてCさんが提供してくださいました。)
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