【YOUR VOICE】天皇家を絶やしてしまう養子案 戦後の旧宮家皇籍離脱は「GHQの強制」ではなく政府も関与しただろう
※ こちらは【YOUR VOICE】愛子さまは皇室にとって唯一無二の救世主 立太子されれば、誰もDNA鑑定に苦しまずに済むに対し、読者様から寄せられたコメントです。
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皇室の未来
戦後の11宮家の皇籍離脱をめぐり「38親等養子派」はGHQの強制だと主張するが、その説明は鵜呑みにできない。
1945年11月11日、『毎日新聞』は東久邇宮稔彦王らが「臣籍降下」を決意したと報じた。皇族を昭和天皇の肉親である秩父宮、高松宮、三笠宮程度に限定し、自身を含む伏見宮系11宮家は臣籍に降り、一国民として奉仕するのがよいとの考えを示している。
その半年後の1946年5月、GHQは「皇族に関する覚書」で宮家への歳費を打ち切り、特権を制限した。これを契機に財産税が課され、同年夏ごろから宮内省も皇籍離脱を具体的に検討した。
離脱時に各宮家には高額な一時金も支給されている。この問題は「GHQに強制された」の一言では片付けられない。当事者の意思、日本政府の関与も詳細に検証するべきである。
そして現在、男系男子に固執する限り、天皇家も秋篠宮家もいずれ途絶えるという現実から目を逸らしてはならない。旧宮家の養子を迎えても皇統の連続性、正統性に説得力のある説明は出来ない。
この養子制度は、昭和天皇からの皇統が消滅しても、室町時代に別れた38親等の分家の養子で繋ぎ、それも途切れれば別の養子をつれてくると言う発想だ。皇室はその場しのぎの「ブツ切れ養子皇室」に変容してしまう。
根拠のない「神武のY染色体説」と性差別主義による男系男子に固執し、養子を「恒久制度」とした末路である。
これは国民が求める皇室ではない。天皇陛下のお言葉を無視して、国民的議論からも逃げて、乱暴にゴリ押しした改悪典範をこのままにはできない。直ちに再改正すべきである。
直系長子継承で天皇家を皇室の中心軸に据えることこそ、皇室を安定化する最善の道である。敬宮様のお子様をお抱きになる天皇陛下のお姿を拝して「女系は別王朝」などと言う国民がいるだろうか? 男系女系の不毛な水掛け論はそれこそ無用になるのだ。
(コメント欄:匿名さんより)
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(1)このコメ主様のおっしゃる通りで、伏見系旧宮家の臣籍降下は、終戦前に既に明文化されていました。ただ実施時期は「未定」で、「当面は現状維持」ということになっていました。
負け戦だったこともあり、臣籍降下はは早晩実現する段取りだったと解釈するのが自然で、GHQは実施時期を若干早めたかもしれないが、GHQが臣籍降下の発案者であり決定打であったわけではない。
(GHQは皇族の金銭面を締め上げたが、GHQは臣籍降下令を出さなかった。)
(2)臣籍降下の事務手続きは、該当する皇族たちが「臣籍降下を願い出る書」を陛下に提出することで始まっています(天皇が上から命令を出して、辞めさせたわけではない。もちろん外形の話です)。外形的には強制されたのではなく、臣籍降下したいと「本人が自発的に願い出た」のです。
強制されたものは事後的に否定し救済することは法的に「あり」ですが、自発的な行動を事後的に無効化する救済措置は「なし」です。
この点、「臣籍降下はGHQに強制されたものだから、皇族身分を回復していいんだ」とする男系男子派の主張は、無知に付け込んで国民を騙す行為に該当します。
ソース
「平民」でも頑張れーと理解した 占領下の皇室改革、臣籍降下は「そういう決まりだと」
話の肖像画 伏見記念財団代表理事・伏見博明<14>
https://www.sankei.com/article/20250914-MBXM6R2AJVJTTEGHNDA6HDKRAA/
このあたりの議論が表面化すると、政府にとり議論のコントロールが難しくなるので、養子を出す親子と、養子を受け入れる宮家との個人間契約で決めることとし、養子を一人ずつ一本釣りするという案になったのではないかと思います(こうすることで交渉の秘密を守り、国民の介入を防ぐ)。