親は真言宗、皇室に高い関心、7代前のご先祖という話はお寺で…驚きの擁護記事も、高市首相痛恨のミス 今上陛下を…

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皇位継承問題について、高市早苗首相はかねてから「女性天皇は否定しないが女系天皇(母が天皇で父親は元一般人)は認めない。だから愛子さまを天皇にするのはダメ」という方針であった。この問題は日本国憲法の第一条でもあり、政治家として当然いろいろと勉強されてきたのだろう、有識者会議からの報告書もすべて読破されたのだろうと思いきや、なんとこの度の国会答弁で今上陛下を「こんじょう…」と言い間違えてしまった。

これで多くのことが理解できる。

国会で話し合うべき重要な事柄であろうに、「次代の皇位継承者として悠仁さまがいらっしゃる」と決めつけるあたり、高市首相は早い話、皇室をなくして日本をボロボロにし、乗っ取ってやろうとあれこれ画策しているであろう旧統一教会の「手先」であり、実は皇室そのものに関心をお持ちではないのだろう。



 

◆読みが難しい御名前をピックアップ

きんじょうをこんじょうと読むようでは、どの程度皇族や旧宮家の方々の御名前を正しく認識しているのか、疑わしいものがある。そこで読みが難しい御名前をピックアップし、心の中で高市氏に問いかけてみることにした。

(ヒントの部分、とんだ失礼をどうかお許しください。

Q1 「東久邇宮」  とうきゅうなんとか…はダメですよ?
Q2 「承子さま」  しょうこ様ではありませんよ?
Q3 「彬子さま」  すぎこ様ではありませんよ?
Q4 「瑶子さま」  はるこ様ではありませんよ?
Q5 「寬仁親王」  かんじん親王ではありませんよ?
Q6 「崇仁親王」 すうじん親王ではありませんよ?
Q7  「久邇宮」  きゅう…ではありませんよ?
Q8 「賀陽宮」   がよう宮ではありませんよ?

 

◆とんでもないアゲ記事が飛び出す

高市首相については、Wikipediaにも「小学校に入る前から、教育勅語を繰り返し教えられて育った」と書かれていたが、昨日はPRESIDENT Onlineがヤフーニュースに、タイトルからして驚くとんでもないアゲ記事を出した。

『だから高市首相は「小さい頃から皇室に関心があった」…教育勅語を唱える元軍国少年の父親から受けた影響』というもので、この数行が記事のハイライト部分と言えるかもしれない。

 

「子供の頃から、橿原神宮を走り回ったり、明日香村にある石舞台古墳を登ったりしていたから、皇室の歴史などを意識する環境は、自然と周りにあった気はします。近所にも奈良公園内の飛火野に存在している御料園古墳群があったり。今でも初詣の時には、神武天皇を祀っている橿原神宮に行きますからね」

 

高市にとって幼い頃から、神社仏閣は身近に存在するものであった。盆踊りでも、お寺の境内で開かれて、踊りと踊りの間にお坊さんが出て来て、話をしてくれるスタイルのものがある。

 

「7代前までのご先祖様の霊を慰めるつもりで、にぎやかに踊ってください」

 

そういった話をしてくれるのだ。高市にとって幼い頃から、神社仏閣は身近に存在するものであった。

 

小さい頃から、神社仏閣になじみ、触れる機会が多いということは、自然への恐れと融和、祖先に対する崇拝と感謝、それがひいては人を思い遣る心や、謙虚さへと繋がり、その人の人間形成に深く関係してくるのかもしれない。

 

奈良育ちの高市にとっては、皇室のことを意識するのは当たり前の環境であった。

 

自宅には、仏壇だけでなく神棚もあった。こまめにお供え物をしたり、手入れをしていたから、物心付いたときから、朝一番に水とお茶とご飯を仏壇に運ぶのが高市の仕事であった。毎朝手を合わせていたという。

 

高市家は真言宗だった。朝も手を合わせて、帰って来てからも手を合わせる。神棚も、いまだに家に帰ると、弟の知嗣が綺麗にしている。神仏への気持ちは、自然と染み込んでいる。

 

天皇家への関心も高かった。 「神武天皇が祀られている橿原神宮にずっと参拝してきましたから。紀元節に橿原神宮に行くたびに、必ず天皇陛下からの賜りものを持った勅使の方が来られる光景を見てきました。仰ぎ見る存在ではありますが、小さい頃から関心がありましたね」

 

この記事がヤフーニュースに掲載されたなか、なんとも悪いタイミングで高市氏は今上陛下の「きんじょう」を「こんじょう」と読んでしまった。これでは皇室に関心がないことは明らかで、このミスはすべてを台無しにしてしまった気がする。

文春にすっぱ抜かれたTM報告書がきっかけで、以前にも増して旧統一教会との関係が取り沙汰され、実は大阪府吹田市でご両親は統一教会の信者だったなどという話も浮上していたため、なんとしても実家の宗教は仏教だと言いたかったのだろう。

また、未成年者の自殺が増加している問題で、国会で「7代前までのご先祖さま250名が」などと発言し、世間は「それって旧統一教会の…」と騒がしくなった。

スピーディーに高市首相を救う火消しの記事が出てきた印象だが、奈良県ご出身で小学校から橿原市(かしはらし)で育ったというのであれば、ここで筆者は「では持統天皇をよくご存じですよね」と申し上げたくなった。

 

◆過去にいた8名10代の女性天皇

過去に8名10代の女性天皇がいらっしゃったことは高市首相も認めておられ、国会の場で「それを否定することは不敬だ」ともおっしゃった。

第33代 推古天皇(592-628)
第35代 皇極天皇(642-645)のちの第37代 斉明天皇(655-661)
第41代 持統天皇(690-697)
第43代 元明天皇(707-715)
第44代 元正天皇(715-724)
第46代 孝謙天皇(749-758)のちの第48代 称徳天皇(764-770)
第109代 明正天皇(1629-1643)
第117代 後桜町天皇(1762-1770)

 

とても賢明で、重要な局面で大変な手腕を発揮し、国をまとめた女性の持統天皇。

父・天智天皇の崩御で、第二皇女の鸕野讃良(うののさららのひめみこ=のちの持統天皇)の夫(大海人皇子)と、実の兄(大友皇子/弘文天皇)の間に「壬申の乱」が起こった。その結果、夫が圧勝して天武天皇として即位したが、10年ちょっとで崩御。立太子していた草壁皇子も在位数年の20代で早世した。

夫と息子を亡くした不幸を乗り越え、鸕野讚良は持統天皇として即位。すると「飛鳥浄御原令」を制定・施行。大赦や大規模な人事交代を経て、天皇の権威は上昇し、藤原京の造営・遷都に尽力し、奈良時代の政治の礎を築いたという。

 

“春すぎて 夏来にけらし 白妙の 衣ほすてふ 天の香具山”

 

小倉百人一首に登場する女性天皇は、じつは持統天皇ただおひとり。奈良県の香久山に夏の訪れを知らせる心地よい風が吹き、山の緑に衣の白さが目にもまぶしい ― そういった女性ならではの感性の豊かさに、この歌は百人一首の人気ランキングを調査すれば必ず「ベスト5」に選ばれるそうだ。



 

◆持統天皇と高市首相

この御歌の舞台となった天香具山(香久山)がある奈良県橿原市は、高市首相が小学校の途中から暮らした土地だ。

そこでAIに尋ねてみるとーー。

 

奈良県橿原市は、持統天皇が夫の天武天皇の遺志を継ぎ、694年に日本初の本格的都城「藤原京」へ遷都した歴史的な地です。大和三山に囲まれた藤原宮跡をはじめ、陵墓、愛した吉野への行幸ルートなど、律令国家の基礎を築いた女帝の足跡が残る「日本のはじまり」の町です

 

とのこと。つまり橿原市の人々は、持統天皇をとても誇らしく思っておられるはず。その気持ちは高市氏にも向けられているだろう。

「橿原市で育った女性が首相になった。そして彼女の力により、持統天皇の再来を思わせる敬宮愛子天皇が誕生した!」

故郷の人々にそう称えられたら、まさに首相冥利に尽きる最高の栄誉ではないだろうか。

元外交官で諸外国からの評価も最高の、雅子皇后を母に持つ才女・敬宮愛子さまが皇太子~天皇となられたら、どれほど日本の国民に明るい希望と勇気を与えてくれるだろう。何をためらって高市氏がその選択を拒むのか、本当に不思議でならない。

 

◆天智天皇から娘、そしてひ孫へ 

持統天皇は、のちに草壁皇子の忘れ形見である孫の軽(かる)皇子の成長を待って皇位を譲り、皇子は文武天皇となった。

持統天皇は「中継ぎ」だったという表現をされる方がいらっしゃるが、天智天皇からの皇統は、娘(持統天皇)に草壁皇子という息子が生まれ、そこに軽という孫(文武天皇)が生まれ、しっかりと直系の子孫に継がれていったと言える。

同じように天皇家とその帝王学を敬宮愛子さまが継承し、子孫に継がれていくのが最も理想的な形ではないだろうか。



 

◆何とも因果なモノで…

「皇位は男系男子が継ぐ」と定められた皇室典範は、軍事産業に皇族が関わり、天皇が統帥権を持って軍を指揮し、財産相続、教育、社会進出、参政権など、ほとんどの場で男尊女卑がひどかった明治時代のこと。

男子限定を頑なに言い張ったのは、熊本藩士の家に生まれ育った法務大臣・井上毅であったが、その家族構成を皆さんはご存じだろうか。

女の子ではなく男の子が欲しい、などと平気で言いそうな井上 毅だが、何とも因果なもので、3人の子は全員女の子。長女・富士子さんに婿養子を迎えている。

ちなみに、戸主(家長)が隠居や死亡したら「長男」だけがすべての財産・権利を相続という旧民法下の「家督相続制度」は、1898年から50年ほど続いたが、配偶者を軽視してはならない、子供の生まれた順序より平等な相続が重要であるといった考えが主流になり、昭和22年の民法改正で廃止になった。

その家督相続制においても、「もしも子に男子がおらず、女子だけの場合は長女が家督相続人となる」と決められていたことは興味深い。これを今の皇室に当てはめるなら、皇統を継ぐのはやはり皇女・敬宮愛子さまであるはずだ。

(朝比奈ゆかり/エトセトラ)

画像および参考:
『YouTube』選択的夫婦別姓の導入に「慎重な立場」高市総理が明言 皇位継承等についても議論 参議院・予算委員会|TBS NEWS DIG

『ヤフーニュース/PRESIDENT Online』だから高市首相は「小さい頃から皇室に関心があった」…教育勅語を唱える元軍国少年の父親から受けた影響

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