【YOUR VOICE】いつまでも晴れない「美智子さま第2子出生疑惑」 ある資料に興味深い記述を見つけました
双葉社の『昭和のプリンス平成の皇后陛下美智子さまご洋装の輝き』という写真集をご存じでしょうか。
その年表および画像を時系列でたどりながら、そして有名な臨月間近の運動会 “前かがみ&ピンヒール” 写真をネットの画像から引用し、わかったことをお伝えしてみたいと思います。
美智子さまは1960年2月に第1子浩宮さまをご出産。同年6月には新居の東宮御所に移居しましたが、産後のお引っ越しは大変だったと思われます。

さらに9月には、生後7ヶ月の浩宮さまを置いて15日間のアメリカご訪問へ。この日のために7ヶ月で離乳をなさったそうで、有名な「なるちゃん憲法」も知るところです。また、美智子さまが着物30着(着物お召し1回につき×予備3枚)を持参された話も有名です。
アメリカから帰国して1ヶ月後、息つく間もなく中東からインド、タイ方面まで1ヶ月に渡りご訪問。翌々年にも18日間をかけ、パキスタン、インド、インドネシアをご訪問。その年の11月にはフィリピンへと、精力的に海外公務にお出かけでした。
その翌年となる1963年3月4日、第2子ご懐妊が発表されました。
ところが、お喜びもつかの間、2週間後には流産となりその処置でご入院。「胞状奇胎」と診断されるも、3日後の25日にはご退院が叶いました。
驚異的なご快復だったのでしょうか。退院後は葉山御用邸で15日間ご静養され、その後はご一家で軽井沢、奥日光へと秋まで長期ご静養に入られました。
同じ1963年の11月にはケネディ米大統領の葬儀に出席し、翌年には再度アメリカへ。メキシコにも訪れ帰国されると、少し間を置いてからタイへ。次々と海外をご訪問されています。
1965年4月22日、美智子さまは改めて第2子ご懐妊を発表されました。悲しみのあとの慶事、お喜びもひとしおだったことでしょう。今度こそは体を慈しんで、無事に出産にこぎつけていただきたいと国民は願ったものですが、驚くほど行動的であったように思われます。
朝日新聞の「軽井沢ご静養」という記事にあるように、ご懐妊発表の4か月後となる1965年8月17日に軽井沢峠を散策。

東京からの移動手段は、車は勿論列車でも妊娠7ヶ月の御身体には相当なご負担がかかったことと思われます。
そして臨月も近づいた10月3日、浩宮さまの運動会でダンスに参加されました。出産を控えている妊婦さんは重心が前に来るので、どうしても上半身が反りがちになるものですが、ヒールが高くて細い靴を履き、前屈みになって、浩宮さまにお顔を近づけて話をされる美智子さまに、ただびっくり…。

美智子さまのファッション誌に度々登場される渡辺みどり氏は、第2子礼宮さまは「大きな赤ちゃん」で、帝王切開も考えられたと記載があり、言われる通り体重3000g、身長51㎝の大きな赤ちゃんでした。
ところが、出産を翌月に控えた頃の美智子さまのお腹は、そんなには目立たなかったようです。

そして産後の1966年3月には、浩宮さまの遠足に参加、ヒールでかけっこもされています。

その夏には鷹司和子さまをお招きして、皇太子さま、浩宮さまと1667mの軽井沢石尊山に登山もされたそうです。
そういう時期に無理をすると、産後の肥立ちに悪い影響が出ると言われて気にするものですが、美智子さまは心身共に強靭なご健康体のようです。同時に生後7ヶ月の礼宮さまも軽井沢にはお連れしたようで、その画像は結構多く公開されています。
そして20年後の年表では、1986年3月に子宮筋腫の手術を受けたと記載あり、退院された美智子さまを当時の皇太子殿下がお出迎えされると、顔をその肩に埋めるという映像が記憶にあります。
胞状奇胎の際に子宮全摘が行われなかった。つまり礼宮および第3子・紀宮のご懐妊、ご出産は、やはり本当のことだったのでしょうか…?
しかし、秋篠宮さまはご祖父、父、兄妹にも骨格もお顔立ちも似ていません。父子ならどこか似通った所があっても良さそうなのですが…。なんと「似ていない」という話は最初、宮内庁辺りから上がっていたそうです。
皇室、国民にとって一番重要な事なので、真実を知る必要があります。
政府が「死活問題」とまで表現した養子案の強行とその理由も、実はそこにあるのではないでしょうか。つまり、既に秋篠宮家による男系男子皇位継承資格は破綻しているのかも…?
決定的な考察は出来ませんでしたが、胞状奇胎を経験された後、お世継ぎになるかも知れない第2子をやっと懐妊されたというのに、産前産後、美智子さまの活動的すぎる様子、無謀とも言える行動を考えると、いろいろなことを総合的に疑わざるを得ません。
(メールで:関西在住Cさんより)
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軽井沢の時で7カ月目なのですね。
なぜタイトスカート姿なのでしょうか?
お腹に合せたサイズを作らせたのでしょうか?
ローヒールではなく、いつもハイヒールを履いていて転ぶ前提がないのでしょうか??
不思議です。
みっちゃんミチミチの妊娠中ピンヒールには驚きましたね。
周囲は誰も止めなかったのでしょうか?
もし、本当に妊娠中だったとしたら、自身のインスタ映え(?当時そんな表現はなかったと思いますが)の為にお腹の子供を危険に晒す無責任な行為だと思います。
周囲の忠告の有無に拘わらず、自身が子供に対する責任や愛情があったら、しかも2年前には胎児を失っているのだから、日常は細心の注意を払って行動しませんか?
チョット訳がわかりません。
〉1965年4月22日、美智子さまは改めて第2子ご懐妊
この2年後に助産婦として産院に勤務していた知人は、医師が胞状奇胎で重症なら子宮全摘だし軽い場合でも3年は妊娠を避けるのが一般的だが天皇家は最新の医療でもご利用か早期の妊娠は不思議だと言うのを聞いたそうです。
世間でも当時は胞状奇胎から不妊の人も多かったので礼宮様養子の噂が立ちました。
その後年から胞状奇胎で不妊の話題を身近に聞かないので、美智子様が最先端医療だったのを否定も出来ませんが。
しかし疑問が一つ残ります。
それは、はじめ礼宮様は天皇家に似ず正田家似で特に口元が美智子様似で可愛いと当方の周囲では評判だったのが、ある時浩宮様にそっくりに見えるお写真が出された事が有り矢張り天皇家顔だったねと噂した事です。
今になって思うと、あれは浩宮様の未公開写真の流用だったのではと妄想すら湧いてきます。
なにせ皇室の事は【菊のカーテンの裏側は闇】と言われた時代ですので。
ミッチー以来パン食が増え、池田総理の「貧乏人は麦を食え」やら小麦輸入増加から昭和は未だアメリカの占領下だったと思い知らされます。
当時沖縄出身の日本語ペラペラの同級生がアメリカのパスポートで留学生扱いと知った驚きも共にです。
そう言う時代を経て今が在ると実感する世代は、菊のカーテンの裏側を全て見抜いてしまわれた雅子妃なら病まれて当然と思う次第です。
令和から皇室が真の意味で生まれ変わるように願ってやみません。
この疑惑があるから、男系男子派の政治家は、昭和天皇の血を引いている今上陛下よりも若い男系男子が居ないことを肌で感じとっており、それゆえに何のためらいもなく、旧宮家の養子復帰を口にできるのだと思います。どうせ本物の男系男子は居ないのだから、血統にこだわっても仕方がなく、形だけ男系男子を装えればよいだろうと。
この疑惑がなく、皇族が一つの血統で統一されている感覚があれば、実質の血統が異なる旧宮家が入ることに、もう少し慎重になっているはずです。つまり、今の皇室典範改正案を考え出した男系男子派の政治家達こそが血統を破壊し、無意識のうちに皇室を軽んじているのだと思います。
美智子さまは、本当はどなたも生んでおられないのでは、とも言われています。
陛下がまだ赤ちゃんの頃、たぶんアメリカ等から帰ってこられた時に美智子さまに久しぶりに抱かれたのに、陛下は別のかたの方を向いておられましたね。
私達でも他人のお子さまを抱かせて貰っても、すぐに泣かれるか親の方を見ますよね。あれに似てると思いました。
それと秋篠宮さまがお腹に入っているのに、ハイヒール? 二人目を流産した後ですから、もっと慎重になるはずでは?
それから、清子さんにもあまり愛情が有ったとは思えず。
着袴の儀の時の清子さんの髪の毛がボサボサでしたし、洋服も自分は次から次へと新調してたのに、清子さんの洋服は地味なものばかりでした。
秋篠宮さまが着ていたウインドブレーカーを着ていた事もあるそうです。ひとり娘なら可愛くしたいとかあると思うのですけどね。
昨年でしたか。香淳皇后の(本の名前は忘れましたが)日記?でもないですが、その日に何をされたとか書かれたものが有りましたね。
皇室では妊娠七ヶ月頃に腹帯をするそうですが、突然聞いたみたいで驚かれてたようにも思います。普通は(わかったなら)前もってご懐妊を報告すると思うのに。
お気持ち、若しくはお言葉が書かれてあったなら、その辺はよくわかったと思うのですが残念です。
妹さん夫婦に出来たと聞き、貰う事に決めて演技されてたのかも。