20代の栗原菜緒さんに大きな影響を与えたアラカンの男性 父親でメンターで恋人だったことを告白

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菜緒さんはブログで大切な男性とのつらい別れをつづっていた(画像は『ameblo』のスクリーンショット)
菜緒さんはブログで大切な男性とのつらい別れをつづっていた(画像は『ameblo』のスクリーンショット)

こちらで7月12日、秋篠宮妃紀子さまの義妹である栗原菜緒さんの『ナオ・ランジェリー』について、日本橋高島屋S.C.店のテナントが閉店という情報をお知らせした。その中で菜緒さんをバックアップしたと考えられる男性について触れていたが、今回は菜緒さんにさらに大きな影響を与えたのであろう、今は亡きある男性の話題となる。



菜緒さんの高島屋デパート出店に関し、自身も高島屋の出身でファッションおよびレストラン業界で成功を収めている、株式会社EPLGA(エプルガ)の代表取締役社長・中島晋哉さんのバックアップがあったのではないかと筆者は先に記していた。ところが、一部で中島氏が菜緒さんのパトロンだったかのような伝わり方をしていると知り、あわててしまった。中島氏には奥様がいらっしゃるからだ。

“あれっくす”さんというアカウント名になっているものの、URLに“eplga”とあるため、ameblo のブログ『ビジネス「独り言」〜 My Platform 〜』はおそらく中島氏のものであろう。そこに2012年9月、前の週に急逝されたという奥様のご高齢のお母様に向け、深い感謝の気持ちがつづられていた。もちろん、ご夫婦仲も良いことが伝わってくるものだった。

 

■菜緒さんの元に飛び込んだ訃報

そのEPLGAに2年ほど勤めた中、菜緒さんは2012年6月下旬、「夏に1ヶ月強ミラノのファッション系専門学校でランジェリー・デザインの勉強をしたい」と中島氏に相談したという。当時の菜緒さんはひどい喪失感による落ち込みから回復しつつあり、中島氏は「頑張っておいで」と励まし、その背を押している。

菜緒さんを襲った傷心の原因は、半年ほど前となる2011年11月下旬に大切な人が急逝したこと。2011年11月30日、彼女のブログに「私の大好きで大切で尊敬する人へ」と題してつづられた文章のうち、重要部分のみ抜粋する。

 

私を本当に可愛がってくれていた人が心筋梗塞で亡くなった報告だった。

 

先々週の金曜に食事の約束したけど、急遽ヨーロッパ出張が入り今週の金曜日にリスケだった。その金曜がお葬式だなんて…お葬式で会おうなんて約束してない。また大好きなワインを何本も飲むはずだったのに。

 

62歳だけど本当に若くてお洒落で真っ直ぐで、ユーモアがあって正義感があって強くて人からも信頼されて、最高にカッコイイ男性だった。新聞で「死去」なんて見たくないよ。泣いても泣ききれないよ。もっともっとたくさん相談したかったし教えてほしかった。

 

奥田さんの分も目一杯生きるからね。ずっと応援しててね。

 

心配して連絡をくれたり、私がいるお店まで駆けつけてくれたり、皆本当に有難う。皆の心の温かさにも本当に救われています。

その男性は多忙ななかでも金曜日の夜は菜緒さんのためにスケジュールを空け、大好きなワインをいつも一緒に何本か空けていたとある。また“心配して連絡をくれたり、私がいるお店まで駆けつけてくれたり、皆本当に有難う” という部分も気になる。ビジネスのノウハウを教わっていただけの相手なら、周囲がここまで菜緒さんを心配するというのもやや不思議な話だ。

 

「奥田さん」を調べてみると…

新聞に掲載されるほど大物で、ファッション業界のビジネスのノウハウを菜緒さんにあれこれ教え、11月下旬に急逝した「奥田さん」なる男性。ネットで調べてみたところ、オンワードホールディングス専務執行役員の奥田彰氏(享年62)にヒットした。もちろん「この男性です」と断定はできない。

 

菜緒さんが慕っていた「奥田さん」は、この方である可能性が大(画像は『日本経済新聞』のスクリーンショット)
菜緒さんが慕っていた「奥田さん」は、この男性か(画像は『日本経済新聞』のスクリーンショット)

奥田氏について紹介させていただくと、オンワード樫山が1970年代にパリのショップ『バス・ストップ』を買収し、新進デザイナーだったジャン=ポール・ゴルチエやマーク・ジェイコブスを育てたセレクトショップとしても知られる『ヴィア・バスストップ(VIA BUS STOP=2021年2月に全店が閉店)』を牽引した一人だそうだ。

2009年4月、『FASHION SNAP』というファッション系情報サイトが、米セレクトショップ『OPENING CEREMONY (オープニングセレモニー) 』の日本上陸を嬉しそうに紹介するオンワード樫山の奥田彰氏の写真を掲載していた。彼は「ビッグO(オー)」の異名をとっていたといい、川嶋舟氏にもどこか共通する大柄な男性だ。



■中島氏は「応援する」と約束

とにもかくにも菜緒さんは傷心のなかミラノ留学に旅立ち、8月に会社に戻るやいなや、中島氏に退職願を出していた。どうしてもランジェリー・デザイナーになりたいという夢を語る彼女に、彼は「ノーと言えなかった」という。

仕事をよく頑張ってくれた分、菜緒さんの夢の実現のため精一杯応援すると中島氏はブログで宣言しており、その約束もあって、後に彼のお膝元ともいえる高島屋への出店をバックアップしたのではないかと筆者は考えている。

 

■「奥田さん」の命日を前に

ランジェリー・ビジネス始動の準備で忙しい2012年10月、菜緒さんは「一周忌」と題したブログを書いていた。人物像の表現が酷似しているため、この男性はやはり11カ月前に急逝した「奥田さん」のことになるだろう。当時20代後半でありながら、菜緒さんは60代の彼が恋人だったと告白している。

菜緒さんはその人を恋人でもあったと認めている(画像は『ameblo』のスクリーンショット)
菜緒さんはその人を恋人でもあったと認めている(画像は『ameblo』のスクリーンショット)

先日、大切な人の一周忌だった。知り合ってから6年間の間、お父さん・メンター・恋人、全てを請負ってくれた大切な人。

 

金曜日に約束していたけれど、急な海外出張が入り、その翌週の金曜日に会うことになった。海外から帰ってきた次の日、ゴルフ場のサウナで心臓発作だった。

 

だが、「奥田さん」が本当にオンワードホールディングスの故・奥田彰氏であった場合、喪主の情報でわかるように奥様がいらっしゃる。将来の天皇の叔母さまにあたる女性が不倫していたとあれば、腰を抜かす人も多いことだろう。アラカンに恋をするのは問題ではないが、せめて独身であってほしいところ。何度も調べたとはいえ、筆者ももう1度ほかの「奥田さん」の訃報記事がないか調べてみたい。

 

画像および参考:
『ameblo』NAO LINGERIE ランジェリーデザイナー栗原菜緒の「夢に生きる」

『ameblo』ビジネス「独り言」〜 My Platform 〜

『SEVENTIE TWO』「ヴィアバスストップ」閉鎖!オンワードはコロナ戦争で生き残れるのか?

『日本経済新聞』(おくやみ)奥田彰氏が死去 オンワードホールディングス専務執行役員

(朝比奈ゆかり/エトセトラ)