【YOUR VOICE】尊皇家の吉田茂が生きていたら、英国の継承例を参考に、国民と共に愛子天皇を望んでくれたでしょう
※ こちらは【YOUR VOICE】 麻生氏の経歴は素質より【尊皇家・臣茂】吉田茂がいたから 秋篠宮家に皇籍を移すなど祖父の意に反してはいないかに対し、読者様から寄せられたコメントです。
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周辺の人物がどうも…という話であれば、三笠宮家も怪しくなってきます。
近頃、彬子さまは非公式にブータンを訪問されましたが、側らに千葉工業大学学長の伊藤穰一氏がいたことで、ネット上や一部メディアで波紋や疑問の声が広がっています。
伊藤穰一氏と言えば、日本のマスコミは扱わずとも、国際社会では「エプスタインのネットワークに深く関わっていた」という烙印が押された人物で、そうなると拒絶反応と警戒感は今後も続きそうです。
そしてさらに、伊藤穰一氏はブータンの黒歴史にも関わってしまったとか…。
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ここからは、最近の篠原常一郎氏のYouTube動画やwikiの「ブータン難民」を参考にさせて頂きました。
【ブータン訪問中に、ワンチュク国王と共に、彬子さまと伊藤穰一氏が視察したのは、ブータン南部、インドとの国境沿いに位置するサルパン県の県庁所在地ゲレフとその周辺地域でした。
ここは、スマートシティ計画、ゲレフ・マインドフルネス・シティ(GMC)の計画区域となっており、伊藤穰一氏はこのGMC構想にアドバイザー等の立場で協力しているのです。
GMCの公式サイトGelephu Mindfulness City で紹介されています。
このゲレフという地域は、かつて多くのネパール系ブータン人が居住していましたが、1990年代にかけて、「一国一民族」という政策のもと、10万人以上か強制退去させられました。国際人権団体からは「民族浄化」として強く批判されました。
難民となったネパール系ブータン人は、ネパール東部に逃れ、国連難民高等弁務官事務所が管理する難民キャンプで長年暮らすことになりました。
現在は、帰郷を切望しながら、米国やカナダなど第三国で新たな生活を送っているそうです。
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この残酷な人権侵害の舞台となった地域で、それを隠蔽するかのような国家プロジェクトに伊藤穰一氏が関わり、彬子さまも、商業的にも政治的にも広告塔として巻き込まれてしまったように見えます。
彬子さまは、2024年に千葉工業大学から名誉博士号を授与されております。
伊藤氏とは研究活動などを通じて交流があったそうですが、彬子さまはチヤホヤされると理性を失い、警戒すべき人物を近づけてしまう傾向があるように見えます。
麻生氏は、彬子さまの皇族としての最大の弱点に、気がつかなかったのでしょうか。
麻生太郎氏の祖父である吉田茂氏は、「臣・茂」と称するほど、皇室に対して深い敬意と忠誠心を抱いていたそうです。そして自身を天皇の藩屏とみなしていました。
敗戦直後には、天皇や皇室が政治的な責任や政争に巻き込まれてはならないという政治家としての配慮から、昭和天皇の退位論を防ぎ、戦争責任から守り抜きました。
吉田茂氏の血を受け継ぐ彬子さまと瑤子さま、そして麻生太郎氏ですが、今上天皇の藩屏となっているのでしょうか。
戦前の吉田茂氏は、駐英大使としての経験から英国流の立憲君主制を理想とし、君主制と民主主義は両立すると確信していたそうです。
また政治形態だけでなく、価値観やライフスタイルまでも英国流に憧れ、それを生涯実践したそうです…貴族趣味に浸っていたとも言えますが…。
「臣・茂」と、英国仕込みの合理的な政治感覚が結びついた結果、吉田茂氏は象徴天皇と民主化を受け入れるに至ったとも言われています。
異常な物価高騰や甚大な自然災害が相次ぎ、将来に不安を感じる現代に、吉田茂氏がいたならば、男系男子の伝統を守るよりも、多くの国民が望む愛子天皇こそ、社会の安定と精神的支柱になり得ると考えたでしょう。
そして英国の王位継承ルールを参考にして、皇位継承を直系長子へと改正したに違いありません。
(コメント欄:匿名さんより)
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悠仁sが入学を検討していた玉川大学、御用済悠仁sたちの「配流先」との噂まであるブータンでのプロジェクトにかかわる千葉工業大学長。この二つの大学には、いずれも東久邇家が深く関係しており、その歴史は玉川学園のHPに掲載されています。(「東久邇宮殿下と小原國芳」https://www.tamagawa.jp/introduction/tamagawa_trivia/tamagawa_trivia-95.html
興亜工業大学(現在の千葉工業大学)については、こう書かれています。
「興亜工業大学(予科3年、本科3年の旧制単科大学。学科は航空工学、冶金、工業経営の3学科、1学年定員160人)は、現在の千葉工業大学の前身として、1942(昭和17)年に小原國芳によって玉川学園内に設立されました。私立の工業単科大学としては、藤原工業大学(現在の慶應義塾大学工学部)に次ぐ、国内で2番目に古い大学です。
フランス留学の経験のある東久邇宮殿下は、欧米に遠く及ばないアジア諸国の科学技術力に日頃から危機感を持っており、海軍元帥の永野修身や哲学者の西田幾多郎らと共にこの興亜工業大学の創設に尽力されました。」
2024年4月には悠仁さんが文仁氏と共に訪問し、大歓迎を受けていました。ちなみに、玉川学園は小中高大含めて、入学時納入金等がダントツに「高い」ことでも有名です。
今から思えば、玉川大に進学されていたら、悠仁さまに関するどんなことも誤魔化したりして護ってもらえたのではないでしょうか。国立大学のような警備予算の縛りもなく、学生の意識も全然違いますから、どんなに気楽だったかと思われます。
国会議員からすると、皇族とはどんな存在なのでしょうね。
いつだったか、秋篠宮夫婦が国会に出席したことがありましたよね?
入場してふたりが座るまでその間、国会議員は立ったままです。誰が言ったか忘れましたが「早く座れよ。座れないだろ」の声が聞こえました。
私は、テレビでちょうど見ていて「えっ?そんなことを言う?」失礼だなと思いました。
(あの頃に平成四人組の事を知ってたら、また感想は違ったかも。(^_^;))
当時の陛下や皇太子さまとも違う、一宮家のご夫婦ですけど、皇族には違いないわけで(本当に上皇の血を引かれてるかは疑問ですが)、それでも、そんなことを言われるのだと驚きましたね。
軽く見てるのかな?
国民からすればなかなかお会いする機会もないし、特に天皇ご一家は特別に思うのですが、国会議員からすればお会いする機会があるから特別でもない?
人それぞれかもしれませんけど、ちゃんとして欲しいなと思います。特に利用などダメです。