【YOUR VOICE】皇嗣家この先の動きに油断は禁物 王弟による王位簒奪があったネパールは専制政治に転じ大混乱

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※ こちらは5月15日付の【YOUR VOICE】旧宮家養子案は崩壊寸前の貧弱な皇室に転じるリスク 人格と素養を感じない天皇など先まで持たず に対し、読者様から寄せられたコメントです。

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私は、皇室をめぐる現在の状況とネパール王国崩壊の悲劇がどうしても重なってしまい、この先の展開に大きな不安を覚えます。皇宮警察・SPの皆様には敬宮さまの身の安全をしっかりと護っていただき、かつ、できることなら何か予防線を張る必要があるように感じてならないのです。

ネパール王国崩壊の悲劇が起きたのは、つい最近のことです。王弟による王位簒奪、その後の弾圧と専制政治で国内は大混乱となり、結局王政は終焉しました。世の中では、権力に目がくらんだ人たちのせいで、こういうことが本当に起きてしまうということを、今一度お話させていただきたいと思います。これを日本は、なんとしても「他山の石」とせねばなりません。

先日、高校生らの実行による前代未聞の手荒な強盗殺人事件が起きましたが、その解説では、早急に大金を必要としているトウリュウが切迫して、なりふり構わずにやり出した可能性があるとのこと。そういう状況、雰囲気が今、あの宮家にもありませんか?

私は、天皇ご一家、とりわけ敬宮さまに危害が加えられることをなにより恐れます。「私兵の忖度による勝手な暴走」として片付けられるようなことがあってはなりません。毒物だって、御用車への仕掛けだって心配です。



では、ネパール王朝の悲劇のあらましを。

名君として慕われた国王と王妃、王太子の全員が銃撃により死亡。(恐らくは傍系による簒奪計画)傍系の王弟一族のみが生き残り、兄の民主化政策に反対していて、国民の評判も悪かった王弟ギャネンドラが王位に就く(もう他に継承者がいなくなってしまったわけですから)。それまで王位は開朝以来240年一貫して父から子へと継承されてきたが、ギャネンドラによって傍系に転じてしまいました。

ギャネンドラは兄王が推進した立憲君主制、民主化政策(ネパールでは高度な言論の自由・報道の自由が憲法で保障されていた!)に反対していて、即位するやいなや、反対する国民を弾圧、死者を出しました。そこで声を上げた者は反逆罪に問われ、その声を掲載したメディアの編集長は逮捕されました。

当然、政情は不安定なものとなり、ギャネンドラは議会政治のままでは反対勢力を制圧できないとして、非常事態宣言を発令し、次に下院を解散し首相を解任、内閣を側近で固め、更には全閣僚を解任して直接統治を宣言するなど専制に至ったのです。

背景に中国など他国による唆し、最終的な国の乗っ取り、ないし王朝消滅の策謀も囁かれています。この専制政治は、当然ながら国内外の反感を買い、結局は2008年5月、ネパール王国(シャハ朝、別名:ゴルカ朝)は終焉を迎えました。これが起きたのは2001年6月~2005年のことで、それから現在まで20年も経っていません。昔の話ではないのです。

「秋篠宮家には仕度金もたっぷりつけて、穏便な退場をお願いするのが良い」といった優しい意見も多々聞きますが、ネパールの騒動や宮妃の負けず嫌いな性格を考えると、天皇家とは相当な距離を取るよう厳しい態度で臨むことを肝に銘じたいものです。

天皇家という軸を失ってしまうなら、皇室はあっという間に外国勢力や宗教勢力に入り込まれるでしょう。いとも簡単に起こり得るのです。

以下はWikipedia『ネパール王族殺害事件』の一部です。

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ギャネンドラは王位についたものの、議会政治のままではマオイストの制圧が進まないと主張し、11月26日に非常事態宣言を発令、2002年5月には下院を解散し首相を解任、内閣を側近で固め、更に2005年には全閣僚を解任して直接統治を宣言するなど専制に走った[11]。

だが、ただでさえ人望のなかったギャネンドラは結局、このことで国内外からの強い反発を招き、かえって野党や反体制派を団結させた上にマオイストも勢いづかせたばかりか、2006年4月以降の大規模な民主化運動(ロクタントラ・アンドラン)への引き金を引いてしまった。また、兄王の進めた民主化を真っ向から否定するような反動政策から「事件の犯人はディペンドラではなく、居合わせなかったギャネンドラがパラスに行わせたに違いない」とネパールの民衆は信じるようになった[13]。

民主化運動が全国的な勢いを得た結果、ギャネンドラも要求を受け入れざるを得なくなり、2006年5月18日に国王の政治的特権はすべて剥奪、元首ですらなくなった。さらに2008年5月28日、制憲議会で共和制が議決、王制は廃止されギャネンドラは退位することになり、ネパール王国(ゴルカ朝)は終焉した。

『Wikipedia』ネパール王族殺害事件

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えっ? あの宮家にはそれほどの権力はない、心配し過ぎですよって…?

いいえ、戦前に戻したい一大勢力が、最高に好都合な軽すぎる御輿のあの親子を担ぎ上げようとして、ピタッと付いているはずです。現に、彼らにすっかり担がれているではありませんか。

高市首相もそうです。例の「ゆるがせにしてはならない」という考えを重んじたいとして、国会ではっきりと「悠仁さまがいらっしゃる」とおっしゃいました。

(メールで:むささびXさんより)



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1件のコメント

  • 「王弟」ねっ!
    キングダムにもありましたねー

    「王弟」はねー

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