本日大阪公演! エド・シーラン東京公演のレポートをお届け! ~その4~

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アンコールでサムライジャパンのユニフォームを着て登場!画像:『Instagram』teddysphotos
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大好きなシンガーソングライター、エド・シーランのライブが4月9日に東京ドームで開催され、運よくチケットの抽選に当選した筆者もライブに行くことができました。数回にわたり東京公演の様子と筆者オススメの楽曲の動画などをお届けしてまいりましたが、いよいよこちらでレポートは最終回となります。



今回はエドの祖父母について歌った曲のご紹介です。ライブでも歌った『Nancy Mulligan』、そしてライブでは歌っていませんが、『Afire Love』と『Supermarket Flowers』も実は祖父母への想いを歌ったものです。

■『Nancy Mulligan』

Nancy Mulliganとはエドのおばあちゃんの本名で、エドのおじいちゃんの目線で2人の出会いから結婚までを綴った、とても可愛らしい歌詞です。ナンシーさんはアイルランド出身のカトリック教徒で、エドのおじいちゃんであるウィリアムさんは北アイルランド出身のプロテスタントでした。宗教や人種の違いからナンシーさんはお父さんから結婚を猛反対されてしまいます。

「彼女に出会ったのは第二次世界大戦中だった 彼女は兵士の病棟で働いていて、こんな美しい人を見たことがないと思った ぼくは彼女のお父さんに 挨拶に行ったのだけれど ”結婚は許さない”と言われてしまった だから駆け落ちをすることにしたんだ 宗教なんて関係ない 愛する人と結婚するんだ ぼくたちは5人の息子と3人の娘に恵まれた そして22人もの孫ができて 60年以上経ってもずっと彼女を愛してる」

アイリッシュ調の民族音楽っぽい曲調も陽気です。駆け落ちしてもその後は大家族に恵まれ、生涯にわたり幸せに暮らしたのですね。なんて素敵な純愛なのでしょう。ところが『Afire Love』と『Supermarket Flowers』では、そんなおじいちゃんとおばあちゃんが亡くなってしまった時の心情を歌っているエド。涙なしに聴くことはできません。

■『Afire Love』

こちらはアルツハイマー性認知症にかかり、亡くなってしまったおじいちゃんについてです。

「昨日まではなんともなかったのに いきなり悪魔が記憶をうばってしまった もし今日死が訪れるなら どうか天国で安らかに眠ってね」

「父は言った ”おじいちゃんがお前の顔を分からないのは おじいちゃんのせいじゃない お前だけじゃないんだよ”」

「昨日まではなんともなかったのに 悪魔がおじいちゃんの息を引き取ってしまった 残されたぼくたちは悲しみに暮れて 雨の中喪服を着て立ちつくしている 家族がまた一つに集まったけれど 友達や会ったことがない人もいた」

「あれは6歳の頃のことだった あの日のことをペンで書かなきゃと思ったんだ 愛のためにハレルヤを歌おう」

例え記憶がなくなっても、亡くなってしまっても、その人と交わした温かい会話や愛情はいつまでも心の中で生き続けますよね。それにしても、エドは6歳の頃から作詞もしくは日記のような物を書いていたのでしょうか。有名なシンガーソングライターの多くが、幼い頃からふとした言葉をノートに書き溜めていたようなお話をしています。

■『Supermarket Flowers』

こちらはおばあちゃんが亡くなった時の気持ちを、娘であるエドのお母さんの目線で書いています。

「窓辺のスーパーで買った花束を片付けて 時間が経ってしまった紅茶を捨て マシュー(エドのお兄ちゃん)が作ってくれたアルバムをしまった 愛されて過ごした日々の思い出を」

「“イヤなことがあっても泣かないんだよ”とパパはいつも言っていた でもママ、まばたきをする度に涙がこぼれるの 私の心はボロボロになり引き裂かれてしまったけれど そうなるのはあなたに愛されていたからなのね」

「私もあなたが見たような世界を見たい だってあなたの人生は愛にあふれていたから だからハレルヤを歌うわ」

「あなたは私のママの姿をした天使なのね 私が落ち込んでいる時は支えてくれた 羽を広げ飛び立つあなたを 神様が迎え入れるのね みんなでハレルヤを歌うわ」

アルバムのレコーディングをしている時におばあちゃんは亡くなってしまったそうです。病院は自宅の近くだったそうで、エドはレコーディングの合間を縫ってたくさん会いに行ってあげていたそうです。

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