大昔には存在しなかった神武天皇陵 見学した読者様は「男系男子論は日本を富国強兵時代、神道国教化政策に戻す廃仏毀釈」と

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少し前に「皇位継承は男系男子に限ることが適切」「皇位が女系で継承されたことは一度もない」と述べた高市首相。小林鷹之政調会長も「男系継承を前提としなければならない」と主張している。

自民党では、超保守を自認しておられる議員さんほど「天皇の歴史は万世一系、皇統は神武天皇以降2600年、男系男子により継承されてきた」などと言うものだが、他の冷静な議員さんたちは、そう主張することの不確かさ、疑わしさを正しく理解されているはずだ。

そんななか、古書や歴史書を紐解いて皇室の歴史についてご教示くださる関西在住のCさんが、奈良県橿原市にある「神武天皇陵」にお出かけになったとのこと。

たくさんの写真と貴重な情報を寄せてくださった。



メールの最初に

「先日初めて神武天皇陵と橿原神宮を参拝してきました。お花見日和と偶然にも『春の大祭』の前日だったようで、神武天皇陵の職員さんや橿原神宮の神職さんも式典の準備にお忙しそうでしたし、境内では模擬店や催し物、マスコットキャラクターなどで賑わっていました」

と書いてくださったCさん。その後に続くご報告を、ほぼ原文のまま紹介させていただきたいと思う。

 

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◆神武天皇陵は、江戸幕府が1683年から3年かけて大規模な陵墓の探索と修理を行い、神武陵など36陵が決定された

 

 

“まず第1代と言われる神武天皇陵をどこにするかが、最も大きな問題であった。元々神武天皇は架空の人物であったが、壬申の乱のときには神武陵とされるものが、畝傍山の東北方向にあったとされ、その候補地三カ所のうち、現在の位置に決定された” とのことです。

 

◆橿原神宮は、記紀に神武東征の物語があり、地元町村の有力者がその聖蹟顕彰運動を起こし、政府が紀元2600年奉祝事業の前提として、明治23年4月2日建国の地橿原宮に創建された

「奈良県の歴史」という本に、そうありました。

先日の橿原神宮の境内には、「神武天皇御一代記御絵巻」のパネル20枚が生誕から東征、建国、崩御まで分かりやすく掲示してあり参拝者に公開していました。

 

パネル1、2:15才で皇太子になった神武天皇ですが、実際の皇太子制度は、持統3年の689年に飛鳥浄御原令(あすかきよみがはら)で制定されたそうです。

 

 

パネル19:神武天皇崩御127歳、ご長寿ですね。

 

熊野から大和橿原へ向かう際、道案内をしたという神話の鳥「八咫烏」が所々のパネルに描かれています。

それによく似た黒い鳥が先日も橿原神宮の深田池周辺の林の中で、カラスのカーカーでは無く、何やら太い声で鳴きながら枝をくわえて巣作りをしていたので、その鳥の画像も添付します。

 

神話作成の奈良時代にも生息していたと思われるこれらの鳥から「八咫烏」物語が生まれたのかな…と想像しました。

 

パネル20:八紘一宇に万世一系が出て来ますが、最後に「日本国と世界の平和のために、おたがいに豊かな心を養いましょう」紀元2600年昭和15年2月11日謹書と結ばれています。天皇陛下の祭祀「天皇の務めとして何よりもまず国民の安寧と幸せを祈り、さらに世界の平和を祈念する」に繋がっているのだと実感しました。

 

男系男子に固執するのは、明治の時代を反映した富国強兵、国策を万世一系の神道国家にするための廃仏毀釈、神社仏閣の執行から女性を排除、などと理解する事が出来ました。

それを令和の時代にも踏襲すると、600年も前の天皇の22世孫あたりの一般国民が天皇になる話です。皇位資格は5世孫までが戦前の通例で、神話の神武さんでさえ、アマテラスの5世孫に留めています。

もしそうなれば神武さんは、私は「そこにはいませ~ん♪」と歌われるかも…。



 

◆橿原神宮の正殿横にある石碑

 

橿原神宮の正殿横に、平成の美智子皇后の歌碑と解説の石碑が設置されていました。万世一系の明仁天皇の歌碑ではなかったのです。やはり「二人天皇」だったのだと妙に感心、違和感を持ちました。

平成の天皇皇后が、2016年4月2日に2泊3日の予定で「神武天皇2600年大祭」に参拝された際、美智子皇后がそのお気持ちを詠まれたそうです。

その近くには高くそびえる松の大木がすっかり枯れていましたが、根元には松の苗木が数本植えられていて、世代交代を感じました。

 

橿原神宮では「心の文庫 神武天皇」を購入しました。

 

神武天皇の東征と橿原での建国を描いた小学校高学年向けの書籍です。

畝傍山、神武陵、橿原神宮の三位一体の畝傍の町で、高市首相が小中高と学ばれた郷土愛は、政治家首相となった今、強い思想がおありなのかも…??

 

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以上が、関西在住Cさんから頂戴しましたご報告の内容です。Cさん、いつも大変ありがとうございます!



 

◆常識ある冷静な政治家ならわかること

旧統一教会の故・文鮮明教祖が日本で信者を相手に広めていた皇室破壊論。昭和天皇暗殺やら二重橋破壊やら、寒気のする実に恐ろしい話である。

その影響を受けている可能性がある議員たちは、多くの国民が願う「愛子さまが皇位を継ぎ、日本の皇室はこの先いついつまでも安泰」という状況を、何とか転覆させることに必死なのだろう。

そこで、とってつけたような「神武天皇のY染色体をずっと男系男子で継いできた」などという神話レベルの理屈を出すわけだが、常識ある政治家ならそんなことは信用しないはずだ。

なぜなら、専門家の間では「今上陛下まで血がつながっていると考えられるのは西暦509年生まれの第29代・欽明天皇」が共通の認識で、どんなにさかのぼっても、西暦405年生まれとされている第26代・継体天皇までが精一杯だという。

そこで、むしろこういった理由から疑問を抱いておられるはずだ。

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●医学が発達していなかった大昔には病弱、病死も多々あった。それを悟られてはなるまいと、孤児を見つけてきてすり替えた可能性がある。

●天皇の後宮は男性の出入りが自由。「間男」が一人もいなかったわけがない。

●歴代天皇の7割は妾腹から誕生している。天皇の世継ぎを産んだ妾は、一族まで一生安泰。「タネ違い」であろうが「はらんだ」と言った者勝ちだった。子のDNA鑑定もない。

●神武天皇のDNAサンプルを採取できない。考古学の研究を目的に掘り起こしを申請しても、宮内庁は「静安と尊厳」を保つことが重要だとして許可を出さないという。

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最後の、神武天皇のDNAサンプルの採取について。

これだけ男系男子派が「神武天皇からつらなる万世一系の血統が…」と真剣に語っておられる以上、納得しない国民を黙らせるには、「悠仁さま、そして皇室に養子入りしようという旧皇族の子孫は、本当に神武天皇と同じY染色体を持っている!」と証明することが重要であろう。

高市首相のお力で、DNAサンプルの採取を認めさせるよう宮内庁を動かし、海外の複数の厳正な機関で同時にライブでDNA鑑定を行い、結果を出す ― これを必ずや検討していただきたいと思う。

 



 

このところ、【YOUR VOICE】にもこういったお声が届いているので、まだの方は是非ともご一読ください!

【YOUR VOICE】「神武天皇のY染色体」を根拠に愛子さまを性差別し、お子様を身分差別する総理、まともじゃありませんね

【YOUR VOICE】男系男子派の言う「神武天皇のY染色体が2686年継がれてきた」の証明が困難な科学的理由

(朝比奈ゆかり/エトセトラ)



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